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カツカツとチョークが黒板にあたる乾いた響きを立てながら、神崎君が結果を順番に書いていく。
みんな祈るように見ているのがちょっとおもしろい。
自分も先生から渡されていたプリントに、同じように名前を書き写す。
「決まりました。」
「ん、ご苦労さん。予定より早かったな。」
はあ、そうですか、と心の中でつぶやいて、神崎君を促して自分たちも席へ戻った。
疲労感と、充足感。
鈴の音が止んでいる事にいることにほっとして、秘かに胸元に手を置いた。
昼食は学園内のどこでとってもいいそうだ。
私立らしくカフェも学食もあるし、敷地内にあるコンビニで何か買ってもいい。
基本的に校外に出る事は禁止だけれど、あまり厳しくはないらしい。
窓から校庭を見下ろせば、芝生やベンチで固まって昼食をとる生徒がちらほら見える。
まだ学校に慣れていない新入生のほとんどはそれぞれ昼食を持ってきていた。
自分の机で昼食の準備をしていると、隣の席から一緒に食べようと声をかけられた。
ガリガリと自分の机を引っ張ってきた神崎君は、
さっさと僕の机の向きを勝手に変えて自分の机と向かい合わせにした。
高城君も自分の椅子だけを持って来て、机二つに椅子三つ、男三人で昼食を取り始めた。
「なんかさ、佐倉君っておもしろいよね。」
「え、おもしろい?」
神崎君にくすくす笑いながらそう言われて、ぽかんとする。
自分みたいに面白味のない高校生もめずらしい、くらいに思っているんだけど。
高城君もうんうん頷いている。
「そうかな、神崎君の方がおもしろそうだけど。」
「ああ、いっちはおもしろいよ。まあ、さくらんはそれとは違ったおもしろさだけどさ。」
さくらん。
そういう高城君の印象は、大人っぽくてしっかり者、俺様系のお兄さんってところかな。
これからあっという間にクラスの中心になっていくだろう。
ちょっと無神経なことを言ったりしたとしても許されるような雰囲気がある。
実際、いきなりのニックネーム呼びでも、不快じゃないどころか、親しげでうれしい。
「できたら、佐倉君も下の名前で呼んでよ。いつき。ね。」
「俺も名前の方がいいな。」
神崎君の発言に、高城君も続く。
そんな提案には動揺してしまう。自分なんかが、気軽に受け容れてしまっていいんだろうか。
こんな親しげな、普通の友達になるような。
返事に戸惑っていると、二人が、あれ?という表情を浮かべる。
自分に自信のない僕の感覚は、きっと、彼らにはわかってもらえない。
実際、こんな自分は情けない。
「うん、いつき君、と、みなと君、だね。」
僕としては最大限思い切った発言だったけれど、
「いやいや、いつきとみなと。もしくは、いっちとみー。僕らはそう呼んでるから。」
と、神崎君からあっさりダメ出しをくらった。
「わかった、努力する。二人は仲良いんだね。僕の事は好きに呼んで。苗字でも、名前でも。」
「じゃ、しゅうね!」
神崎君…いつきは、にこにことうれしそうにそう宣言した。
展開早いな。こんな人懐っこさがうらやましい。
「しゅうの弁当、かあちゃんが作ってんの?」
もう呼び方がしっくりしている。
湊が自分を呼ぶのに軽く驚きながら言葉を捜す。
ほんの一瞬、だけれど、何かを言いよどんだのを伝えるのには充分な間が開いてしまった。
「祖母が作ってくれたんだ。祖母と、二人暮らしだから。」
二人もほんのわずか、リアクションに戸惑った風だ。
と思ったけど。
「ふうん、卵焼きくれ。」
湊はそういいながら食べていたベーカリーショップのパンを机に置いて、コンビニのお弁当を食べている伊月に向かって手を差し出し「はし。」と言っている。
貸せって事だろう。
伊月も素直に自分の使っている箸を手渡した。
弁当箱を数センチ、湊の方に寄せると、卵焼きを一切れとって、半分だけ食べた。
「うまい。」
数回咀嚼して無表情にそういうと、残った半切れの食べかけを伊月の顔の前へ。
何の戸惑いもなくぱくっと食べさせてもらって、
「ほんとだ。なんだろ、安心する味。すごくおいしい。」
と、目を丸くする。
二人のやり取りにはいちいち驚くけど、祖母の料理を褒めてもらったのはうれしい。
きっと、湊なりの僕への気遣いなんだろう。
変な言い方だけれど、二人は安心しても大丈夫な人たちのようだ。
ほっとして笑う僕に、笑顔を返してくれた。