飛翔陣形
【START】
カウントダウンの終了を告げる無機質な音声。
それと同時に、ロジャーは叫んだ。
「各機、飛翔陣形を組む!」
号令一下、散開していた5機のロゼが、一糸乱れぬ動きで集結する。
ロジャー機を頂点に、残りの4機がその手足にしがみつくように接続を完了させる。それは、宇宙空間を高速で移動するためだけに考案された、一種の合体フォーメーションだった。
『おいおい隊長、相手はたったの1機だぜ? これはちと、やりすぎじゃねぇか?』
軽口を叩いてきたのは、お調子者のジェイ・クボだ。
ロジャーは、ターゲットであるサーシャの初期座標が表示されたモニターを睨みつけながら、静かに答える。
「相手が何者であれ、我々のやることは一つ。全力で叩き潰す。それだけだ」
ジェイは肩をすくめる仕草をすると、こっそりとロジャー機以外の4機にだけ繋がる秘匿回線を開いた。
『なんだって隊長は、あんなにムキになってんだか』
『あれでしょ』
噂好きのシー・ブライアンが、くすくす笑いながら答える。
『ロジャーってば、アンナ理事長の娘さんにぞっこんらしいじゃない。その娘さん、強い人がタイプなんですって』
『おいおい、マジかよ。 相手は女だぜ? 嫉妬か?嫉妬なのか?』
『だからこそ負けられないんでしょ。私たちの前で、無様な姿は見せられないのよ』
『——二人とも、バカなこと言ってないで集中して。スラスターの同一制御、始まるわよ』
しっかり者のミラ・ニュークが会話を断ち切る。ジェイとシーが「へいへい」「はーい」と気の抜けた返事をした、その時だった。
今まで黙っていたアーネス・フェルベルトが、珍しくぽつりと呟いた。
『……でも、あの人、不気味だった』
『アーネス?』
『私たちと同年代のはずなのに……なんだか、全部見透かされているような気がした』
『弱気なこと言わないの。大丈夫よ、私たち5人揃って達成できなかった課題なんでなかったでしょ?』
ミラが優しく諭す。それと同時に、5機の連結が完了し、スラスター制御の同期調整の進捗を示すプログレスバーが表示された。
【同期率:90%】
その文字が表示されたと同時、ロジャーの言葉が響く。
「各機、メインスラスター出力最大! 座標マーカーまで一気に飛ぶぞ!」
コールと共に、5機のスラスターが蒼い光を噴射した。
一つになったロゼは、凄まじい加速で目標ポイントへと飛翔する。
——はずだった。
最後尾にいたアーネス機の右脚部スラスターが、何の前触れもなく、閃光と共に爆散した。
「きゃっ!?」
「アーネス!?」
それは誰の叫び声だったか。はたまた全員か。
全機のモニタに同調異常と敵機攻撃予測を伝えるアラートが示される。
が、飛翔のために一つとなったロゼはそれどころではなかった。
飛翔陣形はロゼの小隊単位での移動を飛躍的に向上させる技術だ。
1機をスラスター制御処理に特化させ、残りの機体がスラスターを噴射する。
各機のスラスターの細かな出力の差異があっても、それを吸収しつつ高速で移動できるとあって、教習課程では重要な項目として挙げられている。
ただし、デメリットも存在する。
例えば機体数が多い場合。1機でスラスター制御処理できる機体数は概ね10台前後が最大である。しかし小隊は通常3機から5機で編成されるため、これはあまり問題にならない。
もう一つのデメリット。それは飛翔中の攻撃を受けた時の動作だ。
スラスター制御は各機のスラスターを同期させた上で行う制御であり、そこには攻撃を受けて、どれかの機体からスラスター出力が大幅に削減された場合、制御不能に陥るのだ。
それが起きた。
5機はロジャーを中心として強固な機体の連結を実施しているために分離することができず、激しく錐揉み回転を始めた。
◇
漆黒の宇宙空間。
Aチームのスタート座標から、遥か1000キロ離れた宙域。
私は静かに第二種電磁砲の砲身を下げた。
『……命中確認っと。いやーお嬢ちゃんやるなぁ。サーシャより、ずっと筋がええで』
ホロが、楽しそうに褒めてくる。
「……その呼び方をすると、私も周りも混乱するって言ったのは、ホロじゃない」
『ええやんええやん。今はワイら二人っきりなんやし』
軽口を交わしながら、私は空になった薬莢をパージし、次弾を装填する。
超望遠が捉えたモニターの向こうでは、陣形を崩されて無様に回転する5機のロゼ。彼らが体勢を立て直すより早く、私は再び、冷たいトリガーに指をかけた。




