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ふと、そういえば、まだ注文していない、と気づいた時、鉄板で弾けるソースの音を響かせて、

ハンバーグが運ばれてきた。伊月がぽかんとして鉄板を見つめる。


「お好きだったでしょう、デミグラスソースのハンバーグ。

 さ、冷めないうちにどうぞ。鉄板が熱いのでお気をつけて。」


食欲なんて、すっかり消えてしまったと思っていたけれど、その香りに一気におなかが減ってきた。

表情が歪みそうになるのを必死に堪えている風の伊月は、

しばらくソースがパチパチなるのを聞いていて、フォークとナイフを手にとって、

いただきます、と食べ始めた。

すごくおいしいハンバーグだった。これが、本当のハンバーグなんだ、って思った。

焦げ目が香ばしく表面はぱりっとしていて、

ナイフを入れるとふわっと軟らかく、肉汁があふれてくる。

実はデミグラスソースは、しつこい感じがしてあまり好きではなかったけれど、

このソースはハンバーグに良く合っていて、濃厚なんだけれど、しつこくないし、という、

僕には説明が難しいけれど、ちょうどいい、すごくおいしい、ハンバーグだった。

伊月は、酔ったように頬が赤くなって、とても幸せそうに、にこにことハンバーグを口に運んだ。


「もう少し早い時間に来るか、予約をしていただけたら、前菜からちゃんとお出しできたんです。

 ラストオーダーの時間はお分かりだったでしょう?」


と、細倉さんはいたずらっこをたしなめるように、楽しそうにそういった。

このお店は、食材の準備を考えたら予約をした方がいいけれど、よほど長く待つ場合以外、

予約がなくても断る事はないそう。

ただ、今日はラストオーダーの時間を大幅に過ぎていた。

一組でもお客様がいらっしゃったら、閉店後の片付けや明日の仕込みにも影響が出るし、

スタッフは全員帰れなくなってしまう。

他にお客様がいる場合、ゆったりしていただくのを邪魔してしまうといけないから、

あまりに長居の場合以外お客様の前で閉店時間の事は禁句。

なので、あのように断るのだと教えてくれた。

それから、学校の事などを中心に話したあと、またさっきの話に戻った。

自分の誹を認めないで駄々をこねるのは子供でもできるって怒られた、という伊月の言葉に、

祖父の受け売りです、と続けると、細倉さんはうなずきながら水の入ったグラスを傾け、

ふとその手を止めた。


「失礼ですが、佐倉さん、お身内に学校の先生をしている方はいらっしゃいませんか。」


「うちは、祖父母と、父が教師をしているんです。教師一家ですね。」


思わずくすりと笑ってしまうと、続いて問われる名に、思わず目を見開く。


「それ、祖父です。」


僕の答えに、今度は細倉さんが驚く番。


「そうでしたか、佐倉先生の。実は中学の時、担任を受け持ってくれていたんです。

 いや、懐かしい。先生はご健在ですか。」


にこやかに問われる言葉に、一瞬詰まる。


「祖父は他界しました、3年前に、事故で。」


そうでしたか、大変失礼しました、と目を伏せ、みる間に落胆する様子に、

なんだか申し訳ない気持ちになる。

僕は家庭の事情で祖父母に育てられていて、今は祖母と二人で暮らしているんです、と、

なるべく明るくなるように意識して続けた。

細倉さんは少し目を伏せたままでいて、祖父との思い出を話してくれた。


「私は、中学の頃、荒れていましてね、佐倉先生はとても厳しくて怖い先生でした。

 一端の不良気取りでしたから、それはもう、いつも言い争いです。

 時には胸倉を掴んだり、殴られたりもしたものです。」

 

伊月と僕は、その意外さに思わず目を合わせる。

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