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私と、あたまと

 ——死ぬ。また、死ぬんだ。


 そう覚悟した瞬間、私の意思とは無関係に、身体が勝手に跳ねた。


「えっ!?」


 足が地面を蹴り、背中を丸め、頭を庇うようにして瓦礫の隙間へと転がり込む。一瞬遅れて、凄まじい轟音と衝撃が全身を襲った。巨大なロボットの腕が、ついさっきまで私がいた場所を粉々に砕き、そのまま覆いかぶさるようにして静止する。


「は……っ、は……っ」


 辛うじてできた空間の中で、私は荒い息を繰り返す。ホロの光が、心配そうに顔の周りを漂っていた。


『あっぶな…。ホンマ、間一髪やったで』

「い、今の…あなたが…?」

『お嬢ちゃんが固まっとったからな。ちぃと身体、借りたで』


 事もなげに言うホロに、私は喘ぎながら問い詰めた。


「さっき、『もっかい死ぬ』って言った。どういう、意味?」

『……。ああ、そうか。お嬢ちゃんは知らんのやったな、そりゃそうか』


 ホロは少し黙り込んだ後、ふいと光を私の背後に向けた。


『後ろ、見てみぃ』


 言われるがままに振り返る。そこは瓦礫と鉄骨が折り重なった、暗い空間だ。

 手探りで進むと、指先に冷たい何かが触れた。人の頬のような、滑らかな感触。髪のような、柔らかな感触。

 その瞬間、ホロの光が不意に強まり、暗闇をはっきりと照らし出した。

 そこにあったのは、紛れもなく——西嶋沙耶の、生首だった。


「ひっ…!」


 声にならない悲鳴が漏れる。私と、うり二つの顔。安らかとは言えない、驚愕に見開かれた瞳が虚空を映している。


(うそ、だ。だって、私。首。切られて。でも、ここに)


 思考がぐちゃぐちゃになる。地面に転がっている首も、今こうして恐怖に震えている自分も、どちらも西嶋沙耶わたしだ。意味がわからない。


『俺も訳が分からんのや』


 ホロが静かに言う。


『俺は相棒のサーシャが吹っ飛び、首と体がさよならするのを確かに見たんや。バイタルも完全に途絶した。……せやけど、次の瞬間には心音が復活して、生命活動が正常値に戻ったんや。何が起きたか見に来てみれば、そこにアンタがおった。なぁ、一体どういうこっちゃ?』

「私だって…!仕事の帰り道だったのに、気づいたらこんな…!」


 その時だった。


『……!』


 ホロの光が、それまでの軽薄さが嘘のように消え失せ、鋭く点滅した。

 そして、私の口が勝手に「んむっ」と閉ざされる。ホロが私の口元の筋肉を強制的に操作したのだ。


『……静かにせぇ』


 声のトーンが、先程までとは比べ物にならないほど低い。

 ホロの視線の先、瓦礫の向こう側から、キィ、キィ、と金属を引っ掻くような不快な音が聞こえてくる。

 あいつ、まだ近くにいる。何かを探すように、ゆっくりとあたりを徘徊している。


『…なるほどな。そういうことかいな』


 ホロは何かを納得したように呟くと、私の耳元で囁いた。


『お嬢ちゃん。どうやらあいつの目的は、アンタや』

「……!?」

『詳しい話は後や。今はあいつをどうにかするのが先みたいやな』


 ホロはそう言うと、倒れ込んだ機体の胸部——先程敵に抉られたコックピットへと、私を導くように移動した。

 ホロがその表面に触れると、半壊したコンソールに赤い警告灯が灯る。


【SELF-DESTRUCT SEQUENCE INITIATED. DETONATION IN T-MINUS 180 SECONDS.】

『おっと、危ない危ない。自爆シークエンスなんか積んどるんかこいつ』


 ホロの光が一際強く輝くと、コンソールの文字列が目まぐるしく書き換わっていく。


【SEQUENCE CANCELED BY OMEGA-LEVEL AUTHORITY.】

【PILOT ID: DELTA-2 DECEASED.】

【REWRITING PILOT ID... SASHA OCTO. VERIFIED.】

「はいはいええ子ええ子。んで、ちょちょいの、ちょいと」


 輝き、点滅し、ときにホロの体と思われる光球から砂の様なきらめきが機体に向かって飛び、吸収されていく。


【SYSTEM REBOOT. EMERGENCY REPAIR PROTOCOL START.】

「ほんでお次は、と。これくらいならワイの残量でもちょちょっと直りそうやな」


 先程よりも多量の光の粒がホロから分離し、ちりちりと音を立てて機体の損傷箇所に集まっていくのが見えた。それは彼が機体を修理しているのだと、何故か分かる。


(なんなの、これ。さっきからホロのやっていることが、どうしてだか分かる)


 先程、黑いあいつに抱いた明確な敵意。

 そして今。ホロがしていることが当然のように理解できる。

 彼が機体を修理している間、私は混乱の渦に飲み込まれていた。しかし、その時間もすぐに終わる。

 プシュー、と音を立てて、コックピットのハッチが開いたのだ。


 ——血まみれで簡素な椅子しかない、四角いスペース(かんおけ)


 ホロが、私を振り返る。

『……生き残りたかったら、これに乗るんや』

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