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8.終幕

草原には、朝靄が漂っていた。

 冷たい空気の中、足元の草を踏みしめるたびに、湿った音が小さく響く。

 夜明けの太陽が地平を赤く染め、霧の中に差し込む。幻想的ですらある光景だったが、その先に立つ“影”を見た瞬間、誰もが息を呑んだ。


 昨日と同じだ。いや、昨日よりもさらに大きく、恐ろしく見えた。


 地鳴りが走る。

 ボスの足が地を叩くたびに、地面が震え、草原が波打つように揺れた。

 その咆哮は風を裂き、空気を震わせ、肌の奥まで響いてくる。


 昨日は一撃交えただけで撤退するしかなかった。

 何人も負傷し、魔法も通らず、歯が立たなかった。

 だが今日は違う。俺たちは戦う準備を整え、動きも、攻撃の間も、仲間の配置も、すべて練ってきた。


「魔法隊、準備はいいか!」

 本郷さんの号令が響く。

 後方に並ぶ魔法隊が一斉にスキルを発動し、空気が震えた。

 炎、氷、雷——様々な色の光が輝く。


「放てっ!」


 轟音が空を裂いた。

 無数の魔法弾が一直線に飛び、巨大な恐竜の胴体を撃ち抜く。

 炎が爆ぜ、氷が鱗を凍らせ、雷光が走る。草原の中央で、煙と光が交錯した。


 一瞬、動きが止まった。

 煙の中で、ボスの影が揺らめく。

 誰もが息を殺した——だが次の瞬間、咆哮が爆発する。

 空を割るような衝撃音が辺りに響いた。


「効いてねぇ……!?」


 煙の中から現れた巨体は、焦げた鱗をわずかに落としながらも、なお健在だった。

 口から漏れる熱気が地面を焦がし、草を焼く。

 いや、確かにダメージは通っている。だが、決定打には程遠い。


「怯んでる! 近接隊、突撃だ!」


 本郷さんの声に合わせ、前衛が一斉に駆け出す。

 俺と隼人も続いた。

 草原を踏みしめ、振動を押し返すように走る。頭上では魔法隊が援護射撃を続けていた。


「右脚を狙え! 動きを止めろ!」

 本郷さんの指示が飛ぶ。


 俺たちは巨体の下に潜り込むようにして、それぞれの位置へ散開した。

 脚の付け根、腹の下、尾の根元——攻撃可能な箇所は限られている。

 俺は創り出した黒い剣を握りしめ、鱗の隙間を狙って斬りつけた。


 硬い感触。火花が散り、ほんのわずかに血が滲む。

 隼人が雷を纏った蹴りを入れ、本郷さんがナイフを閃かせる。

 鋼がぶつかるような音が響き、巨竜の脚を少しずつ削っていった。


「少しは通ってる……!」

 隼人が叫ぶ。確かに、動きが鈍くなってきている。

 鱗の隙間から流れる黒い血が、草を焼き、煙を上げた。


 ——だが、その反撃は早かった。


 竜が咆哮とともに首を振る。

 その巨大な尾が地を裂きながら横薙ぎに走る。


「くそっ、尾が来る!」

 本郷さんの警告。

 俺たちはとっさに飛び退いた——だが、全員が間に合うわけではなかった。


「ぐあっ!」

 前列の一人が直撃を受け、空中を舞い、地面に叩きつけられる。

 もう一人も衝撃波に巻き込まれ、膝をついた。


「回復班っ!」

 本郷さんの叫び。

 後方で待機していた治癒の少女が、すぐに駆け出した。


 彼女の手のひらから淡い光が溢れ、空気が温かくなる。

 傷ついた隊員の横に膝をつき、光を流し込む。

 裂けた皮膚がゆっくりと閉じていく。

 男は苦しげに息を吐いたが、それでも立ち上がった。


「……助かった……ありがとう……」


 少女は小さく頷き、次の負傷者へ向かう。

 汗が額を伝い、息が乱れていたが、止まらない。

 彼女の存在が、戦線を支えていた。


「後衛、もう一度魔法を! 隼人、やつの注意を引きつけろ!」

 本郷さんの指示。

 隼人が短く返事をし、雷翔を発動する。

 凄まじい速度でボスの周囲を駆け回る。

 隼人の撹乱と同時に、俺は右脚へ斬撃を重ねた。


 連携が成功した。

 両脚の動きを封じるような形で攻撃が入り、ボスがバランスを崩す。

 地面を踏み鳴らし、低く唸り声を上げる。草原が揺れ、土煙が立つ。

 だが——怯む暇などない。


「本郷さん! 腹の下、隙ができます!」

「よし、全員一気に叩け!」


 本郷さんのナイフが閃き、ボスの腹部を突き刺す。

 鱗が砕け、魔法隊の攻撃が続く。露出した肉に炎と雷が直撃し、白い蒸気が吹き上がった。


 ボスが苦悶の咆哮を上げ、体をのけぞらせる。

 俺たちは後退を余儀なくされたが、確かな手応えがあった。

 動きが鈍り、血が滲む。無数の傷が確実にダメージとして蓄積されていく。


「効いてる……! このまま押せ!」

 本郷さんの声。隊の士気が上がる。

 俺も呼吸を整え、再び剣を構えた。


 ——その時、のけぞったボスの口から、バチバチと破裂音が響いた。

(まずい、何か来る……!)


「避けろっ!!」


 俺の叫びより早く、ボスの口から炎のブレスが放たれた。

 速度はあまり速くなかったため近接隊はすぐにサイドへ回避したが、炎は相当な広範囲にまで及び、遠距離からサポートしていた弓使いの女性を襲う。


「危ない!!」


 治癒の少女が飛び出した。

 弓使いを庇うように身体を差し出し、次の瞬間、炎が彼女を包んだ。

 爆ぜる音と焦げた匂いが辺りに広がる。


「おいっ!!」


 俺は地を蹴って駆け寄る。

 庇われた弓使いの女性は軽傷で済んだが、少女の背中は——見ていられないほどに焼け爛れていた。


「大丈夫ですか!? 意識はありますか!」

「そんなに大きな声を出さなくても、聞こえています……」


 掠れた声。

 けれどその瞳は、まだ戦場を見据えていた。

 痛みに歪む表情の奥で、必死に平静を保とうとしているのが分かる。


「急いで治療を——!」

「いえ、私に治癒を使ったら……もう他の人に使えなくなります」


 震える声で、しかしきっぱりと告げる。

 自分の体が焼けているのに、それでも前線の仲間を優先しようとするその姿に、胸が締めつけられた。


「そんなこと言ってる場合か!!」

 俺は思わず声を荒げた。

「今、あなたが一番死に近いんだ! 他の人を気にしてる場合じゃない!」


 少女は目を伏せ、唇を噛んだ。

 手がわずかに震えている。

 迷いと決意が、交互に浮かんでは消えていく。


 ——そして、彼女は小さく頷いた。


「……分かりました。でも、少しだけです」


 自らの背に手を当てる。

 淡い光がにじみ、焼けた皮膚がゆっくりと再生していく。

 それでも完全には癒えず、痛みを堪えるように息を詰めた。


「あなたはもう限界です。無理をすれば、命を落とすかもしれない」

「それでも、誰かが倒れたら私が行かないと……それが私の役目ですから」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。

 彼女の意志はあまりに強く、あまりに純粋だった。

 そんな彼女を見ていると、逆に俺の方が弱気になりそうだった。


 俺は黙ってシャツを脱ぎ、彼女の背に投げた。

「せめてこれを着て。風に当たれば痛みが増す」

「……ありがとう、ございます」

 少女はそれだけ言って、再び後方の負傷者たちのもとへ走っていった。

 その背中が、痛々しくもまぶしかった。


 俺は拳を握りしめ、再び前線へ駆け戻る。


「本郷さん! 状況は!」

「悪くはない。だが、攻め手が足りん!」

 本郷さんの額に汗が流れる。

 呼吸が荒い。彼も限界に近いはずだ。


 周囲では仲間たちが必死に持ちこたえていた。

 魔法隊はもうマナが枯渇寸前で、詠唱の声も弱々しい。

 前衛も傷だらけで、息を整える暇もない。

 このままでは、押し切られる。


(何か、きっかけを作らないと……)


 胸の奥で焦りが膨らんでいく。

 そんな中で、ひとつの可能性が閃いた。


(俺の固有スキル……発動できれば、この状況を変えられるかもしれない)

 賭けだ。それでも、やるしかない。


「本郷さん!」

「なんだ、優人!」


 俺は息を切らせながら叫んだ。

「俺は一度下がります! 一か八かですが、スキルを試したい!」


 本郷さんは目を見開いた。

 一瞬だけ、迷いの色がその瞳に浮かぶ。

 だがすぐに、戦場を見渡し、状況を計算して頷いた。


「……いいだろう。だが三分だ」

 短く、鋭く言い切る。

「三分で結果を出せ。それ以上は戦線が持たん」

「了解!」


 本郷さんの声に背中を押されるように、俺は前線を離脱した。

 草原を駆け抜け、少し離れた丘の陰に身を隠す。

 息を整え、意識を集中し、震える手でウィンドウを開く。


ステータス画面が光の粒となって浮かび上がる。


創馬優人ソウマ ユウト


レベル:6

体力:45/ 100

マナ:64 / 100

パワー:12

スピード:9

ディフェンス:10


通常スキル:

武装錬金アルケイン・フォージ

武器の構築、破損・喪失した武器の再構築。


固有スキル:

《エンチャント・コア》

武器に属性を付与する(発動時、精神力を消費)。


(武器に属性付与……できれば火力を大きく上げて、ボスにダメージを与えられそうだ。だがどうすれば発動できるんだ……?)


 俺はこの“扉”の中に来てから、何度もこのスキルを発動させようとした。

 スキル名を叫び、念じ、集中した。

 それでも一度も反応はなかった。


「いったい、どうすれば……」


 途方に暮れたその瞬間、視界の端に閃光が走った。

 前線で、隼人が雷を纏って駆ける姿。

 地面が焦げ、残光が軌跡を描く。


「……もしかしたら!」


 脳裏で何かが繋がった。

 俺は剣を握り直し、全力で走り出す。


「隼人っ!!」


 声が裂けるほどに叫ぶ。

 振り返った隼人の顔は汗と煤にまみれていたが、まだ闘志を失っていなかった。

 俺は構わず、叫ぶ。


「この剣に——電気を!」


 一瞬、隼人が目を見開く。

 次の瞬間、理解したように口角を上げ、雷を纏った拳を天へ突き上げた。


「行くぞ、優人ッ!! 受け取れ!!」


 稲妻が走った。

 空気が裂け、白光が俺のもとへと奔る。

 雷撃が剣にぶつかる瞬間、視界が真っ白に染まった。


「ぐっ……!」


 全身を電流が駆け抜け、歯を食いしばる。

 それでも手を離さなかった。

 黒かった剣が、眩い金色へと変わる。

 刃の中で雷が脈動しているように、ビリビリと音を立てていた。


「……成功した……!」


 息を吐き、剣を構える。

 雷光が俺の体を包み込み、足元の草が焦げた。


「全員! もう一度足を狙って、ボスを倒す隙を作ってくれ!!」


 俺の叫びに応じ、近接隊がスキルを放つ。

 炎と氷が交錯し、爆発的な衝撃がボスの脚に集中する。

 巨体が揺れ、バランスを崩した。


「今だ!!」


 俺は地面を蹴り、跳び上がる。

 全身の力を一点に集中させ、雷光を纏った剣を振り下ろした。


「——これで終わりだッ!!」


 閃光と轟音が同時に爆ぜる。

 腹を貫かれたボスが、絶叫を上げる。

 草原が震え、空が揺らいだ。


 焼け焦げた臭いが漂い、雷がまだ残響のように剣先で弾けていた。

 ボスの目の光が、ゆっくりと消えていく。

 その巨体が崩れ落ち、地面を大きく震わせた。


「……やったのか……?」


 静寂。

 誰かがそう呟いた。

 その言葉と同時に、全員の肩から力が抜けた。


 空はいつの間にか晴れ、朝靄の向こうで太陽が昇っていた。

 それは、まるで勝利を祝福する光のようだった。


 次の瞬間——。

 誰かが拳を突き上げ、叫んだ。


「やったぞおおおお!!!」


 その声を合図に、堰を切ったように歓声が広がる。

 地面に膝をつき、泣き笑いしながら抱き合う者。

 武器を掲げ、空へ向かって叫ぶ者。

 今まで張りつめていた緊張が一気にほどけ、胸の奥から感情が溢れ出した。


 隼人が隣で息を切らしながら笑う。

「マジで……倒したんだな……!」

「ああ……今度こそ、終わった」

 俺も思わず笑い返す。

 頬に当たる風が、少しだけ温かく感じた。


 本郷さんが一歩前に出て、崩れた巨体を見上げた。

 その顔には疲労が滲んでいたが、どこか誇らしげでもあった。

 彼は短く息を吐き、仲間たちに向かって言う。


「よくやった……全員、生きて帰るぞ」

 

 戦いは幕を閉じた。


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