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再びドアが開いて、廊下の喧騒が流れてくる。
「ここだったか、って、どうした。」
やはり、しゃがんで顔をのぞき込む湊にちらりと視線を送る。
走り回っていたんだろうか、息が弾んでいる。
今度は伊月がドアを閉め、「すごく具合が悪いみたい。」といってくれた。
「立てるか?とりあえず救護室に行こう。」
湊の言葉にも首を横に振る。
「嫌だっていうんだよ。しゅうが、治まるからって。」
二人のそのやり取りの間、襲ってきたのと同じように、唐突に、
すう、と痛みが引いていった。
大きく息を吐くと、ぐったりと力が抜ける。
「ごめん、もう、大丈夫だから。」
「一応、救護室いっておいた方がよくないか?」
湊の心配そうな声に、少しだけ口角を上げて首を横に振る事ができた。
伊月の肩から離れ、壁に背中を預けた。
「大丈夫だから、二人は先に開会式に行って。」
「何、言ってるんだよ、具合悪い修、一人置いていけないよ。」
伊月の言葉に続いて湊も何か言いかけた時、開会式の集合を促すアナウンスが遮った。
「先に行って先生にうまく言っておく。いっち、修を頼む。」
眉間にしわを寄せてアナウンスを聞き終えた湊は、そう言うと、
自分の首にかけていたタオルを外して僕の手の上に置き、立ち上がってドアの向こうへ行った。
乾いたやわらかいタオルの感触は、いつも自分を救ってくれる。
汚してしまいそうでちょっと戸惑ったけれど、そうすると楽になるのはわかっていた。
折り畳んだタオルを顔に押し当ててゆっくり息をする。
「修、あの、よくあるの?」
動かないまま、何て答えるか考える。
「たまに。本当に、たまに。」
「ごめん。」
謝られる意味がわからなくて、タオルを外して伊月をみると、うな垂れて泣きそうな顔をしている。
アリーナを急いで去ろうとした時、必死で気が付かなかったけれど、
ちょうど席に戻ろうとしていた湊とすれ違っていたんだそうだ。
「しゅうの様子がおかしかったけれど、なにがあったんだって聞かれて。」
その前にあったやり取り、自分が言った言葉を伝えたら、急いでしゅうを探すぞ、と連れ出された。
たまたま、先に自分が見つけた、ということだった。
「僕が、気に障ること言っちゃったせい?」
ああ、そういう事か。笑って小さく首を横に振る。
「伊月が悪いんじゃないよ。
褒めようとしてくれたんでしょ?戸川君にも怒ってくれて。ありがとう。
こっちこそごめん。びっくりしたでしょ。」
これは、本心。問題は、自分の中にある。
伊月は、相変わらず泣きそうな表情でううん、といった。
「無理しないで、立てそうになったら行こう。」
「いや。やっぱり、伊月だけ先に行って。」
「遅れたって大丈夫だよ。みーが先生に言ってくれているし。」
「そうじゃ、なくて。」
言っちゃだめだ、と、自分の中の別な声が警告する。