11.攻略ギルド リベリオン
会見場へ向かう車の中は、妙な静けさに包まれていた。
窓の外を流れる景色はいつもと同じはずなのに、どこか違って見える。
街にはテレビカメラを構えた記者たち、スマホを掲げてライブ配信をしている人々の姿。
“ゲート攻略者”――その言葉は、もはや一部の話題ではなく、全人類の注目を集める現実となっていた。
「……やばいな、あの人だかり」
隼人が窓の外を覗き込み、乾いた笑いを漏らした。
「ほんと。まだ何もしてないのに、有名人みたいね」
雪菜が小声で返す。その声音には、緊張を隠しきれない震えがあった。
檸檬は黙ったまま、前を見据えていた。
その横顔には恐怖も迷いもなく、ただ確かな意志の光だけが宿っている。
優人はそんな彼女を見ながら、ゆっくりと息を吐いた。
――最初は、ただ巻き込まれただけだった。
あの日、突然始まった“第一ゲート”の試練。
訳も分からぬまま放り込まれ、モンスターに追われ、死の恐怖に晒された。
それでも、俺たちは戦った。逃げずに、互いを守って。
あの場所で見たもの。
戦闘には向かない異能を持ちながらも、現場の記録を残してくれた人たちがいたからこそ、今この現実を世界が知ることができた。
だからこそ――もう逃げられない。
これは、押しつけられた戦いじゃない。
自分の意思で、選んで立つ戦場なんだ。
車がゆるやかに停まり、運転手が振り返る。
「目的地、到着いたしました。」
優人たちは息を呑んだ。
窓の外には、想像を超える光景が広がっていた。
ビルの前には報道陣が押し寄せ、柵の向こうで無数のフラッシュが明滅している。
警備員が何重にもロープを張り、報道用ドローンが空を縫うように飛び交っていた。
群衆のざわめきが、波のように車体を包む。
その熱気と光の奔流に、まるで嵐の中へ踏み出すような圧を感じた。
「降りるぞ。」
本郷が短く告げ、先に車を降りた。
四人がそれに続いた瞬間、轟音のようなシャッター音が炸裂した。
光が目を刺し、無数の声が飛び交う。
「本郷柊さん! 政府公認の組織というのは本当なんですか!?」
「ゲート内部での戦闘映像、あれはどこから撮影されたんですか!?」
「異能者が団結することに、危険はないのですか!?」
本郷は一瞥をくれただけで、何も答えずに歩を進める。
冷静で、揺るがない背中だった。
スタッフに導かれ、ビルのエントランスへと入ると、外の喧騒が嘘のように静まり返った。
壁一面のモニターには「LIVE:リベリオン設立会見」の文字。
赤い光が天井を照らし、照明スタッフや通信機器が慌ただしく動いている。
控室に案内されると、スタッフが小声で説明した。
「壇上のマイクは三本、質問は各社一回まで。中央カメラがメインです。」
本郷は頷き、腕時計を一瞥する。
「……時間だな。」
優人たちはソファに腰を下ろし、互いに短く呼吸を合わせた。
張り詰めた空気の中、隼人がぼそりと呟く。
「なんか……夢みたいだな。」
雪菜が苦笑する。
「夢なら、ちょっと醒めてほしいかも。」
「だな。胃が痛ぇ。」
それを聞いても、檸檬は何も言わなかった。
ただ小さく両手を握りしめ、瞳を閉じた。
扉がノックされる。
「本郷様、そろそろお願いいたします。」
本郷は立ち上がり、ネクタイを軽く直した。
「行くぞ。お前たちもな。」
扉が開かれた瞬間、まばゆい光と拍手の音が一気に押し寄せた。
記者、テレビスタッフ、そして全国へ配信される無数のカメラの視線が、壇上に立つ本郷を射抜く。
彼は一歩前へ出て、マイクの前に立つ。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。」
低く通る声が、静寂を切り裂いた。
ざわめきが収まり、全員の視線が壇上に集中する。
「まず、皆さんにお伝えします。我々は、本日をもって――《攻略ギルド リベリオン》を設立します。」
フラッシュの光が爆ぜる。
会場の空気が一変した。
「リベリオンの目的は明確です。
“ゲート”を攻略し、この世界を守ること。
そして、異能を持つ者も、持たざる者も、互いに恐れず共に生きられる社会を築くことです。」
淡々とした口調。だがその一言一言には、確かな力が宿っていた。
「この組織は政府の正式な認可を受けて設立されました。
国と協力し、発生したゲートへの対応、そして異能者の保護と管理を行います。」
記者たちの手元で、一斉にペンの音が走った。
テレビカメラの赤いランプが、より一層まぶしく点滅する。
「昨日、世界で初めて“第一ゲート”が攻略されました。
しかし、それで終わりではありません。
システムが提示した警告の通り、期限までにすべてのゲートを制圧できなければ、モンスターが現実に侵出を始める。
我々は――その脅威を防ぐため、次の行動に移ります。」
彼の視線が会場をゆっくりと横切る。
誰も息を呑むようにして、言葉を待っていた。
「次の攻略は、明後日・7月9日。
場所は愛知県・名古屋市南区に発生したゲートです。」
ざわめきが走り、フラッシュの光が連続する。
「我々リベリオンが中心となって挑みます。
ですが――全国に現れた全てのゲートを、我々だけで攻略するのは不可能です。そこで異能者の皆さんが自らギルドを設立し、共に戦うことを歓迎します。
ただし、設立には政府への正式な申請と、異能の検査が必要です。
それは、秩序を守り、混乱を防ぐための最低限の条件です。」
その声は冷静だが、芯の通った響きを持っていた。
数秒の静寂のあと、記者たちの手が一斉に挙がった。
「第一ゲートの戦闘映像についてお聞きします。内部の映像はどのように撮影されたのですか?」
本郷はわずかに頷く。
「戦闘向きではない異能を持つ者たちがいました。
彼らが記録を残してくれたんです。
おかげで、あの地獄のような光景と、そこにあった勇気が世界へ伝わった。」
別の記者が前のめりに手を挙げた。
「その中で特に目立った活躍を見せたのが、そちらの四人――そうですね?」
本郷は彼らの方を見やる。
ライトが優人たち四人を照らした。
「はい。彼らは第一ゲートの中心メンバーです。
創馬優人、高坂隼人、篠原雪菜、癒月檸檬。
50人いた参加者の中でも、特に目まぐるしい活躍を見せました。」
どよめきが広がる。
彼らの名前が、テレビ中継を通して世界中に流れた瞬間だった。
「質問、いいですか!」
女性記者が声を張り上げる。
「彼ら、全員まだ十六歳ですよね? 本当にゲート攻略を続けるつもりなんですか?」
会場がざわつく。
本郷さんは一瞬だけ優人に視線を送った。
優人は頷き、一歩前へ出る。
「……はい。確かに、俺たちはまだ高校生です。
普通に考えれば、勉強して、友達と笑って、そんな毎日を送る年齢なんだと思います。
最初のゲート攻略も、俺たちはただ巻き込まれただけでした。
戦う覚悟なんて、最初はなかった。
でも――あの中で見たんです。
誰かが戦わなきゃ、誰かが死ぬ。
そんな現実を。」
言葉が会場の奥まで静かに届く。
「だから、俺たちは決めました。
怖くても、傷ついても、前に進もうって。
大切な人たちが安心して暮らせるように。
それが、俺たちがここにいる理由です。」
その言葉に、会場の空気が一変した。
記者の誰もが、ただ彼を見つめていた。
軽い好奇心ではなく、真っ直ぐな敬意の目で。
本郷さんがゆっくりと笑みを浮かべ、マイクに口を寄せる。
「……彼らは若い。だが、覚悟は本物だ。
だから俺は、彼らと共に戦う。」
その言葉を合図に、一人の記者がゆっくりと拍手を始めた。
やがてそれは波のように広がり、会場全体を包み込んだ。
無数の光が再び瞬き、歓声ともため息ともつかない音が響く。
――この瞬間、世界は見た。
人類史上初の“ゲート攻略者”が正式に組織を成し、次なる戦いへ歩み出す姿を。
光と音の奔流の中で、優人は静かに息を吸った。
あの日、扉の奥で誓った言葉が胸の奥で再び蘇る。
――これは終わりじゃない。始まりだ。
世界が変わる音が、確かにそこに鳴り響いていた。
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「うわぁ、ガチで緊張した……」
隼人がソファに身を投げ出し、大きく息をついた。
「私たちは何もしてないけどね……」
雪菜は苦笑しながらも、何事もなく会見が終わったことに安堵している様子だった。
「創馬! お前、いいこと言うじゃねぇか! お前の言葉で記者たちの反応もだいぶ変わったぞ!」
本郷さんが笑いながら肩を叩く。
「はは……そんなことないですよ」
優人は少し照れくさそうに笑った。
すると、ずっと黙っていた檸檬がふいに口を開く。
「いえ、そんなことありません。あなたがきちんと私たちの考えを言葉にしてくれたおかげで――これからの私たちの立場も守られました。」
その真っ直ぐな声に、優人の胸が跳ねた。
だが、彼女の言葉で気づかされた。
――あの場で話してよかったんだ、と。
少しでも誰かの役に立てたのなら、それだけで報われる気がした。
本郷さんが腕を組み、表情を引き締める。
「とにかく、設立の会見はうまくいった。今から明後日のゲート攻略に向けて、計画を立てるぞ。すでにサイトで異能者たちの募集は始めてある。今度も“死者ゼロ”でクリアするために――ここからが本番だ。」
「ええ。今からでも話し合いを始めましょう。」
檸檬が静かに頷く。
優人たちは控え室を後にした。
次の戦いは明後日、7月9日




