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5.純黒の恐怖

小竜の咆哮が森を裂いた。

音というより衝撃波。空気が震え、足元の土が波打つ。


「速いな……!」


俺は思わず身をかがめ、牙を避けた。頭上を掠めた風圧で髪が逆立つ。

本郷さんは一歩も退かず、静かに息を吐く。

次の瞬間、彼の姿がぶれた。


――風が千切れるような音。

目で追えない速度。さっきまで俺の隣にいたはずの本郷さんは、小竜の背後に回り込んでいた。


銀の閃光。

ナイフが小竜の腱を断ち切り、黒い血が飛沫のように散る。

だが、小竜は痛みにも怯まず体当たりを仕掛けてきた。


「創馬、下がれッ!」


本郷さんの声に従い、俺は距離を取る。小竜は森へ突っ込み、木々を容易くへし折った。


「とんでもない威力だ……」

右手の黒刃を握り直す。呼吸を整え、脈動と同調する。

刃が脈を打ち、体内を巡る“何か”が熱を帯びた。


「――ッ」

一歩踏み込む。

空気が軋み、世界の輪郭がわずかに歪む。

黒刃が弧を描き、小竜の首元を切り裂いた。


吼える声が響く。

同時に、本郷さんの姿が再び消えた。


――加速。

動きが、世界の“流れ”から外れている。

彼だけが時間の濃度を変えているかのようだった。


次の瞬間、小竜の胴体に十数本の切り傷が刻まれる。

どれも一撃では致命傷にならない。だが、着実に動きを削いでいく。


「創馬! 動きが鈍った、今だ!」

「はい!」


地を蹴る。

黒刃が闇を裂き、小竜の喉へ突き立つ。


轟音とともに、小竜の体は地面に崩れ落ち、森の奥へと灰のように吸い込まれた。

湿った土の匂いと、荒い呼吸だけが静寂の中に残る。


本郷さんはナイフを払って血を落とすと、短く息をついた。


「……悪くねぇな。初戦にしちゃ上出来だ」


「ありがとうございます。でも……あの速度、あれが本郷さんのスキルですか? 強いですね」

「はは、まぁな。でもあれでも全開じゃねぇ。長く使えば体が持たねぇんだ」


額にうっすら汗を滲ませる本郷さん。加速の反動が尋常ではないことを物語っていた。

光が弾け、黒い靄が爆ぜ、空気が一瞬だけ静止する。


「ちなみにお前のそのスキルはなんなんだ?」

「剣を生成できます。精神力が続く限り、何度でも作れます」

「お前のスキルも十分強いじゃねーか!」


そんな話をしていると、空間に淡い光が浮かび、ウィンドウが静かに文字を刻む。


【討伐数:1/30】

【ドロップアイテム:竜の鱗×3、鋭牙×1】


「ドロップアイテム? いよいよゲームっぽくなってきたな」

「そうですね……」


手をかざすと、

※アイテムは自動的にアイテムボックスへ送られました

と表示された。


「アイテムボックス?」

「このウィンドウにあるこのアイコンのことだと思います。今手に入れたアイテムがここに入ってるみたいです」

「なるほどな。でも、この素材って何に使うんだ?」

「それはまだわからないですね。でも集めておいた方がいい気がします」


本郷さんと話していると、突如指輪が脈動し、体に熱が回る。

そして、数字の変化とともに光が全身を包んだ。

(この感覚は…)


――レベルアップ。


意識の奥まで響く高揚が全身を駆け抜ける。


創馬優人:Lv3 → Lv4

本郷柊:Lv1 → Lv2


「……え?」

思わず声が漏れる。俺と本郷さんにレベル差があったからだ。


同じ相手に同じくらいのダメージを与えたはずなのに。そもそも、もとのレベルから違う。


「ああ?なあ創馬、お前はなんでそんなにレベルが高いんだ? ここ以外で戦ったことでもあるのか?」


本郷さんも当然の疑問を抱いたようだ。

だが本郷さんの言葉で思い出す。


「多分、最初の試練のときに戦ったときにレベルアップしたんだと思います」

「試練?」

「え? 本郷さんはなかったんですか? 神器を手に入れたときに」

「ああ、俺はそんなのなかったぞ。俺の場合はブーツを手に入れたときに」

「そうなんですか……というか本郷さんの神器はブーツだったんですか」

「ああ、家の裏の山で朝のトレーニング中に見つけた」

「へぇ……」


(どういうことだ? あの場にいた俺と隼人、雪菜だけが特別だったのか……)


「すみません、本郷さん、今話した内容は秘密にしておいてほしいんです」

「ん? おお、もちろんだ。こんな状況だ、何が起こるかわからない。用心するに越したことはない」

俺はひとまず安堵する

本郷さんは強い。それは戦闘だけでなく精神面でもだ。

隼人と雪菜がいない状況で俺一人だったら、もっとパニックになっていただろう。

(…感謝しないとな)


「それとは別に気になったことがあります」

「なんだ?」


アイテムボックスを確認した際に、外にいたときにはなかったマークが追加されていた。開いてみるとそれはこの空間のマップだった。


「こりゃ扉の中のマップか?」

「はい、それに…」


マップ上には人の形をしたアイコンが動いている。


「どうやらこれは僕たち参加者の位置も表示されているみたいです」

「それはいいな!これを便りに他の参加者と合流しよう」

「そうですね」

「よし!そうと決まれば………創馬、すぐに向かいたいとこだが、どうやら簡単にはいかせてくれないらしい。構えろ」


その言葉で現実に引き戻される。目の前には先ほど戦っていた小竜が2匹同時に現れた。あまりぐずぐずはしていられない。本郷さんはLv2ながら、加速という異能と自衛官として鍛えられた体で戦闘力を補っている。彼と2人なら2匹いようが倒せないことはない。


「本郷さん!」

「ああ、行くぞ」


二人の足が同時に地を蹴る。森の闇が裂け、次の戦いが始まった。


────────────────


「雪菜!!!」

「っく……!」


 雪菜に襲いかかっているのは、蜂と蟷螂を足して二で割ったような――いや、そんな生易しい言葉では片付けられないほどおぞましい巨大昆虫だった。

 節くれだった脚、金属のように光る羽、そして人間の胴を軽く貫けそうな鋭い鎌。


「離れろッ!」


 俺は叫び、スキルを発動させる。

 雷翔ライジング・ヴェイン――。


 瞬間、全身に電流が走り抜けた。

 世界がスローモーションのように見える。

 強烈な閃光とともに踏み出した一歩、その勢いのまま放った蹴りが、いとも容易く虫の胸部を貫いた。

爆ぜるような音。

 焦げた肉の匂いが鼻をつく。


「雪菜! 無事か!?」

「ええ……なんとか。ありがとう、高坂くん」

「よかったぁ……ほんとに心臓止まるかと思った」


 安堵の息をついたのも束の間、雪菜が顔に疲労の色を浮かべる。


「今ので三体目……。このままじゃ、マナが切れちゃうわ」

「やっぱり、早く合流しねぇとな」


 俺はドロップしたアイテムに手をかざし、ウィンドウを確認する。

 この森に入ってから、レベルは3から5へと上がっていた。

 ステータスも上がり、スキルの使用回数も増えてはいる――が、それでも限界は近い。


(このペースじゃ埒があかねぇ。ベストは、あいつと合流することだ。あいつなら状況を冷静に判断できる)


 ただ、この混乱の中でピンポイントで優人に出会える保証はない。


「とりあえず、他の異能者を探そう。なるべくモンスターに見つからないように動こう」

「そうね……」


 俺と雪菜は、蔦を掻き分けながら進む。

 ぬかるんだ足元、湿気を含んだ空気。息を吸うたびに喉が重くなる。

 連戦の疲労も重なり、二人とも体力は限界に近かった。


【QUEST】


任務:太古の森に現れる“モンスター”を討伐せよ

進行状況 27/30  BOSS 0/1


「……他のやつらも、頑張ってるみてぇだな」

「でも、この“ボス”っていうのは一体なんなのかしら」

「わからねぇ。俺は考えるのが得意じゃねーから。……こんなとき、優人がいればな」

「そうね……創馬くん、無事なのかしら……」


 雪菜の声が震えていた。

 無理もない。戦闘と緊張の連続、心が削れていくのを感じる。

 その疲れきった横顔を見て、俺の胸に小さな痛みが走った。


(……こんなときに、何考えてんだ俺は)


 今は集中しなきゃならない。

 優人がいない分、俺が雪菜を守るしかない。


 そう心の中で自分を叱りつけながら、進んでいく。

 やがて、木々の密度が薄れ、視界が開けた。


「やっと見晴らしのいいところに出たわね」

「ああ。けど、油断は禁物だ。慎重に行こう」


 俺たちは警戒しながら、ゆっくりと開けた地帯を進む。

 と、そのとき――。


【QUEST】


任務:太古の森に現れる“モンスター”を討伐せよ

進行状況 30/30  BOSS 0/1


【クエストが次の段階へ移行します】


 ウィンドウに、淡い光の文字が浮かび上がった。


「……次の段階?」

「ねぇ、高坂くん……あれ、見て……!」


 雪菜の震える指先の先――。

 俺は息を呑んだ。


そこにいたのは、“恐竜”だった。


 全身を純黒の鱗に覆われ、赤黒く光る瞳がこちらを射抜く。

 巨大な顎を開けば、鋭利な歯がずらりと並び、その隙間から滴り落ちる唾液が、地面をジュウゥ……と音を立てて溶かす。


「……あれが、ボスなのか!?」

「私たちだけで勝てる相手じゃないでしょ! 一旦、逃げよう!」


 雪菜の叫びに、即座に踵を返す。

 背後で木々がへし折れる音。振り返るまでもなく、奴が動き出している。

 地鳴りが響くたび、足がもつれそうになる。


「クソッ、速ぇッ!」

「このままじゃ追いつかれる!」


逃げながら、必死に思考を巡らせる。

 戦う? 無理だ。勝てるわけがない。

 あの巨体、あの威圧感――今の俺たちじゃ、触れることすらできない。


(……あんなのに、勝てるのか?)


 胸の奥が冷たくなる。

 息が乱れ、喉が焼ける。

 気づけば、心のどこかで“戦う”という選択肢を、もう捨てていた。


 俺の心は、すでに折れていたのかもしれない。

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