10.ベルコヴァの事情
二度の襲撃のせいで、はからずもアルフレッド様との距離が縮み、
馬車の中でベルコヴァの話を聞くようになった。
ベルコヴァ国王のエッカルト様は王子時代にアントシュ国へ留学していたが、
その理由は第二王子アルフレッド様が生まれたことがきっかけだった。
先代のベルコヴァ国王は敵国だったルーデンガ国と同盟を結ぶため、
十六歳の時にルーデンガ国の第一王女と婚約を結んだ。
第一王女アデライト様は当時まだ一歳。
十五歳も年の差がある婚約だった。
先代のベルコヴァ国王が一人息子だったこともあり、
ルーデンガの許可を得て、先に自国の令嬢だった側妃アネット様を娶った。
アネット様が産んだのが第一王子のエッカルト様。
その十年後に王妃アデライト様が先代国王へ嫁ぎ、
第二王子アルフレッド様が産まれたのは二年後。
王位継承順位では王妃から生まれたアルフレッド様の方が上。
だが、エッカルト様とアルフレッド様の年齢差は十二歳。
先代国王が体調を崩しがちだったこともあって、
エッカルト様に継がせた方がいいと言う貴族も多かった。
その声を許せなかったのは王妃アデライト様。
自分の産んだアルフレッド様が当然国王になると思っていたし、
母国ルーデンガ国からの期待もあったらしい。
王妃様側につく貴族からエッカルト様は命を狙われ、
十四歳になったある日、毒を盛られて倒れてしまった。
このままではエッカルト様の命が危ないと、
先代国王が友人だった私のお祖父様に保護を頼んで、
エッカルト様はアントシュ国の学園に通うことになった。
エッカルト様がアントシュ国に留学している間に先代国王は死去。
当時、アルフレッド様がまだ六歳だったこともあり、
議会はエッカルト様を国王として認めた。
エッカルト様は国王になることが決まって、
アントシュ国からベルコヴァへ帰国することになった。
四年間の留学生活のおかげで生き残れたと感謝しているそうで、
今回の派遣もその恩返しだという。
「アルフレッド様は王にならなくてよかったのですか?」
「俺は王になりたいわけじゃなかったんだ。
兄上が国王になってくれてほっとした。
だが、兄上は王の座を俺から奪ったと思っているようで、
俺を王太子にしようとしているんだ」
「エッカルト様に子はいるのでしょうか?」
「いるよ……第一王女と第一王子がいる。
第一王子のラウレンツは七歳。
そっちに継がせればいいと思っているんだが」
「エッカルト様は納得していないのですね?」
「ああ。俺は断ったんだが、ゆっくり考えてくれと言われた。
そのせいで、ラウレンツを王にしたい勢力から俺が狙われている」
アントシュ国には側妃がいなかった。
だから異母兄弟という関係がどういうものなのか想像できない。
仲は悪くないのだろうけど、遠慮がありそうな気がする。
王になりたくないとアルフレッド様が言っても、
エッカルト様は信じてくれないようだ。
「城についたら、もう一度言ってみるよ。
王になるつもりはないから、ラウレンツを王太子にしてくれと」
「わかってくれるといいですね」
「ああ」
このまま何事もなく城までたどり着ければいいと思っていたが、
あと三日で城に着くという日の夜。
旅の疲れかリマが熱を出してしまった。
騎士団に所属している医師の診断では、
ゆっくり休めば治るというものだったが、
感染症の疑いを完全に消すことはできないので、
私と同じテントで寝かせるわけにはいかないと言われてしまった。
リマは離れた場所のテントへ隔離され、
私はテントに一人で休むことになる。
早くリマが治ればいいなと思いながら寝たら、
精霊の夢を見てしまった。
「今なら王女は一人でいるんだな?」
「ああ、そうだ」
「だが、王女が人質になるのか?あの冷酷王子だぞ。
簡単に見捨てるんじゃないのか?」
「それが意外なことに王女を気に入っているらしい。
休憩時に抱き上げて散歩しているのを見た」
「抱き上げて!?
……それなら可能性はあるな。
よし、あの王女を先に捕まえよう」
「おお。あと半刻過ぎたら実行するぞ」
……私を人質にする??
リマがいないことで狙われてしまったのか。
慌てて飛び起きて、アルフレッド様のテントへ急ぐ。
三度目の襲撃で慣れてしまったのか、
アルフレッド様は私の足音で気づいて起きあがる。
「また襲撃か」
「えっと、実は……」
さきほどの夢を説明すると、アルフレッド様の眉間にしわがよる。
「どうしましょうか」
「……ルーチェのテントへ戻ろう。
そこでやつらを捕らえる」
「わ、わかりました」
アルフレッド様に抱き上げられ、私のテントへ戻る。
前と同じように私だけ毛布に隠れるのかと思ったら、
アルフレッド様も一緒に毛布の中にもぐりこんできた。
「一緒に隠れるんですか?」
「この前は一人目が入ってきてすぐに切ってしまったから、
全員を倒すことができなかった。
おそらく今回は油断している。
ルーチェを捕らえるために全員がこのテントに入って来るだろう」
「なるほど……」
城に着く前に全員を倒してしまいたいらしい。
だけど、このテントの中に全員が入って来るのかと思うと少し怖い。
「……怖がらせて悪いな。すぐに倒すから目をつぶっておけ」
「はい……」
ぎゅっと目を閉じていると、少ししてテントの入り口が開けられる音に気づく。
息をひそめて数人が中に入ってくる。
ゆっくりとこちらに近づいて、私が寝ているのを確認しようとしている。
その中の一人が毛布に手をかける。
その手が毛布をめくる前に、アルフレッド様が剣を持って飛び出した。
「うわぁ!!」
「どうしてここにいるんだ!」
「逃げろ!」
怖いのに、目を開けてしまった。
狭いテントの中で逃げようとした男たちが切られていく。
折り重なるようにして倒れ、たくさんの血を流している。
「これで全部か……ルーチェ。外に出よう」
「はい……」
立ち上がろうとしたけれど、足に力が入らない。
それを見たアルフレッド様は私を抱き上げてテントの外にでる。
「おい、誰か。こっちに来てくれ」
アルフレッド様の声に警戒にあたっていた騎士たちが走って来る。
「アルフレッド様!王女様のテントがどうかしましたか!?」
「襲撃だ。俺を狙っていたようだ。
中に数名倒れている。処分してくれ」
「え?え?……アルフレッド様が王女様のテントで?」
「いいから、襲撃者を処分しておけ」
「あ、はい!」
アルフレッド様はそのまま自分のテントへ私も連れて行く。
ああ、私のテントはかなり奥まで血で汚れてしまったから、
あのままでは使うことはできないだろう。
「すまない……」
「え?」
アルフレッド様のテントの中で降ろされたら、
なぜかアルフレッド様が頭を深くさげて謝っている。




