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普段は日付が変わるまで起きていることなんて滅多にない。
今日、実際はもう昨日、は、それでなくても濃密で、長い一日だった。
ワインの酔いも手伝って、伊月の声が遠くなる。
数度、かくんと頭が落ちて、寝ようか、と、笑いながらいわれた。
伊月のベッドは二人で寝ても十分な大きさがあった。
一緒でいいよね、というので、ぼんやりした頭で、うん、と答える。
横たわると気持ちよく体が沈んで。記憶にあるのは、そこまで。
目が覚めると、カーテンの裾から白い光が漏れている。
ああ、朝だと思って時計を見ると、9時過ぎだったので、驚いて2度見してしまった。
伊月は、まだぐっすり寝ている。
いつもは5時半頃起きているから、具合が悪かったわけでもないのに、
こんなに遅くまで寝ていた事は初めてかもしれない。
動揺したけれど、よく考えたら今日は特に用事があるわけでもない。
まあ、いいか、と気を取り直して仰向けに寝なおして天井をみあげた。
そうしながら昨日あった事を思い起こしていると、隣で伊月がもぞもぞと動く気配がした。
「しゅう?」
「起きた?おはよう。」
夜更かしのせいか、ワインのせいか、少し腫れたまぶたで何度かまばたきして、
なんかたくさん夢を見た気がする、といいながら目をこする。
「こすっちゃだめだよ。」
「なんだっけなあ、全然思い出せない、まあ、いいか。」
ぼんやりした言葉に、つい笑ってしまう。
借りた服はクリーニングして返すといったけれど、いいからと断られて、甘える事にした。
なんとなく別れ難い気がしたけど、帰らないと祖母が怖い。
実際、電話口で、突然夕食は要りません、友人宅に泊まります、
で、連絡もなく朝食にも戻らないとはなんですか、もうお昼前ですよ、と怒られた。
昨日あった事をざっと説明し、細倉さんの話をすると、あっさり機嫌がよくなったので助かった。
それから数日後、
僕が講習で学校に行っている間、細倉さんがお線香をあげにきてくれました、
修輔さんに会えなくて残念がっていました、と、祖母がうれしそうに話してくれた。
お盆が過ぎて、夏休みも終盤になると、学校の夏期講習の予定はもうなかった。
伊月はほぼ毎日メールをくれて、2~3度やり取りをするのが日課のようになっていた。
週に2回くらいは家に誘われて、そこで湊とも会った。
その日もでかけようとしていると、祖母から、
細倉さんのところに寄って、渡してもらいたい物があります、とお使いを頼まれた。
僕の家と学校に近い伊月のマンションは、2駅分離れている。
ジルエットはその間にある駅に近い。途中下車をして寄れば、そんなに遠いわけではない。
了承すると、キュウリやトマト、パプリカがぎっしり入った、大きなエコバッグを渡された。
あまりの量に唖然として、こんなに、と、ついつぶやくと、家で採れた野菜のおすそ分けです、
よろしくおねがいしますね、と当然のように言われた。




