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2回目の宇宙

 暗いコックピットの中で、私は静かに目を閉じた。


『いくで、お嬢ちゃん。教習機は初めてやろうけど、まぁワイがおるから安心しぃ』


 ホロの言葉を合図に、無機質な合成音声が響き始める。


【神経接続シークエンス、開始】

【思考パターン分析……最適化完了。神経パルス同調……完了】

【視神経へのリンクを実行……完了。全モニター、起動】

【衝撃吸収機構スタンバイ……完了】

【システム、オールグリーン。ロゼ、起動します】


(…ずいぶん、丁寧なのね)


 前回、デルタ2の機体に乗った時は、もっと直感的で、一瞬だった。


『これやから古い機体はなぁ。こんなもん、コンマ5秒で終わらせんかい』


 ホロが、私の思考を読んだように愚痴をこぼす。どうやら最新のロゼは、こんな面倒な手順は踏まないらしい。

 コックピットを囲む全面モニターがブンッと音をたてて、一斉にハンガーの風景を映し出す。

モニタの向こうでは、待機室兼管制室に入った生徒たちがこちらを見ているのが分かった。


『ハッチ、オープン。ロゼ、発艦準備パージ完了』


 スピーカーから、凛とした少女の声が響く。

 発艦も生徒が担当しているようだ。

 足元のハッチが開く。

 私と一体化したロゼは船外に出るように設定された仮想重力に従い、ゆっくりと宇宙へと降下していく。

 そして——視界が、闇に呑まれた。

 完全な暗闇。

 一切の音のない世界。

 さっきまでの喧騒が嘘のように、そこにはただ、底なしの虚無が広がっていた。

 今回はちゃんとパイロットスーツを着込み、ヘルメットもしている。だからだろうか、自分の呼吸音だけが、やけに大きく聞こえる。

 無数の星々が、大気に邪魔されることなく、瞬きもしない鋭い針のような光を放っている。

 遠くには、インクを滲ませたような星雲が淡く輝き、いくつもの銀河が巨大な光の帯となって、この巨体さえも些細な塵芥であるかのように、ただそこにあった。

 あまりの壮大さと孤独感に息を呑んだ、その時だった。


『こちら管制室。サーシャ・オクト特務講師に、訓練ルールを伝達します』


 先ほど発艦コールをした女子生徒の声だ。

 彼女の落ち着いた声が、私を現実へと引き戻す。

 モニターに、航路図が表示された。


『これより、5万キロメートル先の宙域に設定されたマーカーポイントまで到達し、その後、本艦まで帰投する。以上が、ロジャー・バーンズ率いるAチームの勝利条件です』


 なるほど、一種のレースか。


『サーシャ講師には、Aチームの妨害任務にあたっていただきます。Aチームが帰投する前に、全機を行動不能にできれば、講師の勝利となります』

「了解。それで、相手の数は?」

『Aチームは、ロジャー隊長を含む、計5機で編成されています』


 5対1。

 機体性能も全く同じな教習機において数の差によるハンデに私が言葉を失っていると、通信に別の声が割り込んできた。アンナ理事長だ。


『その程度の戦力差、貴女なら容易に乗り越えられると信じていますよ』


 その声は優雅だが、有無を言わせない圧力を宿していた。が、その言葉を苦々しく思うのか、続く女子生徒の声は若干沈んでいた。


『……Aチームは千キロ離れた位置からスタートします。スタート座標は示しますが、以後の情報提供はありません』

「なるほど、自分で探せってことね」

『私の期待を裏切らないでくださいね、サーシャさん』

(…勝手に期待しないでほしいんだけど)


 口には出さず、私は無言で頷いた。

 モニターには、カウントダウンの表示が浮かび上がる。


【10、 9、 8、】


 私は、ゆっくりと操縦桿を握りしめた。

 静寂の宇宙で、これから始まる戦いの合図を、ただ待った。

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