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学園

 養成学校の校舎は、私が知っている「学校」とは少し違っていた。

 校舎というよりかは巨大な工場という印象で、白亜の四角い建物がいくつも並んでいる。

 中に入れば外観と同じく白を基調とした清潔なエントランスはガラス張りで、居住区画の人工太陽から降り注ぐ柔らかな陽光が、平和な昼下がりを演出している。


「ようこそ、サーシャさんにホロさん。ここが、ロゼパイロット養成学校です」


 出迎えてくれたアンナ理事長が、穏やかな声で言う。

 彼女に案内されながら、私たちはゆっくりと廊下を進んだ。

「サーシャさんはまだ15歳でしたね。記憶の植え付けはどこまで?」と聞くのでホロが『生活知識だけや』と返す。

 記憶の植え付けとは、アンドロイドやクローン人間といったヒューマノイドが生まれた時に持つ、標準的な記憶のことだ。ヒューマノイドは通常の人間とは違い、人工的に年齢をある程度まで引き上げられた状態、例えば10歳前後の体型で生まれてくる。その時に記憶が全くないと問題が生じるため、それを解消するのが記憶の植え付けという、いわば初期設定だ。これがあるから彼らは直ぐに人間社会に溶け込むことが出来るし、即戦力人材として活躍できるのだという。


「ではまず、大前提としてお話しなければならないことがあります。——はるかはるか遠い昔から我々人類は、宇宙に進出して以来、数多くの敵対的宇宙生命体と遭遇し、戦ってきました」


 アンナは歩きながら、ガラス張りの廊下から外へと目をむける。校舎からなだらかに下がっていく眼下には、整然としながらもどこか無機質なフェルンディオの街並みが広がっていた。

 けれど目を凝らせば、遠くの一区画が、先日の戦いで無残な瓦礫の山と化しているのが、まだ生々しく見えた。

 まったく、目がいいのも困りものだと思う。あまり見たくないものまではっきり見えて、しかも鮮明にソラバチに襲われた時の記憶が甦ってくるのだから。


「人類が立ち向かうのは、人一人の力では到底太刀打ちできない相手ばかり。その無力感を覆したのが、惑星ゼウスで発見された『ロストテクノロジーオブゼウス』——ロゼでした。ロゼの登場で人類は初めて、一個人で敵対生物と対等に戦う力を得たのです」


 私たちは、一つの教室の前で足を止めた。

 ガラスの向こうでは、今の私の身体と同じくらいの年の子たちが、真剣な顔で宙に浮かぶホログラムの数式をノートに書き写している。

 2000年たった今でもノートなの……?と思ったのだが、よく見ればそれもノート型のタブレット端末のようではある。


「中でも、ソラバチは我々にとって最も厄介な敵です。彼らが人類の脅威として観測され始めたのは、およそ100年前。このフェルンディオも、ここ数十年で幾度となく襲撃を受けてきました。もっとも、これまでは比較的少数の群れだったため、撃退は可能でしたが……」


 アンナの声が、少し翳る。


「ここ数年、彼らの襲撃頻度が明らかに増してきているのです。それに伴い、ロゼ部隊の被害も増え続けています。現在、この船にある200機のロゼのうちおよそ半数がパイロットを失い、稼働できない状態にあります」

「ソラバチが増えている原因は、分かっているんですか?」


 私の問いに、アンナは静かに首を振った。

 アンナは再び歩き始め、しばらく無言が続く。

 再び喋りだしたのは、ガラス張りから無機質な壁となり、薄暗い電灯が光る階段を降り始めた時だ。


「ソラバチがどこからきて、どうして私たちを襲うのか、それを把握する術は今の私たちにはありません。しかし先日の襲撃。あれほどの規模は前代未聞でした。正直に申し上げて、このままではフェルンディオは、そう遠くない未来に、ソラバチによって滅ぼされるでしょう」


 重い沈黙が、踊り場に落ちる。


「……パイロットは、すぐに養成できないものなんですか?アンドロイドやクローンもいますよね」


 私がそう聞くと、今まで黙っていたホロが口を挟んだ。


『ロゼとの神経接続には、特殊な適性が必要なんや。ロゼを動かせる人間の絶対数もこの船じゃ限界があるやろうし、アンドロイドやクローンも一日でポンポン量産できるものやないんやで?あと戦闘のためにヒューマノイドを生み出すのは戦時下でしか許されとらんのや。そないな戦闘人間をぽんぽん生み出して軍事力を蓄えるのは誰がみても危険思想やしな』

「ええ。それに——」


 アンナが、辛そうに言葉を継ぐ。


「ここ数年、パイロットの死亡率が上昇していることもあり、養成学校への志願者も、減ってきているのもパイロット不足に拍車をかけています」


 階段を下りた先は白亜の通路。窓はなく、薄暗い。

 アンナは迷うことなく通路を進み、私はどこか不安な気持ちを抱えながら後ろを歩いていく。わずかばかりホロが明るく光っているのは、足元を照らしてくれるているのだろうか。


「それでも、生徒は入ってきてくれた。この船を守るために、覚悟を決めて。——私は、あの子たちに死んでほしくないのです。だから、あなたを講師としてお招きした。あなたの持つ本物の戦闘技術が、あの子たちを守る盾になると信じて」


 アンナはそう言うと、一つの巨大な鉄扉の前で、足を止めた。


「ここです」


 扉の向こうから、金属音や、若者たちの声が微かに聞こえる。


「この奥に、この学園が所有するロゼの研修用機体と、あなたが、今日から所属することになる、2年生のクラスの皆さんがいます」


 急に、心臓がどきりと跳ねた。

 クラス、同級生。2000年後の未来で私にそんなものが。

 私がおじけづいているのに気づいたのか、ホロが茶化すように言った。


『どないしたん、お嬢ちゃん。今更ビビったんか?』

「び、ビビってなんかないわよ!」

『ほぉー?』


 ホロとの軽口で、少しだけ気分がほぐれる。

 そんなやり取りをみたアンナが、私を見て微笑んだ。


「では、行きましょうか」


 ゴゴゴ、と重たい音を立てて、鉄扉が、ゆっくりと横に開いていった。

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