ソラバチの巣
ゲートを抜け、沙耶の搭乗するロゼは完全な暗闇——宇宙空間へと躍り出た。眼下には、傷ついた宇宙船の装甲と、船を守るように戦うロゼ部隊の機影が見える。そして、その全てを飲み込まんとするような、夥しい数のソラバチの群れ。
「じょ、女王を倒しに行く!?」
司令室との通信を切ったホロの言葉を、私はオウム返しに聞き返した。声が裏返ってしまったのは仕方がないと思う。
『そらそうやろ。他に誰がやるんちゅうねん』
ホロはこともなげに言うと、ロゼのセンサーを使い、敵集団の分析を始めた。
『ほれ、お嬢ちゃんも手伝って。あの群れの中で、一番ごちゃごちゃしてるとこ、探してや』
「な、なんで私が! ロゼ部隊の人たちに任せて、私たちは安全なところに隠れてればいいじゃない!」
『あー、もう、お嬢ちゃんは分かっとらんなぁ』
ホロは、面倒くさそうに光を点滅させた。
『ええか? あいつらはデータ不足なんや。ソラバチの弱点も、行動パターンも知らん。……はっきり言うて、ジリ貧やで。それに、そもそもなんでこいつらが「ソラバチ」て呼ばれとるか知っとるか?』
「宇宙にいる蜂だから…とか?」
『そのまんまやん。——まぁ正解なんやけど。せやかて「なんで蜂が宇宙におるんか」なんて、考えたことあるか?』
「しらないわよ、そんなこと」
『そや、俺にも分からん。誰にも分からんのや。せやけど、現にこうしておるんやから、それはもうどうしようもない事実やろ。ごちゃごちゃ考えとる暇があったら、目の前の現実と向き合わんかい』
「そんなこと言ったって、しがないOLの私にどうしろっていうのよ」
『OLなんて、そない死語、どこの脳みそから引っ張ってきてんねん。まぁお嬢ちゃんの事情は後で聞いたるから』
ホロの言葉に、私はぐっと押し黙る。
『納得いかん顔しとるな。ま、ええわ。今はとにかく女王を探すんが先や』
モニターには無数の赤いアイコンが表示されている。宇宙は広い。この中から、たった一匹の「女王」を探せなんて、無茶苦茶だ。
◇
数分間、私たちは無言で宇宙を漂った。
ふと、私の口から、独り言が漏れた。
「……女王がいるなら、巣が、あるのかな」
『巣は確認されとらんな。記録にない。そもそも、こないな真空空間で巣作りなんか…』
そこまで説明しかけて、ホロの光の点滅が、不意に止まった。
数秒の沈黙。そして、彼の声が、今までになく興奮した響きを帯びた。
『……そうか、そういうことかいな! お嬢ちゃん、アンタ、天才や!』
「へ?」
『巣の材料がないから、自分らが巣になるんや!』
ホロの声が、早口になる。
『地球の蜂は、木ぃとか泥とか、唾液でこねて巣を作る。せやけど、宇宙にはそんなもんない。やから、仲間自身を壁にして、巣を作っとるんや!』
ホロがコンソールを操作すると、モニターの表示が一変した。無数のソラバチのアイコンの中から、完全に動きを止めている「静止個体」だけが、白く浮かび上がる。
『ビンゴや! 見てみぃ、お嬢ちゃん!』
点と点を繋ぐように線が引かれ、モニターには巨大な蜂の巣…ハニカム構造が描き出されていく。それは、何千、何万というソラバチが身を寄せ合って形作られた、「生きた要塞」だった。
『でかしたで、お嬢ちゃん!』
ホロの心底楽しそうな声が響く。
『このハニカム構造が一番密度を増しとる場所…あそこが、女王の巣房に違いないわ!』
モニターの中心に、一つの座標が示された。
そこは、敵の群れの、最も奥深く。最も危険な場所だった。




