4.精霊が見せる夢
塔に来てから満足に眠れていない。
眠るたびに、悪夢を見続けている。
叔父様が国王になり、歯向かう臣下たちは家族と共に牢に捕らえられた。
苦言を呈した宰相も同じ。全員が他国へと売られてしまっていた。
叔父様のクーデターに賛同したのは騎士団長と数人の貴族。
それなのに、その勢いを止めるのは難しかった。
騎士団長たちが叔父様に従ったのは借金を抱えていたから。
叔父様に賛同した貴族たちも、
同じように賭け事にはまり税を納められなくなっていた。
叔父様が国王になれば、納められなかった税は払わずに済むこと、
爵位を授け、今後も重宝することなどが約束されていた。
そして国民は新たな税に苦しめられていた。
水やパンを買うのにも税、店側に小麦や野菜を売るのにも税。
家に住むのにも、宿に泊まるのにも税。
王都だけでなく、地方にまで。
子どもが生まれても、老人が死んでも税を納めなくてはならない。
当然、払えない者が出てくる。
その者たちは捕らえられ、奴隷として売られる。
あまりのむごさに汗びっしょりになって飛び起きる。
まだ日が明けてもいなかったけれど、もう一度眠る気にはとてもならない。
「……また精霊が見せてくれたのね。
この国はいったいどうなってしまうの……」
夢で見た、売られていく五歳の子の恨むような目が忘れられない。
あの子は売られた先でどんな目に合うのか。
このままではいけないと思うのに、私は塔から出ることすらできない。
食事を持ってくる侍女たちに助けを求めても、
侍女たちも人質を取られていて何もできないと泣いていた。
結果として、焦る気持ちをぶつける先が勉強しかなかった。
少しでも知恵が増えれば、何か役に立つかもしれない。
そう気持ちをごまかして落ち着かせるしかない。
夢で見る国の様子はひどくなるばかり。
このままこの国は荒れ果ててしまうのだろうか。
半年間、何もできずにあきらめかけていた。
その日、いつもとは見る夢が違った。
黒髪の騎士が馬に乗って駆けてくる。
前髪は目が隠れるほど短いのに、
一つに結んでいる後ろ髪が長いのは貴族だからか。
どこかをまっすぐに見ている目は闇のような黒。
光を失っているようにも見える表情は暗かった。
走っているのはアントシュ国王都の道。
昔は華やかな人通りだったものが、誰もいない荒れた道になっている。
騎士は王宮の近くまで来ると馬から降りる。
お付きの者らしい男が馬を預かり騎士は闇へと消えた。
騎士がどこに行ったのかとあたりを探すと、
今まで気がつかなかっただけでたくさんの男たちが隠れているのが見える。
話している会話からアントシュ国の者ではないのがわかる。
この話し方は隣国ベルコヴァ王国の特徴。
お父様がベルコヴァ王国の国王と仲が良かったはず。
昔、ベルコヴァの国王がアントシュに留学していたからと言っていた。
だけど、ベルコヴァは遠い。
単騎でも二週間はかかると聞いている。
そのため、年に一度手紙を送り合うくらいしかしていなかったはず。
そんな遠い国からどうしてこんなに多くの者たちが来ているのか。
もう少し近寄って会話を聞きたい。
……
「……てください」
「え?」
「起きてください、ルーチェ様」
「リマ?どうしたの?」
まだ夜明け前なのにリマに起こされた。
その表情は真剣で、何かが起きたのだと感じる。
「塔の外が騒がしいのです。
暴動が起きているのかもしれません」
「暴動!?」
この国に失望した国民たちが暴れ出したのだろうか。
塔の窓から見える場所には煙は上がっていない。
暴動が起きて一番おそろしいのは火事になることだ。
そうなれば敵も味方もなく、巻き込まれてしまう。
煙が見えないことでほっとしたが、
あちこちから剣がぶつかるような音がしている。
「リマ、これは暴動ではないわ。
平民なら剣を持っている者は少ないはずよ。
どこかの貴族が内乱を起こしているのかもしれない」
「まぁ……」
「誰かが叔父様を倒せたなら……この国は助かるかもしれないわ」
身内とはいえ、叔父様が殺されたとしても悲しむことはない。
叔父様たちはそれだけのことをしてしまったのだから。
「……ですが、ルーチェ様はどうなりますか」
「わからないわ。他から見れば、私も同じかもしれない。
叔父様たちと一緒に処刑になる可能性もあるわ」
「そんなっ」
「私は何も止められなかった。精霊付きだと言われても、
自分の身を守ることしかできなかった。
王族としては責められなくてはいけない。
……リマだけでも逃げてちょうだい」
「……ルーチェ様。私も最後までルーチェ様と共に」
「でも……リマにはまだ家族がいるでしょう?」
リマには息子である現伯爵、そして孫たちもいる。
ここで私と一緒に死ぬ必要はない。
「いいえ、乳母を引き受けた時より、私は母ではないと思っております。
ルーチェ様の乳母として、連れて行ってください」
「リマ……ありがとう」
ずっと乳母としてそばにいてくれたリマの手を握る。
こうなれば、じっと待つしかない。
しばらくして、塔の下の扉が壊される音がした。
バキバキと木の扉が破壊されている。
階段を上がってくる音が聞こえ、ゆっくりと息を吸った。
みっともない真似がしないように覚悟を決める。
アントシュ国の王女として、恥ずかしくない最期を迎えよう。
階段を上ってきたのは、夢で見た黒髪の騎士だった。
「……」
「本当にこんな場所に捕らえられているなんて……」
騎士は手にしていた剣を納めた。
「安心していい。敵ではない。ルーチェ姫で間違いないか?」
「あ……私はルーチェ・アントシュです。あなたは?」
「ルーチェ姫を助けに来た。
アルフレッド・ベルコヴァ。ベルコヴァ王国の王弟だ」
「王弟……?どうして王弟殿下がこんなところに……」
「話は移動しながらでかまわないか?とりあえず、ここを出よう」




