行きます
ホロは思考を続けていた。
アンナの目的は何か。
ロゼパイロットへの技術供与とは言ってはいるが、十中八九サーシャの存在そのものについて、既に疑いを持っているのだろう。
それについては正直どうでもいい。サーシャの存在自体はAAA権限でも開示不可能な、中央機関指定の特秘事項だからだ。たとえAAA権限もちが調べたとしても、何も出てこない。
(となると問題は、ワイの任務だけやな)
ホロは改めて自身の任務についての命令書と解釈を比較する。
命令書は単純。サーシャをフェルンディオで生活させ、とある変化があれば報告すること。
解釈としては、正直フェルンディオに居れさえすればいいので、基本は自由行動だ。
ただ今までは年齢的な制約があり、必要以上にサーシャが外へと出るのはなかった。怠惰な生活ではないが、はたから見れば引きこもりであったことは間違いない。
で、あればアンナの提案事態を受けるのは問題ない。
いや、それどころかプラスに働く可能性もある。
——サーシャは、もうサーシャではない。
中身は2000年前から来たOLの沙耶だ。
彼女をこのまま市井に放つのも一つの手だが、それよりはある程度の規律と監視がある学校という環境の方が、都合が良いかもしれない。
それに、と思考を続ける。
ソラバチの脅威が一時的に去ったとは言え、再び襲ってこない保証はない。その時に前回のような戦いをしていたら今度こそ負けは必定。それはサーシャの死を意味し、任務の失敗でもある。
(とはいうても、なんか尻拭いさせられているみたいやなぁ)
ま、正直この3年で暇していたのも事実ではある。ならば、沙耶に判断させても良いだろう。
『あんさん、どう思う?別に悪い話とは思わんけど』
◇
不意に、ホロが私に問いかけた。
(また学生に逆戻りなんて……)
心の中で、私は盛大にため息をついた。
確かにこの頭の良さを持ってすれば座学であってもいい成績は収められるのかもしれないとはちょっと思わないでもない。
社会人経験は2年だけで学生だったころの記憶は新しいのだが、とはいえあの勉強漬けの毎日に戻るのは、正直ごめんだった。
——でも。
ふと、私は考える。
サーシャだったら、どうするだろう。
夢の中で会った、あの儚げな少女。
まだ15歳。アンドロイドという、この船では少し珍しい出自。
友達も、いなかったかもしれない。
そんな彼女が、もし生きていたら。
学校に、行きたかったんじゃないだろうか。
——私は、顔を上げた。
「行きます」




