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ふと、伊月の頬を涙が滑り落ちる。
え、ど、どうしよう。予想外の事に動揺する。友達を、伊月を泣かせるなんて、
そんなつもりじゃ。だけど、ここでこっちが謝るのも変だし、引く気もない。
けれど。
内心パニックを起こしていると、伊月が手の甲で頬を拭って、俯いたまま、
ごめん、とつぶやいた。
「謝るなら、僕じゃなく…。」
「うん、お店にいって、謝ってくる。」
子供みたいにくすんと鼻をすすりながら、とぼとぼ来た道を戻り始める伊月の隣を、
僕も一緒に歩いた。
店の前に着くと、伊月の歩くのが遅くなった。
僕がドアの前に立って、振り返って、開けるよ、と目で合図すると、ドアが勝手に開いた。
びくっと顔を向けると、さっき奥のテーブルにいた女性の一人と目が合った。
ありがとうございました、と店内から声が聞こえる。
2人目の女性が不思議そうに肩越しに覗くのをみて、
「先ほどはお食事中、お騒がせしてすみませんでした。」
と、深く頭を下げた。
伊月をみると、ポーチの明かりの下、目の周りを真っ赤にしてすっかりしょげている。
まるで弱りきったうさぎみたいだ。
ちょっと口ごもって、ごめんなさい、と小さな声でいって、ぺこりと頭を下げる。
訴えるように2人の女性を見ると、少しぽかんとして、ぱあっと笑顔になって、
「あらあ、いいのよう。ね?」
なんて、二人で顔を見合わせて、なんだかうれしそうにきゃっきゃとそう言い合っている。
怒られると思っていたので、意外な反応に僕もちょっとぽかんとする。
本当に、申し訳ありませんでした、とまた頭を下げると、
「いいの、いいの、じゃ、おやすみなさいね。」
といって、2人で楽しそうに手を振りながら、アーチの向こうに消えていった。
かわいい、と聞こえた気がしたけれど、思っていたほど機嫌が悪くなくてよかった。
彼女達を見送って店の方に向き直ると、ドアを開けたまま、
メートルと名乗っていた男性が苦い表情でこちらをみていた。
無言で頭を下げてから伊月を促すと、気まずそうにちらりと彼を見て、
「ひどいこといって、ごめんなさい。」
と、夏の終わりの向日葵みたいにうなだれた。種の代わりに、涙がぽたぽたと足元に落ちる。
その様子と僕を見て、店の中に身を引いて、あごで合図して中へ、と勧めてくれた。
うなだれたままの伊月の背に軽く触れると、うん、とうなずいて店内に入っていった。
店内の少し奥にはディレクトールが厳しい表情で立っていて、
こちらへ、と、さらに奥の部屋へ通された。
その部屋は応接室兼社長の執務室、といった造りで、
アンティークっぽい家具のせいか、どこか懐かしいような雰囲気があった。
掛けて待っていてと、一旦部屋をでていったけれど、僕たちは入り口に立ったまま待っていた。
すぐに戻ってきて、もう一度席を勧められたけれど、いえ、ここで結構です、と辞退した。
「お仕事中、突然お邪魔して申し訳ありません。」
ここでも深く頭を下げて、伊月をみる。目の周りが赤く腫れて痛々しい。
伊月は、数秒何も言わずにいて、上目遣いでちらりと彼の方をみた。
「ごめんなさい。」
小さく、つぶやくように。少し間を開けて、
「ごめんなさい。」
二度目にそういって、急に、子供みたいに泣き出した。
半そでの二の腕辺りで涙を拭うので、そこが濡れて濃い色になっている。
見かねてポケットから自分の制服から持って来ていた、小さなタオル地のハンカチを差し出すと、
受け取って目に当ててくすんくすんと肩を震わせる。
ディレクトールの表情をうかがうと、困ったような、悲しそうな、
それでいてどこか優しい目をしている気がした。




