岡嶋慎吾
近所の書店に行き「人間失格」の本を手に取り、300円という安さから即決で購入を決めた僕。
そんな僕の名前は、高田裕之。年齢は19の大学生だ。
ただの大学生というよりは冴えない大学生といった方がイメージしやすいだろう。
どれくらい冴えないかを例えると、コンビニで売っているもやしぐらい冴えない人。
わざわざ、もやしを目当てでコンビニに行く人も少ないであろう。
たまたま、置いてあるのを見て欲しくなった人が買うものだと思う。
そして、そのたまたま目にちゃんと入ることは滅多になく、入ったとしても気がつかない存在。
それぐらいの価値であり、まさしく僕そのものだと思う。
誰かから「コンビニに置いてあるもやしみたいだね」と言われたことなど勿論ない。
自分からそう思ってしまうネガティブ思考が僕の特徴のひとつでもある。
最近ネガティブ思考は、ますます酷くなり、何をやっていても自分がダメな人に思えてしまう。
そして、今も暇を潰すために近所の書店に行ったのだが、なんとなく見つけた人間失格の本を手にとってしまった。
読んだことはないのだが、太宰治の小説は暗いイメージがあって、今の僕にはふさわしいと思って購入してしまった。
それだけの理由だけでは買うこともなかったのだが、300円というお手頃価格だったので悩むこともなかった。
書店を出て、手に持っている本のことよりも、どうしてこんなにネガティブになってしまったのだろうと考えている。
ネガティブ思考になる原因は、自信がないことだろうか。
何でもできる人ならば、ネガティブに考えることもないだろうし、何でもできるような人を思い浮かべると、ネガティブ思考というよりは、明らかにポジティブ思考だろうなと思う。
自分には取り柄がないと思うと、どん底まで考えてしまう。
これだから、ネガティブ思考は直らないだろうし、物事もよくない方向へといってしまう。
直そうと思っていない時点で、ダメな人間だと思う。
それが、わかっているならネガティブ思考なんてやめればいいだけの話だ。
だけど、余計なことを考えてしまう癖はどうにもならない。
どれだけ、自分に自信がないのかを考えると笑ってしまう。
楽しい方の笑いではなく、苦笑いの方だ。
情けないよな。
こう思った時点でネガティブ思考をしてしまっている。
どうしようもないと思ったとき、「はぁ~」とため息をついてしまった。
そのときだった、僕の正面にいた人が「どうしたんだ、ため息なんかついちゃって」と僕に声をかけてきた。
聞き覚えのある声の人物は、昔の友人である岡嶋慎吾だった。
この、久しぶりである岡嶋との再会が僕のこれからの人生を大きく変えることになったなんて、この時の僕はこれっぽっちも知らなかった。
「もしかして、岡嶋か?」岡嶋だと思うが、一応訊いてみた。
「そうだが。高田に遭遇するなんて何年ぶりだ?小学校以来じゃないか?」
「小学校を卒業してから初めてだよな」
過去を思い返しながら言った。
「懐かしいなー。今は何やってるの?」
そういう質問は、まずは自分からするもんだろ。
とは、勿論言えないのでちゃんと答えた。
「今は、大学に通っているよ」
「どこの大学?」
だから、まずは自分から言うことが常識じゃないのかな。
しつこいようだが、勿論そんなことは言えずに普通に返す僕。
「新選大学の経営情報学科だよ」
「新選ってことは自宅から通っているよね?」
「そうだよ。そういう岡島は何やってるの?」
今回はちゃんと質問をしたが、対して勇気のいる発言ではなく流れてきに自然な質問だった。
「大学行ってないんだよね」
意外な返答に驚いたが、失礼なので顔には出さないようにした。
たしか岡嶋は小学校の中でも頭のいいやつだった気がするけど、小学校の成績なんて今となってはあまり関係のないことで、第一、大学に行ってないからといって、馬鹿と決め付けることはよくないことだ。
専門の可能性だって考えられるし、浪人したからといって、馬鹿にすることではない。
「そうなんだ。専門とか?」
と、一応質問をした。
「いや、専門も行ってないんだよね」
これは、まずいことを聞いてしまったか?
あまり、浪人しているとは言いたくないだろう。
余計なことを聞いてしまったな。と、すぐに後悔をするところが、さすがネガティブ思考だ。
でも、工業高校に行っていて、就職の可能性もあるわけだ。
でも、これ以上質問をすることは失礼かなと思った時に、悩んでいることを察したのか岡嶋の方から喋りだした。
「今は、働いているといえば働いているんだけど、働いていないといえば働いていないんだよね」
「どういうこと?」
よく、わからなかったので率直に訊いた。
「会社を設立したんだよね」
一番意外な答えだった。
「マジで!?社長やってるってこと?」
思わず相手の気持ちも考えずに言ってしまった。
「まぁね。でも、会社といっても俺ひとりだから、なんともいえないけどね」
ははは。と、笑いながら言う岡嶋。
「それでも、会社なんだろ?すげーなー。お金とか稼いでいるんだろ?」
「一応会社だからね」
本当は失礼なことだけど、質問をした。
「ちなみに、いくらぐらい?」
「んーっと、月によって違うけど先月だと1億2000万ぐらいだったかな?」
会社設立発言よりもはるかに驚いた。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
と叫んでしまうぐらい驚いた。
「マジかよ!むっちゃ金持ちじゃん!」
「お金はあっても、あんまり贅沢とかしない主義なんだ。だから、ちょっと裕福な生活になったぐらいで、ほとんど今までとは変わらない生活をしているけどね」
「いいなー。僕もそんなにお金稼ぎたいなー」
失礼かもしれないが思わずつぶやいてしまった。
「だったら、一緒に働く?誰もいないし、手伝ってほしいこともあるんだよね」
軽い感じで岡嶋は言った。
「いいんですか!?」
すごくびっくりした。
「まぁいいよ。ちょうど人手がほしかったところだし」
「でも、僕何もできない役たたずなんだよね」
ネガティブ思考のスイッチが入ってしまった。
「大丈夫だよ。誰かがいたほうがより、いい会社になるんだ」
「そういってくれるのはありがたいけど、足でまといになるだけさ」
「いいや、そうじゃない。比較優位って言葉をしっているか?」
「知らないや」
「例えば、何でも完璧にこなす人と、あまり仕事ができない人がいたとしよう。完璧にこなす人が一人で仕事をするより、仕事ができない人でも一緒にやったほうが、スムーズに仕事ができるんだ。誰かが仕事を遅くてもしている分、完璧な人は他の仕事に専念できるんだ。時間の面でも効率よくできる。とにかく、一緒に働きたいと思うなら、ありがたい話だ」
岡嶋は本当にいいやつだ。
「お願いします」
断る理由がまったくなかったので、岡嶋と握手をした。
なんて、ことが現実におきないかなー、とポジティブに考えていたが、いきなりすぎるポジティブな妄想だった。
度が越してるよな。
これだけ、長々と妄想をしていたけどこの時間に実際に喋ったことは最初の「はぁ~」のため息ひとつだったなんて、本当に情けない。
情けないというより、しょうもない。
だいたい、岡嶋って誰だよ。
それでも、なんか都合のいいこと起きないかなー。
そんなことを考えてしまう僕であった。