6.作戦会議
森の奥、俺と本郷さんは息を整えていた。
小竜が灰となって消えた直後、空間に新たな光が浮かぶ。
【QUEST:太古の森に現れる“モンスター”を討伐せよ】
進行状況 30/30 BOSS 0/1
【クエストが次の段階へ移行します】
「……やっぱりな」
本郷さんが低く呟く。
同時に、俺の視界に淡いホログラムが浮かび上がった。
森全体を俯瞰するようなマップ。中央には赤い光点――“BOSS”の文字。
その周囲に、人型の小さなアイコンが十数個点滅している。
「……これ、人のアイコンか? ってことは、他の異能者たちが……!」
「もう戦闘に入ってる可能性が高いな。行くぞ創馬、急げ!」
本郷さんの声に頷き、俺たちは森の奥へと駆け出した。
枝を払い、湿った地面を蹴るたび、土が跳ね上がる。
遠くから地鳴りのような振動が伝わってきた。
「……聞こえるか? この音……まるで地面が生きてるみたいだ」
「ええ……巨獣が暴れてるみたいです」
息を切らしながら走る。鬱蒼とした木々の合間を抜け、視界が開けた瞬間――俺たちは息を呑んだ。
そこにいたのは、“恐竜”だった。
黒曜石のような鱗が光を反射し、赤黒い双眸が森を睨みつけている。
開かれた顎の奥には、鋭い牙が何列にも並び、吐き出す息には焦げたような熱が混じっていた。
巨体が一歩動くたび、地面が揺れ、空気が唸る。
「……あれがボスか」
「でけぇ……まるで地獄の怪物だな」
その周囲では、十数人の異能者たちが散開して戦っていた。
槍を構える者、弓を引く者、火球を放つ者――それぞれが必死に攻撃を続けている。
だが、ボスはまるで意に介していない。厚い鱗に弾かれ、攻撃はほとんど通っていなかった。
「くそっ、硬すぎる! どこが弱点なんだよ!」
「援護! 後衛を守れ!」
悲鳴が飛び交い、土煙が舞う。
その中に――見覚えのある二人の姿があった。
「……隼人! 雪菜!」
俺の声に、雷光を纏っていた隼人が振り返る。
その表情には、安堵よりも焦りが滲んでいた。
「優人! 今来たか! やばいぞ、こいつ、俺たちの攻撃が全然効かねぇ!」
「このままじゃ死人が出る!」
「お前ら! 一度ここを離れるぞ! 態勢を立て直せ!」
本郷さんの声が響いた――が、その直後、ボスの咆哮が全てをかき消した。
耳を裂くような轟音。巨体が跳躍し、地面を叩き割る。
衝撃波が走り、数人が吹き飛ばされた。
「くっ……雪菜!」
「わかってる……ッ、《ミラーブレイク》!」
雪菜が両手を掲げ、光が弾ける。
空間に鏡のような光面がいくつも展開され、突進してきたボスと正面からぶつかった。
(《ミラーブレイク》――相手の攻撃を利用して跳ね返すカウンター技……!)
金属が軋むような轟音。
跳ね返された衝撃波が爆風となって、黒い巨体を大きく吹き飛ばした。
「今だ! 一旦、下がれ!!」
本郷さんの声に従い、俺たちは負傷者を支えながら一斉に退いた。
背後で、ボスが低く唸り声を上げ、赤い目をぎらつかせている。
────────────────
草原を離れ、森の中を駆ける。
やがて見つけた洞窟に、俺たちは次々と逃げ込んだ。
十数人の異能者たちが肩で息をしながら集まっている。
血と汗の匂いが混じり、誰もが黙り込んでいた。
「全員、無事か?」
本郷さんの問いに、何人かがうなずく。
戦闘不能者こそいないが、重傷者が数人。
戦える者も疲弊しきっていた。
「……全員が戦闘向きのスキルってわけじゃなさそうだな。精神的にも限界が近い」
周囲を見渡すと、膝を抱えて震える者もいる。
無理もない。誰だって、こんな現実離れした戦いは初めてだ。
俺だって、本郷さんがいなければ立っていられなかったかもしれない。
「それでも、倒さなきゃ出られないんだろ」
隼人が拳を握りしめ、低く言った。
雪菜は静かに息を吐き、俺を見る。
「作戦を立てましょう。今のまま突っ込んでも全滅するだけです」
「まず確認だ」
本郷さんが代表して口を開く。
「今ここにいるのは二十人。負傷者が五人。残りは森の中だ。お前ら、マナ残量はどうだ?」
隼人が額の汗を拭いながら答える。
「俺は残り三割。雷翔をあと二回、ギリ使えるかどうか」
「私は四割弱。《ミラーブレイク》はもう一回が限界……」
「俺と本郷さんは半分ちょい。まだ動けるな」
本郷さんが頷き、ウィンドウを操作する。
「まだボスにたどり着いてないやつらもいる。マップを見る限り、死者は出ていないようだ」
「どうしますか?」
「全員が合流するまで待とう。その間に、みんなのスキルを確認して、戦い方を組み立てる」
全員が頷き、それぞれ順にスキルを明かしていく。
真面目そうな青年が最初に口を開いた。
「僕はこの槍を使います。スキルは《ランスドライブ》という突撃技です」
「俺は火炎魔法だ。スキルは他にもあるが、今はマナ切れで通常攻撃しかできねぇ」
「私はこのハンマーなんだけど……どうやら“鍛冶”系のスキルみたいなの。防具とか武器を作るみたいな……ごめん、戦闘じゃ役に立たないかも」
それぞれが、自分の能力を口にしていく。
戦える者、補助専門の者――立場は違えど、全員が生き残るために必死だった。
そんな中、本郷さんが一人の少女に目を向けた。
年は中学生くらいだろう。だが、あの激戦の後とは思えないほど冷静な目をしていた。
「お前のスキルは?」
少女は短く息を吐き、答える。
「治癒系です。マナは結構使うけど――《セイクリッド・ブレッシング》なら、欠損くらいなら治せます」
一瞬、静寂。
次の瞬間、ざわめきが広がった。
「お嬢ちゃん、そんな強いスキルを持ってたのか!?」
「それなら……俺たちにも勝ち目があるかもしれねぇ!」
口々に声が上がる。だが、少女は冷めた表情で続けた。
「そんなに当てにされても困ります。さっきの戦いで負傷者を治したので、マナはもう残り少ないです。それに――まだ意識を失っている人も治さなきゃいけませんから」
その言葉に、誰も何も言えなくなった。
本郷さんが全体を見回し、声をかける。
「よし、今は一旦休息をとるぞ。仮眠すればマナはある程度回復する。他の連中が来るまで、各自体勢を整えろ」
全員が頷き、洞窟のあちこちで横になったり、壁にもたれかかって目を閉じた。
俺は改めて隼人と雪菜に声をかける。
「二人とも、無事でよかった」
「お前こそな」
「俺は本郷さんがいたおかげで助かったよ。お前たちは?」
「俺と雪菜は一緒に転送された。何体か倒したけど……あのボスは桁が違う。正直、勝てる気がしねぇ」
隼人の手は、わずかに震えていた。
雪菜がそれに気づき、優しく声をかける。
「とりあえず、少し休みましょ。焦っても仕方ないわ」
雪菜は隼人の手を取り、端の方に腰を下ろした。
その様子を見て、ふと、先ほどの治癒の少女が目に入った。
ウィンドウを見つめながら、何かを考え込んでいる。
「あの……」
「はい?」
振り向いた瞳は冷たいほど静かだった。
「君も少し休んだ方がいいんじゃないかな?」
俺の言葉に、少女は眉をひそめた。
「余計なお世話です。それに――なんでタメ口なんですか? 私の方が年上だと思うんですけど」
「……え?」
あまりにトゲのある言葉に、一瞬返事を失う。
「ごめんなさい、迂闊でした。ちなみに、何歳なんですか?」
「女の子に年齢を聞くなんて失礼ですよ。……私のことは放っておいてください」
そう言うと、少女はすっと立ち上がり、洞窟の入り口の方へ歩いていった。
「……ふられちまったな」
本郷さんが笑いながら俺の背中を叩く。
「そんなんじゃないですよ……」
こんな極限状況で冗談を言える本郷さんに、少しだけ救われた気がした。
不安も恐怖も消えはしないけれど、笑えるだけで心が軽くなる。
俺も、壁にもたれかかり、目を閉じる。
まだ他の参加者が合流するまで時間はある。
それまでに少しでもマナを回復させなければ……
そう思いながら、俺の意識は静かに、暗闇の中へと沈んでいった。




