フレッシュミントの香り
ホワイト&ホワイトライオン。
フッ素のはたらきで歯質を強くしムシ歯を防ぐ、白い歯、健康な歯をまもるハミガキ。
ファミリータイプ170g。
そんなものが、オレの鞄に入っていた。
会社の第一応接室、午前5時。
昨夜は会社の上司と同僚と三人で「軽く」飲みに行き、そのまま終電をなくしたようだ。
それ事態は珍しいことではない。この応接室のソファには、幾度かお世話になっている。 自分の部屋のベッドのように、身を横たえくつろぐことが出来るようになった。
しかし、なぜ新品の歯磨き粉なんかがオレの鞄に入っていたのだろう。
寝る前に磨こうとしたんだろうか、歯。
しかしホワイト&ホワイトライオンの箱は未開封のままだから、結局歯磨きせずに眠ってしまったらしい。
歯ブラシも買うべきだったのだ。
買ったのか?
ふとオレは心配になった。
あまり覚えてないけど、オレと同僚はかなり酔っぱらっていたはずだ。
オレは道路に並んだカラーコーンを順番に蹴飛ばし、同僚は所かまわず立ち小便をしていたような気がする。
悪ふざけして、どこかのコンビニで万引きとかしたのではないのか。
そこで同僚のことを思い出した。
隣の第二応接室をのぞきに行と、いた。
腹這いにソファの背もたれによじ登っているような、不思議な寝相をしている。
眼鏡と携帯電話がテーブルの上に置かれ、脱いだ靴と靴下が床に転がっていた。
あいつも結局帰れなかったんだ、と少し安心する。
放っておくと、ゲラゲラ笑いながらどこかに走っていくような奴だからだ。
そういえば、明日は現場に直行だから、会社に泊まった方が早い、とか言っていた。
だんだん思い出してきた。
それで会社にヨタヨタと帰ってきて、近くのコンビニでお茶とか買ったのだ。
さらに鞄をあさると、くしゃくしゃになったコンビニ袋が出てきた。
レシートが残っている。
買ってるし歯磨き粉。
しかも一人暮らしに170gは多すぎやしないのか。
他にはウーロン茶2本と、ベルギーワッフルを買っている。
あー、買ったよベルギーワッフル。
思い出した。
オレは酒を飲んだ後、無性に甘い物が欲しくなるタイプなので、昼間は絶対買いそうにないベルギーワッフル買ったんだ。
それで歩道に座り込んで寝てしまった山本課長の分もウーロン茶買って、
あれ課長?
オレは第三応接室を確認しに行った。
いた。
結局課長もタクシー呼ばず、会社で寝ていたわけか。
そう、それで三人で酔い覚ましに、しばらく外でウーロン茶飲んでいたのだ。
それでオレがベルギーワッフル食べようとしたら、
「何ひとりだけ食おうとしてんだーっ!」
と山本課長に横取りされて、全部食べられてしまったのだ。
わはは。食ってねーよベルギーワッフル。
とりあえず、5時から割り引きのサウナに行き、歯を磨いてひげを剃ることにした。
というわけで、このホワイト&ホワイトライオンはオレには不要だ。
オレは第二応接室で眠る同僚の鞄に歯磨き粉の箱をつっこみ、会社を出た。
外はまだ薄暗く、肌寒い。
昨晩はいったい、何がそんなに面白くて飲んでいたのだろうか。
ついにそれだけは思い出せなかった。
夕方、まだ酒が抜けきらないようなくたびれた顔をして同僚が帰社した。
「なんか鞄の中、真っ白しろだったんスけど」
書類やら着替えのシャツやら詰め込んだ彼の鞄の中は、つぶれた歯磨き粉のチューブが猛威をふるい、それはもう凄惨の一言だった。
だけど、香りだけは爽やかだったのだ。