1.精霊付きの王女
いつも退屈で窓の外をながめるけれど、見えるのは壁ばかり。
唯一見えるのは壁の向こう側に高い塔が一つ。
昔、王位争いで兄王子を殺そうとした弟王子を閉じ込めるために作られた塔。
行ったことはないけれど、あのくらい高い塔ならここよりも眺めが良さそう。
王宮の外は、王都はどれだけ広いのか。
いつか、自分の目で外の世界を見てみたい。
ぼんやりとそんなことを思っていたら、
精霊たちが私の髪を引っ張って不満そうな顔をしている。
「なぁに?今日はずいぶんと機嫌が悪いのね」
そういえば、今日は晩餐会の日だった。
精霊たちの機嫌が悪いのはそのせいだろう。
「あらまぁ、今日は一段と騒がしいですねぇ。
ルーチェ様の髪が大変なことになっていますよ」
お茶の用意を運んできた乳母のリマがのんびりした口調で驚いている。
リマには精霊が見えないけれど、私の髪があちこちに引っ張られているから、
精霊が騒いでいるのはわかっているようだ。
「そうなのよ。まぁ、晩餐会で叔父様たちに会うのが嫌なんでしょうけど」
「本当にシブリアン様たちは精霊に嫌われていますねぇ」
「気持ちはわかるけど。私も叔父様たちに会うの苦手だもの」
「本当に……陛下とはまったく似ていませんものね」
「似てなくても間違いなく兄弟だという話だけど。
お兄様も叔父様のことは苦手みたいだし、困ったものだわ」
評判の悪い叔父様のことを思い出しながら、
リマが用意してくれた焼き菓子をつまんでお茶を飲む。
もう少ししたら晩餐会用のドレスに着替えなくてはいけない。
ドレスを着るのは堅苦しくて嫌だけど、
晩餐会は王女としての仕事でもあるから我慢しないと。
それに叔父様たちに会うのは嫌でも、私が他人と会う数少ない機会でもある。
十五歳になって学園に行く前に、
もう少し他人と会って話すことに慣れておきたい。
私はここアントシュ王国の第一王女として生まれたけれど、
金色の髪のお父様やお母様、お兄様とは違って、銀色の髪で生まれた。
銀色の髪は精霊付きと呼ばれ、精霊に愛される存在だと言われている。
精霊の力は利用できれば強い力として喜ばれるけれど、
幼いうちは精霊を制御するのは難しい。
周りの者を不必要に傷つけることがないようにと、
私は王宮の内宮の中でも奥宮と呼ばれる国王家族しか住めない場所に、
十歳になるまで閉じ込められるようにして育った。
いつもそばにいるのは乳母のリマと数名の侍女、
あとはお父様とアルマンお兄様と会えるくらい。
お母様は私を産んだ時に亡くなっていて、お父様は再婚していない。
十二歳になった今は、月に一度の晩餐会の時だけ外宮に行くことを許されている。
外宮に行けるのは楽しみだけど、叔父様たちと顔をあわせるのは気が重い。
「そろそろお着替えしましょうか」
「そうね」
今日のドレスも青色。私の目の色にあわせていつも青色のドレスを用意される。
着替えてから髪を引っ張っていた精霊には離れてもらい、リマに髪を結ってもらう。
現在、この国で銀色の髪なのは私だけ。
昔はもっとたくさんの精霊付きがいたそうだけど、年々精霊付きは生まれにくくなっている。
精霊自体の数が少なくなってきていることもあって、
近頃は精霊なんていないんじゃないのかという声もあるらしい。
「それじゃあ、行って来るわ」
「いってらっしゃいませ」
外宮に行く時は近衛騎士が迎えに来る。
リマは晩餐会には出られないので、部屋で見送ってくれる。
近衛騎士の数はそれほど多くはないと思うのだけど、
なぜか私を迎えに来る騎士は毎回違うものが担当しているようだ。
今日も見慣れない騎士の後ろをついて外宮へと向かう。
内宮と外宮との間の大きな扉を開けさせ、外宮へと出る。
外宮ではたくさんの貴族が働いているため、廊下を歩いているとすれ違うこともある。
貴族たちに注目されているのに気がついているけれど、
気がついていないふりをして会場へと入る。
お父様とお兄様はまだ来ていなかったが、叔父様たちはもう席についていた。
早くも機嫌が悪い精霊たちが私の頬をつついたり、服を引っ張ったりしているが、
他の者たちは精霊が見えないので黙ったまま席へとついた。
お父様と髪色だけは同じ、金髪の叔父様がにこやかに笑いかけてくる。
「やぁ、ルーチェ。調子はどうかね」
「ええ、問題ないわ」
「そうか。今日は良い晩餐会になりそうだ」
いつもは叔父様のほうが機嫌が悪そうなのに、今日はにこやかに笑っている。
その隣にいる叔母様や、従姉妹たちもなぜか楽しそうだ。
席についているのは叔父様と叔母様、そして十五歳のアナベルと十一歳のコレット。
叔父様はもうすでに王族ではなくエレミエル公爵となっているが、
領地経営がうまくないらしく、お金に困っていると噂になっている。
もともと勉強嫌いで女性との噂が絶えず、評判のいい王子ではなかった。
それでもお祖父様は暮らしに困らないようにと、
王領の中でも豊かなエレミエル領を叔父様に与えたのに、
必要以上に税を取りたてたため、領民が減ってしまったそうだ。
一度評判が悪くなれば領民は減るばかり。
そうなれば税も取れなくなるが、叔父様はまた税率をあげたらしい。
当然、領民は逃げ出してしまい、荒れ果てるのも時間の問題だ。
叔父様が領地を国に返上してくれればお父様も手を出せるのだが、
あくまでも臣下の領地である今は何もできない。
周りの領地に逃げ込んだ時に保護してくれるように頼んでいるのみ。
アントシュ王国は周辺の国よりも栄えている国だったが、
エレミエル領のせいで、ここ数年は問題のある国になってしまっている。
叔父様から領地を取り上げるためには、それなりに重い処罰を科せなくてはならない。
実の弟を処罰することにお父様は悩んでいるんだろう。
ふと、テーブルの向こう側に座るアナベルとコレットと目があってしまった。
叔父様ではなく、叔母様に似た薄茶色の髪の姉妹。顔立ちは叔父様にそっくりだ。
二人は予想通り、意地悪そうな顔で口を開いた。
「ルーチェったら、また青いドレスなのね。つまらなくないの?」
「そうよ。いつも似たようなドレス。新しくドレスを作る意味はあるのかしら」
二人が私のドレスに文句を言ってくるのには理由がある。
お金に困っている叔父様にドレスを買ってもらえなくなったため、
毎回新しいドレスで来る私が気に入らないのだ。
だが、今日は新しいドレスを着ているようだ。
おそろいの赤いドレスは高価に見えるが、
領地経営が上手くいったという話は聞かない。
どうしてそんな高価なドレスが仕立てられたのだろう。
不思議に思いながらも、二人に返事をする。
「これはお父様とお兄様からの贈り物なの。
青いドレスを気に入っているからつまらなくはないわ」
「あら、そう。私だったら違う色をお願いするけど」
「そうよ。飽きてしまうもの。
ルーチェのことをどうでもいいと思ってるから同じ色なんじゃないかしら」
これ以上、言い返しても意味はなさそうだけど、会話をしないでいるのも難しい。
早くお父様たちが来てくれないかなと思っていると、廊下がざわつき始めた。
ようやく到着したらしい。
扉が開いてお父様の姿が見えたので、席を立って迎え入れる。




