36.願い(アルフレッド)
ルーチェがシンディのようにしつこく言い寄ってこないとわかり、
馬車での旅が苦痛ではなくなった。
馬車に慣れていないルーチェは休憩の時に降りようとしても、
足が震えて降りられなくなっていた。
長時間乗っているせいでどこか痛めたのだろう。
それでも俺には何も言ってこないから、
黙って抱き上げて連れて歩く。
草が生い茂る中、小鹿のように震えている足で歩けるわけがない。
いろんな木や動物を見せてやると、
ルーチェは幼子のように目を輝かせていた。
そんな風に問題なくベルコヴァへ戻る途中、
夜中になぜかルーチェに起こされた。
隣のテントで寝ているはずのルーチェがなぜここにいる?
最初は何が起きたのかわからなかったが、
襲撃があると訴えられて目が覚めた。
城を出たことで無防備になった俺を狙ってきたらしい。
久しぶりだなと思いながら襲撃犯を始末する。
ルーチェが教えてくれなかったら手こずっていたかもしれない。
聞けば、夢で精霊が教えてくれたという。
理由はわかったけれど、
俺が襲われると知っていながらテントの中まで来るとは……。
助けるためとはいえ、危険だとは思わなかったのだろうか。
次の日、襲撃犯について何か気づいたことはないかと聞けば、
ベルコヴァの話し方をしていたという。
やはりいつもの襲撃犯か……。
もう十年以上も襲撃は続いている。
だが、どの勢力が俺を殺そうとしているのか、心当たりがありすぎてわからない。
ラウレンツを王太子にしたいという理由だけなら王妃の家で確定だが、
俺を王太子にしたくない勢力というのはたくさんありすぎる。
俺の宮の使用人を全員追い出してから襲われる機会は減ったが、
旅の間はまた狙われることも覚悟しておかなくてはいけない。
できればルーチェを巻き込みたくはないと思っていたが、
二度目の襲撃でも精霊はルーチェに危機を伝えた。
ここまで巻き込んでしまったら、事情を説明したほうがいい。
そう思ってルーチェにベルコヴァの政治的な説明をした。
少し難しいかと思ったが、ルーチェはきちんと理解してくれた。
見た目は幼女のように見えるが、中身はしっかりしている。
三度目の襲撃、もう起こされても驚くことはなかった。
だが、敵の狙いは俺ではなくルーチェだった。
しまったと思った。
今まで誰も近づけなかったのに、近づきすぎてしまっていた。
ここまで俺に近づけてしまったのなら、距離を置いても無駄だ。
人質にされてしまったら……俺はもう何もできない。
近づけたのは、俺の気持ちの問題だった。
ルーチェを大事に思い始めている。
もちろん、女性としてではない。
六歳下だからといって、妹や子どもに向けるような親愛でもない。
強いて言うのなら、人間としてそばにいてほしいと思っている。
普通に暮らしている者のように、何も考えずにルーチェと話すのが楽しい。
ここで距離を置いたことで人質にされてしまうくらいなら、
ずっと俺のそばにいてほしいと思うくらいには大事だった。
そう思ってルーチェに婚約しないかと持ち掛けた。
契約婚約のようなものだろうか。
アントシュの国王と王太子が見つかれば白紙になる可能性が高い。
それまででいいから、もう少しだけそばにいてくれたらいいと思った。
それからもう三年半が過ぎた。
アントシュの国王と王太子はまだ見つかっていない。
ここまで見つからないのなら、もう見つからないのかもしれない。
あと二年半、何もなければルーチェにこのまま結婚することになる。
十六歳になった今のルーチェのそばにいると、
ふいに抱きしめてしまいそうになる。
人形のように見えた容姿は、あいかわらず綺麗だと思うけれど、
それよりも朝起きてあくびをするところや、眠そうな時に眉を寄せてる顔のほうが好きだ。
女性として見ているなんて伝えたら傷つけてしまいそうで、まだ何も言えないけれど。
それ以前に、俺がしたことを知ったらルーチェは俺を軽蔑するかもしれない。
母上たちを閉じ込めていることを知られたくない。
いつかは、結婚する前には伝えなくてはいけないと思っているけれど。
もう少し後でにしよう。
そんな風にずっと後回しにしてきたけれど、ついに聞かれてしまった。
「……えっと、学園で噂を聞いたんです。
アルフレッド様が冷酷王子って呼ばれているって」
「ああ……それを聞いたのか」
この時が来てしまった……。
ため息をつきながら、俺はルーチェを塔へ案内した。
できれば嫌わないでほしいと願いながら。
「アルフレッド様が好きです。
だから、私を逃がさないでください」
「……ああ。ありがとう」
振り向いたら、ルーチェが涙目で笑っていた。
いいのだろうか、手を伸ばしても。
俺のそばにいてほしい、いなくならないでほしい。
そんな願いを伝えても許されるのだろうか。
抱きしめてもルーチェは逃げなかった。
そのままきつく抱きしめたら、ルーチェの手が背中に回される。
「何度でも言います。アルフレッド様が好きです」
「……俺も……俺もルーチェが好きだ」
「っ!……はい!」
好きだと伝えられたら、気持ちがぐっと楽になった。
今までのすべてが、ルーチェによって許された気がした。




