6.処罰と情け
アントシュ王国ではどうのような法だっただろうか。
思い出そうとして黙り込んだ私に、
叔母様が聞いたこともないような優しい声で呼びかけて来る。
「る、ルーチェはそんなひどいことはしないわよね?」
「そ、そうよ。私たち姉妹みたいに仲が良かったでしょう?」
「そうよ。ルーチェとは従姉妹じゃない。ひどいことしないでくれるわよね?」
この半年間一度も会いにこなかった叔母様だけではなく、
ずっと嫌がらせを続けていたアナベルとコレットの発言に呆れてしまう。
「アルフレッド様……奴隷として売ることはできますか?」
「奴隷として売る?こいつらを処刑しなくていいのか?
ずいぶんと優しいんだな。一応は血縁だからか?」
「いいえ。そのような情けはありません。
そうではなく、奴隷として他国へ売ることで、
お父様やお兄様と同じ苦しみを味合わせたいのです」
「なるほど。そういうことなら賛成する。
とりあえず牢に入れて調べるから、売るのはその後になるが。
奴隷として売る先はどこでもいいのか?」
「アルフレッド様にお任せします」
叔父家族には意地悪なことをたくさんされてきたけれど、
今すぐ処刑してほしいとまでは思わない。
でも、お父様とお兄様が今も苦しんでいると思えば、
従姉妹だからとはいえ簡単に許すことはできない。
自分たちが同じように奴隷として売られるのだとわかって、
叔母様たちは泣きながら叫んでいる。
「どうしてよ!いやよ!奴隷なんてなりたくないわ!」
「こんなこと認めないわ!ルーチェ!許すって言いなさい!」
「奴隷なんてなるくらいなら処刑された方がましよ!」
コレットがそう叫んだら、叔母様とアナベルもうなずく。
本当にそう思うのなら処刑に変えてもいいのだけど。
「処刑のほうがいいの?
それなら叔父様と一緒に処刑してあげるわ」
「なんてこと言うのよ!悪魔なの!?」
「え?コレットがそう言ったんじゃない。違うの?」
「どっちも嫌だって言っているのよ!」
そんなことは言ってなかったと思うし、
そんな願いは叶えてあげられるわけがない。
「もういいだろう。これ以上話していても無駄だと思うぞ」
「そうですね……後はよろしくお願いします」
「ああ」
三人は飽きもせず文句を言い続けているけれど、
うるさかったのか、口元に布を巻かれて牢へと連れていかれる。
騎士団長を始めとする貴族たちも同じように処罰が決まった。
直接簒奪に関わった者は処刑。その家族は奴隷として売る。
処罰を言い渡され、全員がうなだれて牢へと連れて行かれる。
中には私へ懺悔をして許してもらおうとする者もいたが、
ベルコヴァの騎士に剣を向けられ、すごすごと去って行った。
「……それで、ルーチェ姫のこれからなのだが。
アントシュ王国が元に戻るまでベルコヴァに来てほしい」
「ベルコヴァに私が?」
「ああ。国王が戻るまで、この国に一人にしておくわけにはいかない。
俺に保護されてくれないか?」
「わかりました」
アルフレッド様が来てくれなかったら、叔父様たちは捕まらなかった。
この国も私も助からなかっただろうと思う。
恩人であるアルフレッド様がそういうのなら従うだけだ。
「それでは、できるかぎり早くこの国を発ちたい。
そちらの侍女はどうする?」
「リマは乳母です。一緒に連れて行ってもかまいませんか?」
「乳母だったのか。わかった。連れて行こう」
アルフレッド様が数名の騎士を私につけてくれたので、
私の部屋だった奥宮まで行ってみる。
何か残っていればと思ったけれど、そこには何も残っていなかった。
これでは旅の準備ができないと思っていたら、
アナベルとコレットの残した服が大量にあった。
アナベルの服は大きすぎるけれど、コレットの服なら入りそうだ。
なるべく華美ではない服と下着などを探し、
丈夫そうなワンピースに着替えてから数枚を鞄に詰める。
旅の準備ができた時にはもう昼前になっていた。
出発するために王宮の外に出ると、
そこにはたくさんのベルコヴァの騎士が待っていた。
その騎士たちに指示をしていたアルフレッド様が、
私が到着したのに気がついて手招いている。
「こんなに騎士を連れて来たんですね」
「この国を立て直すために、騎士の三分の二は残しておく。
連れて来た文官たちはそのまま政務を任せる予定だ」
「騎士だけじゃなく、文官まで連れて来てくれたなんて。
本当にありがとうございます」
「いや、国王の、兄上の指示だ。
礼は会った時に直接言ってくれ」
「わかりました」
たとえ、指示を出したのが国王だとしても、
こうして実際に助け出してくれたのはアルフレッド様なのに。
謙虚なのか、お礼を言われ慣れていないのか、そっと視線をそらされる。
「馬車なのだが、俺と一緒でかまわないだろうか。
残念だが、ベルコヴァまで安全な道とは限らない。
盗賊などに襲われた時に離れていると困るんだ」
「わかりました。一緒の馬車に乗ります」
「……令嬢なのに申し訳ないな」
言われてみれば、家族でもない男性と一緒の馬車に乗るというのは、
令嬢としてははしたないことなのかもしれない。
それでも安全を保障するためには仕方ないのだろう。
手を借りて先に馬車に乗ると、
アルフレッド様はきょろきょろとあたりを見回した。
「どうしました?」
「乳母はどうした?」
「さきほど、アルフレッド様の部下のアズ様が連れて行きました。
使用人の馬車に乗るんだと思います」
「は?……いや、すまない。乳母は一緒でなくていいのか?」
「私はアルフレッド様の指示に従うだけです。
リマが一緒でなくても問題はありません」
「……いや、そうだけど……うーん」
悩み始めたアルフレッド様にさきほどとは違う騎士が近づいてくる。
「アルフレッド様、準備が整いました。出発しますか?」
「あ、ああ。出発しよう」
「わかりました」
その返事を聞いた部下は出発だと先頭へ叫んだ。
先頭の馬車が動き始めたのを見て、アルフレッド様はあきらめたように馬車に乗る。
……一緒の馬車に乗れって言ったのはアルフレッド様なのに、
そんなに嫌そうにしなくてもいいと思うのだけど。




