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勝ちたい。
湊は人一倍頑張ってくれていた。
このまま負けて終わりなんて、絶対にいやだ。
どうにかして、スパイクを決めて欲しい。
つい、相手コートの後衛を守る山崎君に視線が行ってしまう。
ふと、気が付いた。
山崎君の動きは特徴的だ。
相手側、つまり僕たち一組側にボールがある間、大きく円を描くようにコートの外まで後退する。
その位置からスパイクのタイミングに合わせて走りこんできて着弾地点に入る。
助走をつけてフットワークを軽くし、守備範囲を広くする効果があるんだろう。
後衛の選手はよくする動きだけれど、彼はさらに、かなり後方までさがる。
さっきと全く同じように、須貝君からレシーブが返って来る。
当然のように、湊にトスを上げる。
フリをして。
湊がスパイクの助走を戸惑いがちに止め、ボールの行方を視線で追う。
その視線は、ネットを越え。
相手前衛は、フェイント、もしくは湊のスパイクが引っかかるのを警戒してネットのすぐ近くに立っている。
アタックラインの少し後衛側、サイドラインのぎりぎり内側。
本来その場所を守っているはずの山崎君はコートの遥か外。
虚を突かれて、誰も動けなかったようだ。
山崎君も一瞬飛び込もうとした足を止め、自分の守備位置にあっさりと落ちたボールを愕然と見ていた。
一組のコートサイドから、歓声があがる。
「ナイスジャッジ!」
湊が駆け寄ってきて手をあげている。
同じように手をあげると、思い切り勢いよく、手のひらを叩きつけてきた。
「ナイスポイント。」「しゅう、グッジョブ!」
須貝君や伊月、他のメンバーも口々に褒めてくれた。
次からはわざと意識して山崎君の方をちらちらみた。
それが、大きな牽制になる事を充分に意識しながら。
相応に彼の動きが固くなっているのがわかる。
在籍していた中学が強豪校だった分、顧問の指導は厳しかっただろう。
気を抜いた結果のミスは、他の誰が責めなくても、完璧なプレイを求める自分自身を苛む。
クラスのみんなからの期待。プライド。優越感。
それらを守るため、あんな単純な球を落とすようなミスを繰り返すわけには、絶対にいかない。
予想通り、あの、大きく後退する守備の動きをする事はなくなった。
繰り返し、繰り返し、徹底的に練習して作り上げてきた、彼のリズム。
それが強固である分、ちょっと狂っただけで。
次は彼が、自分の左足の数センチ前に鋭く叩きつけられた湊のスパイクにくちびるを噛む番だった。
「Aいくぞ。」
相手コートから転がってきたボールを拾って、サーブを打つチームメイトに投げた時、
自然にうろうろ歩いている風で近づいてきて僕にだけ聞こえる声で湊がそういった。
声をかけたことすらほとんどの人が気付かなかっただろう。
え、まさか。
振り返ると、しらっとした顔をしている。
須貝君の方をみると、僕と湊にだけわかる表情で、承知した、と伝えてきた。
後衛がアタックラインを越えてスパイクを打っても反則にならない、という特別ルールを知った湊が、ある日、
秘密特訓をしよう、と言い出した。
「大きなルール、6人制ローテーションなしとかサーブ権なしで点数が入るとかを気にするヤツはいても、
他のクラスはあんまりクラスマッチに必死になってないから、
細かいルールまで熟読しているやつは少ないと思う。
それに、まさかクラスマッチで一組がちょっと技術の要る事をやるとは思ってない。
特にバレー経験者の裏をかける作戦だ。」
という。