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女王バチ

 一体、また一体と、静止個体を長剣で両断していく。

 こちらの接近に気づいているはずなのに、敵は避ける素振りすら見せない。まるで、巨大な建造物の一部を、ただ壊しているような奇妙な感覚だった。


「……なんだか、不気味ね」

『せやな。けど、種が生き残るためやったら、自ら犠牲になる個体ちゅうのは、まぁ、おるもんやで』

「それって、自殺とどう違うの?」

『そんな哲学問答、振るなや。……それより、見ぃ』


 ホロが促す先。暗い宇宙を、さらに深い漆黒に染め上げるほどの、ソラバチの超密集体がいた。

 壁。表現するなら、それが一番しっくりくる。


「……どうやって、あれを突破するの」

『まぁ、一点突破しかないわなぁ』

「一点突破って、できそうにないんだけど」

『俺のデータが確かなら、あの壁の中は全部が静止個体や。反撃の心配はない。それに、女王を討てばソラバチは攻撃性を失って、散り散りに逃げていくはずや』

「『はず』って、なにその言い方」

『実際に女王を討てた事例が、過去に一回しかないからな』

「なっ……!? なによそれ! もっと早く言ってよ!」

『言ったらお嬢ちゃん、おじけづくやろ? まぁ、どの道こいつを討たんと、あの船も助からんのやから、覚悟決めぇ』


 ホロはそれだけ言うと、話題を変えた。


『それより、さっきのスローモーションの世界。あれ、まだ使えるか?』

「……たぶん、使える、と思う」

『あの能力、お嬢ちゃんの身体への負荷がデカい。おそらく、持っても30秒が限界や。使うなら、女王を確実に仕留める、最後の瞬間だけやで』

「……わかった」

『ほな、行こか』


 ロゼのスラスター出力が、一段と強くなる。ホロがサポートに入ったのだ。

『姿勢制御は俺がやる! お嬢ちゃんはただ前だけ見て、斬って斬って、斬りまくれ!』


 ロゼが、黒い壁に向かって一直線に飛ぶ。

 もう外縁の静止個体は無視だ。進路上にいる敵だけを両断し、最短最速で中心を目指す。

 壁が目前に迫る。そして——


「「みえた!!」」


 私とホロの声が、完全に重なった。

 壁の、さらに奥。ひときわ巨大な個体。女王だ。

 その瞬間、黒い壁を形成していた、何千という夥しいソラバチの複眼が、一斉にこちらを向いた。


『——罠やとぉ!?』


 ホロの声が、苦悶に歪む。

 静止個体だと思っていた全てが、ただ息を潜め、私たちを待ち構えていた伏兵だったのだ。


『このレベルの知性があるとは、データになかったぞ、このやろう……!』


 ホロが悪態をつきながら、スラスターを全開にする。機体が上下左右に激しく揺れ、襲い来る無数の光弾や衝角を、神業のような機動で回避していく。

 だが、その暴力的な機動の最中、不思議と私の心は、凪いでいた。

 頭の中に、声が聞こえていたのだ。

 私ではない、私の声が。


 ◇


「戦って、沙耶」

 目の前に、私とそっくりな少女——サーシャが、静かに佇んでいた。

「お願い。私の大事な友人を、守って」


 ◇


 ——世界が、再びスローモーションになる。

 ホロの悲鳴のような警告が、遠くに聞こえる。

 私は、彼の制御を上書きするように、操縦桿を握りしめた。

 スラスターの制御を、ホロから奪う。

 そして、翔けた。

 女王へ至る、最短ルートを。

 襲い来る敵の攻撃を、装甲を掠める紙一重で見切り、懐に飛び込んでは長剣で斬り伏せる。

 思考はない。ただ、サーシャの記憶と、ホロを守るという意志だけが、私を動かしていた。


 ——壁を、抜けた。


 そこは、静かだった。女王の周りには、一匹の護衛もいない。

 ただ、空間そのものが、淡いクリーム色に発光していた。


『これが…ソラバチの集合意識の情報かいな。膨大すぎて、空間に可視化されとるんか…!』


 ホロが、息を呑む。

 しかし悠長に事を構えている暇はない。私は中心にいる女王の懐に、一息で飛び込んだ。

 長剣を、振り下ろす。


 ——縦一閃。


 女王の巨体は声もなく両断され、その身体は光の粒子となって崩壊していく。

 それと同時に、世界を覆っていたクリーム色の光が、急速に色を失い、元の静かな宇宙へと溶けていった。

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