コンタクト
深宇宙探査船フェルンディオ、副艦橋。
艦橋とは別に、ロゼ部隊を運用するためだけに設けられたそこは、戦場だった。
戦闘状況を示す赤色の管制照明が、壁から天井までを埋め尽くす巨大モニター群を不気味に照らし、鳴り響くアラートとオペレーターたちの怒号が絶え間なく飛び交っている。
「最終防衛ライン、突破されました! ソラバチ1、居住区画へ侵入! デルタ2が追跡中です!」
メインオペレーターの一人、ノインが一段低い位置にいるサブオペレーター達からの報告をまとめ、叫ぶ。その声は、プロフェッショナルであろうとする冷静さと、隠しきれない焦燥が混じり合っていた。
中央の司令席で腕を組んでいたガンツが、忌々しげに舌打ちする。
「ちっ……! 他の奴らはどうした! 援護に回せんのか!」
「各機、船外宙域での迎撃で手一杯です! 遊撃に回せる戦力、ありません!」
早口に、しかし的確に報告を続けるノイン。
しかしその言葉をかき消すように、甲高いアラートが副艦橋に響き渡った。中央モニターに大写しにされていたデルタ2の機体アイコンが、赤く点滅し始める。
「デルタ2のバイタルロスト!パイロットの生死不明!」
「デルタ2! 応答してください、デルタ2!」
「侵入したソラバチ、依然健在!」
オペレーター達の悲痛な呼びかけに、答えはなかった。
このままでは居住区にいる十万の民間人に被害が及ぶ。しかしソラバチに対抗できるのは、現状ではロゼしかいない。
その事はここにいる誰もが良く知っている。
静まり返るブリッジに、ガンツの低い声が響く。
「……予備役の候補生どもを叩き起こせ。全員、出撃準備だ」
「し、司令! 彼らはまだ訓練課程です! 実戦など……!」
隣のメインオペレーターが悲鳴のような声を上げるが、ガンツはモニターから目を離さずに一喝した。
「このまま指をくわえて船ごと喰われるか、万に一つの勝ち筋に賭けて戦うかだ! 選択肢はねぇんだよ!」
ガンツが決定を押し切ろうとした、その時だった。
今まで沈黙していたノインが、裏返ったような声を上げた。
「 デルタ2、バイタル反応復活! ——いえ、これは」
「どうした、ノイン!」
ガンツが急かす。ノインは混乱した様子で、信じられないといったように報告を続けた。
「パイロットコードが……デルタ2のコードが、何者かによって書き換えられていきます! 識別コード、アンノウン! 所属不明機、ソラバチと戦闘を開始しました!」
「なんだと?誰が乗って——」
ガンツは怒鳴りかけ、そして気づいた。
違う。問題はそこじゃない。
ロゼの機体コードは、中央機関の最重要機密だ。それを戦闘の最中に、外部から書き換えるだと? そんな権限と技術を持つ人間が、この船にいるというのか。一体、何が……。
「アンノウン機、ソラバチを撃破!」
ノインの驚愕に満ちた報告が、ガンツの思考を断ち切った。
ガンツは数秒間、眉間に深い皺を刻んで沈黙したが、やがて腹の底から声を絞り出した。
「……構わん。そいつに繋げ。オープンチャンネルだ」
「は、はい!」
ノインが慌ててコンソールを操作する。
副艦橋のスピーカーから、ザ、というノイズ音。ブリッジの誰もが、固唾を飲んで次の言葉を待った。
やがてノイズが晴れ、聞こえてきたのは——
『はいはーい、こちら名もなき旅人さんやでー。感度どや?』
場違いなほどに、呑気で飄々とした声だった。




