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闘志

 ゴゴゴ、と重たい音を立てて、鉄扉がゆっくりと横に開いていった。

 目に飛び込んできたのは、体育館よりもさらに巨大な、だだっ広い空間。高い天井には無数の照明が灯っているが、壁の全てを照らし出せてないほどだ。

 「ここは教習機の格納庫も兼ねているのです」とアンナが教えてくれた。

 たしかに50メートルほど向こうで床が終わり、私が見慣れたロゼとは少し形の違う、青と白で塗装された十数機の機体が、上半身だけ見える形で整然と並んでいる。

 その空間の虚無さに、学校の外からみた大きさとはかけ離れていて、正直もう良く分からない。


「ここはフェルンディオの外殻、つまり宇宙空間と接している場所なんです。なのでロゼの足元、壁一枚隔ててすぐに宇宙に出れるようにつくられているのです。流石にロゼを居住区画で動かすわけにもいきませんから」

『はぁ……まぁ考えてみりゃそうやな。へっぽこが操縦するロゼが頭上からおちてきた、なんてあったらいややもんなぁ』


 たしかに、それは怖い。

 ホロの言葉に同意しながら「こちらに」とアンナに案内され、壁に沿うように作られた通路を行く。ロゼを横目にしばらく歩けば遊び場のような、少し開けた場所に出る。

 そして、その中央に——いた。

 同じ年頃の少年少女たちが、十数人。突然の来訪者に驚いたように、一斉にこちらを見ている。


「皆さん、こちらへ」


 アンナ理事長の声に生徒たちは慌てて整列する。その視線が、好奇と、戸惑いと、そしてわずかな敵意となって、私に突き刺さった。


「紹介します。明日から皆さんと共に学ぶことになる、サーシャ・オクトさんです」


 アンナの紹介に、生徒たちの間に小さなざわめきが走る。


「いきなりで連絡もなにもなくてごめんなさいね。——簡単にご紹介すると、彼女は皆さんと同年代ですが、現役のロゼパイロットでもあります」


 ざわめきが、驚愕へと変わる。何人かは、信じられないといったように目を見開いていた。

 アンナは彼らのざわめきが落ち着くまでしばし待ち、再び口を開く。


「サーシャさんには、特殊なご事情があります。そのため、ロゼパイロットとしては現役ですが、この学園の座学は皆さんと共に生徒として学んでいただきます。ですが、ロゼを用いた操縦訓練では、特別講師として、皆さんの指導にもあたっていただくことになります」

「講師……!?」

「俺たちと、同い年だろ……?」


 今度こそ、抑えきれない声があちこちから漏れた。

 誰もがひそひそと話しては、私に奇異な目をむけてくる。正直アンドロイドの身だと耳もいいので、かなり聞こえている。


『いやー、人気者はつらいのぉ』

(誰が人気者よ、誰が)

『そらあんさん以外におらんやろ』


 私の耳元でだけ、ホロが楽しそうに囁く。

 そして彼の『見てみぃ、あ・れ』と顔・首・目を動かされ、視線が最前列にいる比較的落ち着いているグループに向けられた。まったく、こういう時に肉体操作を使うなんて。

 だが、そんな抵抗も引っ込むような鋭く強い視線が、彼らから私に向けられていた。


(……まぁ、そうなるよね)


 いきなり現れた転校生が生徒であり、講師。おまけに同い年。

 この展開は経験があった。沙耶として社会人2年目になってすぐのことだ。

 後輩に当たる子が同じ部署に入ってきた。彼は大卒で短大卒の私より年上だったのだが、仕事の経歴としては私が一応の先輩であった。そのため一緒にプロジェクトに取り組んだり、会社の手続き関係などを教えていたりしていた時のことだ。

 私が少し席を外している時に、彼がポツリとつぶやいた言葉が聞こえてしまったのだ。


 「これくらい、教わんなくてもわかるっつーの」


 彼は優秀だった。一年早く入ってきただけの私なんかよりも仕事もすぐに覚えた。年齢も上で、能力もきっと私より上。

 ただ、一年入ってくるのが早いか遅いかの違いで、教える側と教わる側になっただけ。

 その時は仕事に追い詰められ、彼の言葉を飲み込んで働いていた。

 けれど今こうして、どうしてだかタイプスリップしてしまった私では、ちょっと考え方が違う。

 彼、彼らに悪気はないのだ。

 人とは生来、そういうものなのだ。異物を排除して、自分がいられる安全な場所を確保したがる。

 これはサーシャの体に残っている記憶が、朧げに私にそう訴えかけている。

 アンドロイドやクローンといった存在は、いまだに人類にはどこか受け入れられていない。

 2000年経っても、こういう時の人の感情は、きっと変わらない。

 私は、心の内で苦笑しながら、彼らのまっすぐな敵意を受け止めた。


「サーシャさん、一言ご挨拶を」


 アンナに促され、私は一歩前に出る。


「サーシャ・オクトです。今日から、よろしくお願いします」


 簡潔な挨拶。それ以上、言うべきことはない。


「彼女がクラスに加わるのは明日からです。今日は顔合わせだけですので——」


 アンナがそう言って場を締めようとした、その時だった。


「理事長、質問があります」


 凛とした声と共に、最前列の生徒の一人が、すっと手を挙げた。やはり、先ほどのグループにいた生徒だ。それも、どうやらグループの中心人物のようだ。


「いいでしょう。ロジャー君」


 アンナが頷く。

 指名されたのは、陽に焼けた肌に、鮮やかな青い髪が印象的な好青年。だが、私を見るその目は、氷のように冷たく、厳しい。


「2年Aクラス所属、ロジャー・バーンズです」


 彼はまず名乗ると、私ではなく、アンナに向かって続けた。


「理事長の決定を疑うわけではありません。ですが、我々と同年代の方に、講師が務まるとは到底思えません。仮に、彼女に我々を凌駕する操縦技術があったとしても、です。——名選手が、必ずしも名コーチにあらず、という言葉もあります」


 彼の言葉に、周りの生徒たちも、そうだそうだと頷いている。

 ロジャーは、クラスのリーダー的な存在なのだろう。

 アンナは彼の真っ直ぐな反論を、表情を変えずに受け止めていた。そして、少しだけ考えた後、楽しそうに口元を綻ばせた。


「——では、実際に戦ってみますか?」

「…え?」


 予想外の提案に、今度はロジャーが目を見開く。

 私?私は、なんとなく察していたかな。だってこの理事長だもの。

 それに気づいてか、アンナは私に一度笑みを向けてから、ロジャーに告げた。


「私がサーシャさんを編入させたのは、彼女の技術が、このフェルンディオで誰よりも抜きん出ていると確信しているからです。たとえ彼女が名コーチでなくとも、その技術を間近で見て、学び、盗み取ることは、皆さんにとって非常に有益だと考えます。ですので、まずは戦ってみて、その価値を皆さん自身で判断してみてはいかがでしょう?」


 アンナの提案。それは、ロジャーの意見を尊重しつつ、私の実力を示す絶好の機会でもあった。

 ロジャーは数秒間、私をじっと見つめた後、決意を固めたように、深く頷いた。


「……ありがとうございます。その機会、謹んでお受けします」


 彼の声には、挑戦者としての、明確な闘志が宿っていた。

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