35.囚われていた姫(アルフレッド)
「すぐに騎士団に行って、遠征する者を選びます。
騎士団長に任命してください」
「わかった」
兄上が作った簡易の任命書を持って騎士団に行くと、
かなり驚かれたが、意外にも遠征に行きたがるものが多かった。
大軍で行けば目立ってしまいかねないと、人数を絞ろうとしたがうまくいかない。
なぜか王妃の家が出しゃばってきているようだった。
近年、戦争がないために功労を上げることも難しい。
これを好機だとでも思ったのだろうか。
それを知った貴族たちまで貴族出身の騎士をねじこんでこようとするから、
使い物にならない騎士まで連れて行かなくてはならなくなった。
それでも行きは順調だった。
王都に着くまで野営をし、アントシュ側に知られないように近づく。
夜になるのを待って王都へ侵入し、王宮を目指す。
部下に制圧させているうちに、王女が閉じ込められているという塔へ一人で行く。
俺が一人で行くのは、王女がどのような姿で捕らえられているかわからないからだ。
騎士を完全に信用できないこともあって、俺が最初に確認しなくてはならない。
場合によっては責任をとらなくてはならないかもしれないが、
その時は運命だったと思ってあきらめることにしよう。
塔の前に立ち、少しだけ足が震えた。
俺が母上たちを閉じ込めた塔に少しだけ似ていた。
王女はどれだけ苦しい思いをしているのだろうか……。
時間がないと自分に言い聞かせて扉を開ける。
螺旋階段をあがって部屋を開けると、そこに少女と中年の女がいた。
いや、少女が人間だと気づくのに少し時間が必要だった。
そこにいたのは人形と間違えそうなほど容姿が整った少女だったからだ。
「……」
人形ではないと気づいたのは、少女がほんの少し笑ったからだ。
「本当にこんな場所に捕らえられているなんて……」
王女が質素だがきちんと服を着ていたことにほっとする。
だが、隣にいる侍女だとみられる女が震えているのが見えた。
ああ、まずは安心させなくてはいけなかった。
「安心していい。敵ではない。ルーチェ姫で間違いないか?」
「あ……私はルーチェ・アントシュです。あなたは?」
「ルーチェ姫を助けに来た。
アルフレッド・ベルコヴァ。ベルコヴァ王国の王弟だ」
「王弟……?どうして王弟殿下がこんなところに……」
「話は移動しながらでかまわないか?とりあえず、ここを出よう」
こんなところからすぐにでも出さなくてはと思ったが、
二人は動こうとしない。
考えてみれば、この時間なら着ているのは夜着か。
さすがに外にはでられないだろう。
着替えてもらって、ようやく塔の外にでる。
今まで閉じ込められていた文句が出るだろうと思ったのに、
ルーチェ姫は一言も言わなかった。
王弟とその家族の処罰を決める時ですら、冷静な態度のままだった。
そういう性格なのかと思ったが、指先が震えていた。
怒りをこらえているんだ……。
処罰が決まり、アントシュを制圧し、ベルコヴァへ戻る。
この王宮で寝泊まりしたら、残党に命を狙われかねない。
「……それで、ルーチェ姫のこれからなのだが。
アントシュ王国が元に戻るまでベルコヴァに来てほしい」
「ベルコヴァに私が?」
「ああ。国王が戻るまで、この国に一人にしておくわけにはいかない。
俺に保護されてくれないか?」
「わかりました」
この時も、何も文句は出なかった。
シンディや他の令嬢たちのわがままに困り果てていた俺は、
それでもルーチェ姫を信じていなかった。
今はショックでおとなしくしているだけかもしれない。
ベルコヴァまでは二週間もかかる。
きっと馬車の旅など慣れていない……すぐに文句が出るだろう、と。
出発する時、安全に守るために一緒の馬車に乗ることを了承してもらった。
だが、俺は乳母と三人で同じ馬車に乗るものだと思っていた。
なのに、なぜかアズのせいで俺と二人で乗ることになった。
アズはいったい何を考えているんだ。
俺のような気の利かない男と二人きりで馬車に乗るなんて、
ルーチェ姫にとっては苦痛でしかないだろうに。
小さなルーチェ姫は馬車に乗るだけでも苦戦していた。
手を貸していいのかわからず、一人で乗るのを見守る。
王族用の馬車だから揺れは少ないが、
これが他の馬車だったら揺れる度に転がっていたかもしれない。
あまりにも窓から見える景色に目を輝かせているものだから聞いてみれば、
ルーチェ姫は外に出るのが初めてだった。
精霊姫の噂は聞いたことがあった。
だが、それはおとぎ話なのだと思っていた。
本当に隠されるようにして守られていたのだと思うと、
無事にベルコヴァまで連れて行けるのか不安になる。
本人に何かしようとすれば精霊が攻撃すると聞いて、
少しだけ安心はしたけれど、もうすでにルーチェ姫の足が震えているのが見えた。
出発してから三時間が過ぎている。
生まれて初めて馬車に乗ったのなら、尻が痛くなっているはずだ。
……乳母がいればなんとか言えたかもしれないが、俺には言いにくいだろう。
窓の外を馬で走る騎士に、休憩地を探すように指示を出す。
少ししてようやく休憩になったけれど、
ルーチェは身体が痛いのか、立ち上がるのもつらそうだった。
さすがに見ていられなくなり、手を貸して馬車から下りる。
シンディならここぞとばかりに抱き着いてくるだろうが、
ルーチェは申し訳なさそうに手につかまるだけ。
地面に降ろした後、ふらふらしているのに手を離すから、
倒れるんじゃないかと思って気が気じゃない。
できれば歩かないで欲しかったが、
そういえば初めて見る森なのだと気がついて止められなくなった。
川のそばに連れて行ってやろうと案内したら、
走り出そうとして転びかけていた。
……もうルーチェを一人で歩かせるのが心配過ぎて、
抱き上げて連れて歩くことにする。
本当は令嬢にそんなことをしてはいけないとわかっているが、
どうにもルーチェは令嬢に見えない。
無垢なせいなのか、年齢よりもずっと幼く感じる。
シンディも六歳まではこうやって抱き上げて遊んでやったのを思い出す。
いや、シンディの六歳の時の方が今のルーチェよりも大人びていた気がする。
少なくとも、シンディは俺のことを男性だと意識していた。
それに気がついてからは気持ち悪くてシンディにさわれなくなった。
不思議なことにルーチェには嫌悪感がない。
俺に媚びてきたり、よけいなことを言わないからだろうか。
馬車の中で俺が黙っていれば同じようにルーチェも黙っていられるところは、
年齢よりも大人びているようにも思える。
ルーチェは今まで会ったことがあるどの女性とも違っていた。




