10.決心
その日は、世界中に衝撃が走った。
各国に突如として現れた“ゲート”。
それが――人類史上、初めて攻略された日でもあった。
内部にはモンスターが潜み、討伐すればゲートが消失すること。
さらに、討伐したモンスターからはこの世の理を超えた“未知のアイテム”が得られること。
その情報は瞬く間に世界を駆け巡り、人々の関心を一気に惹きつけた。
だが同時に、解禁された“ある警告”が、人々の心に深い恐怖を刻むこととなる。
――――――――――――――――――――
《クエスト進行状況:更新》
全プレイヤーデータへの同期を開始します……
同期完了。情報を解禁します。
【警告】
指定期限内に《ゲート》が完全攻略されなかった場合、
封鎖領域内に存在するモンスター群は現実世界への侵出を開始します。
カウントダウンプロトコル:起動中
残存時間:580:44:08
――――――――――――――――――――
ゲート内部の恐ろしさは、すでに攻略者たちの証言から知られていた。
その“モンスターが現実に現れる”という新たな情報は、容易に想像できるほどの混乱と恐怖を世界にもたらした。
そして翌日――またしても、世界が騒然となる。
ゲートを攻略した男性が、対扉防衛機構の設立を宣言したのだ。
目的はただひとつ。
「国を守るため、ゲートを攻略し続けること。」
市民からの声援に、国からの莫大な支援を受け、その組織は瞬く間に大きくなっていった。
その中心となったのが――本郷柊、そして彼に集った四人の仲間たち。
彼らの名前は、一瞬にして世界に轟いた。
――――――――――――――――――――
「いきなり呼び出して、どうしたんですか?」
薄手のシャツにショートパンツという軽装で現れた彼女――癒月檸檬。
彼女を呼び出したのには、理由があった。
「昨日の今日で疲れてるだろうに、来てくれてありがとう。詳しい話は本郷さんがする。とりあえず、近くの店に行こう。」
ゲートのボスを討伐し、現実に戻った翌日。
俺と檸檬は再び顔を合わせた。
それは――昨日の夜の出来事が関係している。
7月6日 午後11時28分
「はぁ、やっと終わったぜ……」
「ようやく家に帰れるのね……」
俺たちは警察による事情聴取を受けていた。
現実に戻ったのは午後三時頃だったが、ひとりずつの聴取のため、最後に呼ばれた俺たちはこの時間まで拘束されていた。
「このあと、どうする?」
「今日は早くお風呂に入って、ベッドで寝たい……」
雪菜がぐったりと呟く。
「すごくわかる……今日はもう何もしたくねぇ」
三人ともすでに限界だった。
だが、そのとき声をかけてきたのが――本郷さんだった。
「お前ら、少しだけ時間もらえるか? ああ、帰りの電車は気にするな。タクシー代は出してやる。」
その一言で、俺たちは今日中に帰れないことを悟った。
最初こそ渋ったものの、彼のただならぬ雰囲気に当てられ、結局近くのカラオケボックスへ入ることにした。
「どうしたんですか? わざわざ呼び出して。」
「ああ、悪いな。どうしてもお前らに相談しておきたいことがある。だがその前に――」
そう言って本郷さんはメニュー表を渡してくる。
「好きなのを食え。お前ら何も食ってないだろ? ここも俺が出してやる。遠慮するな。」
「え、悪いですよ」
「マジで!? やった! 何食べよ~!」
雪菜と隼人の正反対の反応に、彼は満足そうに頷いた。
「ちょっと待っててくれ」と言ってスマホを手に取り、部屋を出ていく。
「本郷さんの話って、なんだと思う?」
「いや、正直さっぱりだな。」
注文した料理をつつきながら、俺たちは彼が戻るのを待った。
五分ほどして、彼は真剣な顔で戻ってくる。
「悪い、待たせたな。」
「いえ、大丈夫です。」
「そうか。じゃあ急で悪いが、聞いてほしい話がある。」
彼は深く息を吸い込み、俺たちを見据えた。
「……俺はこれから、《ゲートの攻略》を目的とした組織を設立しようと思っている。」
「えっ……組織、ですか?」
「ああ。わかりやすく言えば――“ギルド”みたいなもんだ。」
「なんでまた急に?」
「お前らも見ただろう、“あの通知”を。モンスターが現実世界に放たれるってやつだ。」
「……はい。」
俺たちは短く答えた。
だが疲労と現実感のなさで、誰の声にも覇気がなかった。
「これから世界は混乱に包まれる。それは避けられねぇ。
そして――異能者による犯罪、独裁。これも確実に起こる。」
「……独裁? 犯罪? さすがに話が飛躍してねーか?」
隼人が苦笑する。
だが雪菜は、何かを察したように口を開いた。
「……ゲートを攻略できるのは異能者だけ。
つまり、モンスターの侵出を防ぐには異能者の力が必要になる。
そうなれば、異能を持つ者と持たない者の間に差が生まれる。
その差が、やがて“支配”や“排他”を生むのよ。」
「そんな……」
隼人の声が震えた。
だが雪菜の言葉は、誰よりも現実的だった。
「異能者が全員善人とは限らない。
現実でもスキルを使えるなら、悪用する奴が出るのは時間の問題だ。
……実際、ゲート出現以降、不可解な事件が増えてるだろ?」
「その通りだ。だが、俺はそんな世界にはさせねぇ。
今回の戦いで俺たちは知ったはずだ。モンスターの恐ろしさを。スキルの異常さを。
だからこそ――モンスターの侵出も、異能者による犯罪も、俺は食い止めたい。」
その眼差しには、確かな決意が宿っていた。
「でも……そんな話、俺たちにしてどうするんです? 俺たちにできることなんて――」
「あるさ。お前たちは他の異能者より数段上の力を持っている。
あの戦闘を見て確信した。俺と比べても、な。
そんなお前たちが一緒に来てくれれば、より強固な体制を築ける。」
それが、彼の狙いだった。
俺たち三人は“試練を受けた者”――特異な存在。
公にはしないが、突出した力を持つ人間が治安維持のために動くのは理にかなっている。
――だが。
あまりに突然すぎて、実感が湧かなかった。
つい一週間前まで、俺たちはただの高校生だったのだ。
モンスターとの死闘でさえ必死だった俺たちが、“組織設立”なんて話をされても、すぐには受け止めきれない。
それでも、俺は思い出す。
モンスターと相対したときの恐怖を。
尋常ならざる力の暴力を。
そして――あの場で守りたいと思ったものを。
「……俺はやってもいいです。というか、今さら自分には関係ないなんて顔はできません。
学校の友達や両親、それ以外の人たちに、あんな恐ろしい思いはさせたくない。」
俺の言葉に、本郷さんはニヤリと笑い、隼人と雪菜に視線を向ける。
「お前たちはどうする? 無理にとは言わねぇ。
いくら異常事態で学校が休みになってるとはいえ、お前たちは学生だ。
勉強とか恋愛とか、やりたいことはいっぱいあるだろう。
だから――本当に嫌なら断ってくれていい。」
その言葉に嘘はなかった。
彼は俺たちの人生のことも、ちゃんと考えてくれている。
それが伝わったのだろう。
「……俺もやってみるよ。」
「ええ。怖いけれど、私も何かしなきゃって思うの。」
「……創馬、高坂、篠原。ありがとう。」
深く頭を下げる本郷さんを見て、彼の人間性の深さを感じた。
「よし、それなら詳しい話を今から――」
「あ、本郷さん。ちょっといいですか?」
「ん? なんだ?」
「もう一人、話を聞かせたい人がいるんです。なので、明日その人も交えて詳しい話をしませんか?」
「なるほど。わかった。じゃあ、明日の三時に“三津駅前の喫茶・三津”で待ち合わせってのはどうだ?」
「はい、そこなら電車で十分くらいなんで構いません。」
「すまねぇな。三人とも疲れてるだろうに。今日はこれで解散にしよう。また明日だ。」
こうして、激動の一日が終わった。
7月7日 午後3時31分
「なるほど、話は分かりました。」
「それで? お前はどうしたい?」
「私は組織に入ることに、異論はありません。」
「えっ」
「なんで驚くんですか?」
「いや、別に……」
誘った俺が言うのもなんだが、正直断られると思っていた。
彼女は、人から注目されるのが好きなタイプには見えなかったからだ。
だが、そうか――彼女も参加するのか。
俺は胸の奥に、得体の知れない感情が湧き上がるのを感じたが、今はとにかく話を進めなければならない。
「本郷さん、具体的な話を進めましょう。あと二十日と少しでゲートの期限が来てしまいます。動くなら速い方がいい。」
「そうだな。細かいことはすでに俺が決めてある。お前たちに異論がなければそれでいこう。」
そう言って本郷さんは机の上にノートを広げる。
そこに記されていたのは、驚くほど緻密な計画だった。
・組織の目的
・人員の確保
・活動資金
・ゲート攻略の予定
・政府協力のもと、異能者の管理
「すごいですね……これなら」
「昨日から寝ないで作業してたからな。そのぐらいやらなきゃ、こんなことはできない。」
「でも、私たちだけでこれ全部は無理じゃないですか? 政府との協力とかも、そんなすぐにできるとは思えないし……」
「それなら問題ない。すでに話はつけてある。」
「……え?」
「あまり詳しいことは言えねぇが、伝手があってな。もう国の連中とも話してきた。あとはお前ら次第だったんだが、それもクリア。ってなると、すぐに行動に移した方がいいな。」
国の方針を動かせるほどの伝手……?
本郷さんはいったい何者なんだろうか。
俺たちはみな、同じ疑問を抱いたに違いない。
そんな俺たちに、更なる衝撃が走る。
「お前ら、今から記者会見を開く。出演の心構えをしておけ。」
「は? 記者会見!? てか俺らも出るのかよ!」
「当然だろ? お前たちは組織の看板だ。お前らがいて初めて《リベリオン》の箔がつくってもんよ。」
彼は本気だった。
その表情を見れば、誰にでもわかる。
(俺は知らなきゃいけない。あの“夢の男”の言っていた意味を。そのためには――)
俺は意を決して口を開く。
「やりましょう。みんなも、ついてきてくれないか?」
「私は別に構いませんよ。」
檸檬は一切臆した様子を見せずに言い切った。
俺は隼人と雪菜に視線を向ける。
「突然こんなことになったら戸惑うのもわかる。だけど俺たちが現状、一番ゲートについて理解してるんだ。
それなら――みんなのために、俺たちが戦うべきなんじゃないか?」
隼人は少し悩んだように視線を落とし、やがて諦めたように腕を上げた。
「わかったよ! 出ればいいんだろ、出れば! 俺だって、あんな化物が外に出てきて、俺の友達とか家族が襲われるなんて絶対に嫌だ!」
雪菜も静かに続く。
「私も、あの戦いですごく怖い思いをした。その思いを他の人にはさせたくない……!」
それを聞いて、本郷さんはニカッと笑った。
「悪いな。会見場に向かう車を手配してある。今から向かおう。」
そうして俺たちは喫茶店を出て、車へと乗り込んだのだった。




