ネッ友がクラスメイトだったんだが
今も夢に見る。忘れてしまいたいようなそんな、地獄のような昔のことを。
一歩一歩と歩く度に、聞こえてくるのは足音とそれから笑い声。ただの笑い声なんかじゃなくて、吐き気のするような悪意を孕んだ笑い声。噂に流された人間達の、醜い、悪寒の止まらないそんな笑い声。
目は開けない。周りは見ない。その悪意に触れれば最後、俺が壊れてしまうから。
現実なんてクソだらけだ。学校、家、友達、家族……全部全部、クソでしかない。現実とはまさに、紙のようなペラッペラい精神を木っ端微塵に砕いていく、シュレッダーのようなクソだ。
ただ、そんなクソの中にも救いはあった。依存していいよ、って自分の支えになっているものがあった。それが、オンラインチャットアプリpiscord──通称、『ピスコ』だ。
で、さて。こんな長ったらしい前置きを置いて何が言いたいのか、という話だが。
ネッ友が、クラスメイトだった。それも、超がつくほどの美少女だった。
♢♢♢
朝の教室は賑やかだ。外では部活の声、中では廊下から聞こえてくる様々な人間の話し声が聞こえてくる。そんな声に包まれながら、俺……上鶴羽羅はいつも通りピスコを触っていた。
『hara:うわまじで学校だるいんだが』
『e:頑張るんだ若者! おじさんも仕事がだるくて仕方がない! 行きたくない! 』
『hara:いや、アンタは行かないとダメだろ』
『るなクン:ほらほら行くぞ同僚よ!! 仕事が僕達を待っている!! 』
この『e』という人物が作った、五人しかいないグループ。そこでは毎日、他愛のないやり取りを繰り広げていた。そんな他愛ないやり取りが、俺にとってはとても救いとなっていた。現実との違いは、よく分からない。
そしてスマホを眺めていること数分。後ろから、妙な視線を感じた。じーっと、俺を見つめているようなそんな視線だ。
「? あ、上鶴くんおはよっ! 」
「お、おはよ、棚月さん」
視線の方へと振り向くと、黒いゆるふわロングヘアーに赤い瞳が特徴的なクラスで人気の美少女、棚月無那さんと目が合った。棚月さんはにこっと笑っておはよう、と挨拶だけして廊下の方へと歩いていった。……俺を、見ていた?
いや、気の所為か。
「……ん? 」
それから少ししてからのこと。『e』から一通のボイスメッセージがdmに届いていた。不思議に思った俺は迷わずにそれを再生する。
『無那ちゃんにっこにこだね。何かいい事でもあった? 』
『それがねそれがねっ! はーくんと挨拶できたの! 私がおはようって言ったらね、おはようってにこっと返してくれたの!! やっぱりeとして話して貰えるだけでも嬉しいのに、生で挨拶貰えるとか……もう嬉しすぎて死ねちゃうよ~♡はぁ、録音しとけばよかったなぁ』
『なっ!? ずるいよ無那ちゃん!! 私だってまだはっくんに話しかけれてないのに!! 』
ここで、ボイスメッセージは削除された。俺はフリーズしていた。なんだこれは。まさかeの正体が棚月さんだった?? いやいやそんな馬鹿な。前に割と渋いおっさんって言ってなかったか? それにもう三十は超えてるって言ってたはずだが。
まさかあれか? ネカマか? いやでもそれって普通逆なのでは? というかなんの目的でわざわざ男……しかもおっさんとかいう微妙なラインにしたんだ??? ダメだ、考えてもわからん、次!
それで、内容に関してははーくんとやら、だったな。まぁあらかた予想はつく。もし本当にeが棚月無那だとするのなら。
「あーもうやっと来た! 遅いよ春樹! 」
「ごめん無那、ちょっと寝坊しちゃって」
「もー! 春樹いないと退屈なんだからさ! 」
このイケメン、田中春樹の事だろう。180センチと高身長にとても優しい顔つき、更には困っている人は放っておけない性格の紛うことなき典型的なイケメンだ。
棚月さんとは幼なじみらしくよくイチャイチャ? しているのを見かけるし、まぁ恐らくそうなんだろう。
えぇ、となると本当にeの正体は棚月さんなのか。ていうか重っ。録音したいなぁとか言ってなかったか!?
なんて事を考えながら二人を見つめていると、ブブッとスマホがなった。確認してみるとそれは、ちょうどそのe……棚月さんからのものだった。
『e:聞いた? 』
『hara:聞いてません』
『e:放課後、体育館裏ね』
『hara:拒否権は? 』
『e:ふぉっふぉっふぉ。若造如きにあると思うかえ? 年上の言うことは絶対なりぞ』
『hara:いやもう無理あるだろ』
呼び出しを食らってしまった。問い詰められるんだろうか。放課後に、体育館裏か。過去のトラウマが頭を過ぎってしまうな。まぁ、どの道断ることなんて俺には出来ないだろう。
……てか。ん? 待てよ? なんで俺がこの学校にいるって知ってるんだ? 俺学生ってことしか言ってないぞ?? なに、まさか特定とかされた?
♢♢♢
そして放課後、体育館裏。近くのベンチに棚月さんは座っていた。
「あっ来た」
「待たせた? 」
「いんや、全然。丁度私も来たとこだよ」
そしてこっちに気づいて立ち上がり、俺の傍まで来た。
「それで、要件は? ……つってもまぁ、何となくわかってはいるんだが。自分でおっさんつってなかったか? なぁ『e』さんや」
「その爺さんや、みたいに言うのやめてくれないかなharaくん。うんうん、確かに言ったねぇ。社会人の三十路だって」
「ていうかいつ俺に気づいたよ。俺学生であることしか話してないが」
「いや普通にちらーっとスマホ見えちゃったから」
そういえばそうだった。色々と抜け落ちすぎだ、俺。普通に考えて別に特に画面とか隠したりしてる訳でもないからそりゃバレるわな。
でもそれで普通に話しかけてくるか?
「結局のところ要件はなんなんだ、それくらいならdmでも充分話せると思うが」
その質問をしたら棚月さんの雰囲気が変わった。なんと言えばいいんだろうか。顔は笑っているのになんか笑っている気がしない、とでも言うのだろうか。とにかく不思議な圧をこちらに強く出し続けていた。
「ん? あーえっとね? 口封じだよ口封じ。ほら、あの内容。あれを内緒にしてて欲しいんだ。特に春樹には、ね? そして口封じは直でやるのが一番効率的でしょ? 」
「ハナから言うつもりなんて無いから大丈夫だ。そんだけか? 」
予想通り口封じだった。そしてやはりあのはーくんとやらも田中のことで確定だったな。……どこか嫌だ。別にそういうのに対して対抗意識とかある訳では無いんだがな。田中に対しては個人的に嫌な思い度しかないからなぁ。
「んー、そんだけなんだけども。あ、じゃあ折角だしご飯でも食べ行こっか! エンカだエンカー! 」
「は? 今から!? 」
「え、うんそうだよ。大丈夫大丈夫、私の奢りでいいから」
……とまぁそんな感じで、ネッ友の正体はまさかのクラスの超美少女でした。




