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テストの点数は、確かに僕が一番よかったけれど、実際は2人に教えられる事の方が多かった。
2人が理解して大げさに感謝してくれたりするとすごくうれしくて、勉強への意欲も高まったし、
さらに視野を広げたいと思うようになった。
高校の授業内容にも進むスピードにも不安はあったけれど、
そんなわけで僕と伊月は1位2位をキープして、
湊は9位から7位に順位を上げて2学期を迎えることになった。
夏休み、といっても、週に3~4日は学校で講習がある。
学校はクーラーが効いていて快適だし、平日の授業ほど長くはなくて3時間くらいで終わる。
夏期講習が終わった後、僕たちはよく伊月が一人で住んでいるマンションへ行った。
伊月のマンションは、学校から歩いて10分くらいのところにあった。
エントランスはぴかぴかした石材の床で、正面に大きな花瓶が置かれ、豪華な花が活けてある。
向かって右は道路に面して擦りガラスになっていて、
ソファやローテーブルが置いてあるのが広々したカフェみたいで格好いい。
左側はカウンターで、受付にはいつもスーツを着た誰かがいて、
にこやかに「おかえりなさいませ。」と声をかけてくれる。
コンシェルジュだと伊月が教えてくれた。本物は初めてみた。
その先の扉の向こうには住人か、住人が招いた人しか入れない。
室内は2LDK。
といっても、部屋自体が広めの作りになっているから、一人暮らしにはもったいないくらい。
お風呂もトイレも、置いてあるタオルもしっかりした素材だし、ホテルみたいだ。
ダークブラウンの床、白い壁で、僕から見ても高級そうなモノトーンの家具がそろえてあって、
間接照明や不思議な形の観葉植物がなんだかとてもおしゃれな雰囲気を作っている。
湊は「いっちは家がカネモチだから。」と言った。
出身のリュシオル学院がある県で、神崎という苗字で、お金持ちといえば。
僕は企業とかは詳しくないけれど、外食産業を中心に展開する、
神崎グループの名前を連想する人は少なくないと思う。
伊月のマンションにつくと、3人で昼食を作り、食べた後は雑談しながら、
なんとなくその日の講習の復習なんかをして過ごすのがパターンになっていた。
作る料理は基本的に麺類が多く、たまにチャーハンやお好み焼きも作った。
一人暮らしで大変じゃない?と聞けば、家の事はハウスキーパーがしてくれるという。
高校生の一人暮らしには分不相応な気がして、お金持ちだという信憑性が否が応でも上がる。
夕方5時過ぎくらいになると、湊が「用事がある」といって帰る。
だいたいは小学生の弟を塾に迎えに行く、とか、買い物をして帰って夕食を作るとか。
湊の家はご両親が働いていて、中学生の妹と家事を分担して手伝っているんだそうだ。
僕と湊の家は伊月のマンションをはさんで逆側だけれど、一緒に出て、マンションの前で別れる。
そんな日を何日か過ごした、8月に入ってすぐのある日。
その日、伊月は何となく無口で、そわそわしたり、ぼーっとしたり、
反応もらしくなく鈍いような気がして気になっていた。
いつものように湊がそろそろ帰るといい、僕も荷物をまとめていると、
伊月が、電車で一駅離れているけれど、知っているお店がある、夕食を一緒に食べよう、
といいだした。
湊は帰って家で食べる、外食は嫌いだといって即答で断った。
一瞬、一人で家にいる祖母の事が過ぎったけれど、伊月の様子も心配だった。
かといって、制服のままこれからの時間、出歩くのははばかれる。
急に外食する事になるなんて予測していなかったし、そんなに持ち合わせもない。
どちらにしても、いったん家に帰らないと。
でも一回帰って準備してからまた集合すれば、その分かなり遅い時間になってしまう。
「んー、また次の機会にしない?
明日は講習ないから、次の講習の時、着替えとか準備してくるし。」
「おごるからさ、服も僕の貸すよ。だから今から行こうよ。ね、ね、お願い!」
ぱちりと拝むように両手を合わせて、そんな風にいってきかない。
なんでこんなに必死なんだろう。強引で、いつもよりテンションが高め。
けれど、その裏側に、なにか引っかかる物を感じた。
結局祖母に、友人と夕食をとって帰る、と、連絡を入れた。