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サーシャとして

 ソラバチの群れを退けてから、数日が過ぎた。

 私はと言えば、ホロの『いっぺん、その身体をちゃんと調べてもろた方がええ』という言葉によってほぼ強制的に、ロゼ部隊が所有する医療セクションであらゆる検査と身体測定を受ける毎日を送っていた。

 ホロ曰く『首が一度ちょん切れているのにピンピンしているほうがおかしいやろ』と言われてしまえば、ぐうの音も出ない。

 そこで知ったのだが、私はどうやらアンドロイドらしい。スマホではなく、いわゆるヒューマノイドという意味でのアンドロイド。

 しかも年齢は15歳というではないか。意図せず若返ってしまったことになるのだが、その後の驚きに若返った事実などかき消されてしまう。

 アンドロイドの身体は、現代日本の科学力を遥かに超えた技術の塊らしい。

 まず一つ目。とてつもなく身体能力が高い。

 なんとなく察していたけけれど、脚力、握力、持久力どれをとっても通常の人類とは一線を画す値を叩き出した。

 もともとアンドロイドの役割として宇宙に進出するさいの極限環境化での人類サポートを目的としてつくられた種族、とでも言えば良いのか、そういう経緯があるためにアンドロイドの人は身体能力が高いようだけれど、私はその中でも飛び抜けて高いそうだ。

 そして二つ目。記憶力もいい。

 一度聞いたことを忘れないのだ。

 この能力が大学受験の時にあったらどれだけ楽できたか……!なんて口にしたら医療スタッフが訳のわからない顔をしていたので誤魔化すのに大変だった。

 そして今日、ようやく解放された私はロゼ部隊の宿舎に仮に割り当てられた部屋で、ベッドに腰掛けていた。


『——魂だけが未来に飛んで、死んだばかりのアンドロイドの身体に乗り移った。そしてお嬢ちゃんは西暦2020年代から来た、か。にわかには信じられん話やな」


 目の前を漂う光の玉——ホロに、私は自分の全てを話した。彼は黙って聞いていたが、私の言葉に、呆れたように光を揺らした。


「嘘じゃないわ」

『誰も嘘だなんて言ってないやろ。俺は目の前でサーシャの首が吹っ飛ぶのを見とるんやで。その直後に、首が新しく生えて、全く別人格のアンタがぴんぴんしとる。この事実だけで、おかしなことが起きたっちゅう証明には十分や』


 それに、とホロは続ける。


『サーシャの身体は、元々が普通やなかったからな。何が起きても、不思議はないわ』

「……たしかに医療スタッフの人たちも驚いていたけれど」


 どうやら彼は、私の途方もない話を、すんなりと受け入れたらしい。


『ま、そういう訳やから。お嬢ちゃん……いや、沙耶。アンタは当面「サーシャ・オクト」として生きた方が何かと都合がええ』


 市民権、居住権、生体登録ID。この船で生きていくための全てが、「サーシャ」には既に用意されている、とホロは説明した。


『まぁ拒否してもお嬢ちゃんが沙耶として生きていくのは難しいわなぁ。名前を変えるくらいは……頑張ったらできるんちゃう?』

「……わかったわ」


 私は、しぶしぶ頷く。


「それで、ここはどこで、今は一体いつなの?」

『なんや、今更かいな。どこかの誰かにでも聞かなかったのかいな』


 聞ける訳ないでしょう、と私は天井を見上げる。

 見たこともないような設備に囲まれ、あらゆる検査を受けていたのだ。

 正直若干トラウマになりそうなものもあったりと、とても彼らとは有効的な関係を保てそうにはない。


『そういわさんなや。あんちゃんたちはそれが仕事なんやから。——ま、そういう訳ならワイが教えたる。ここは深宇宙探査船フェルンディオ。今は、宇宙歴550年や』

「うちゅうれき……?」

『そや。宇宙歴ってのは人類が本格的に外宇宙探査に出たことを記念して、新しく年号を決めたんや。アンタがいた西暦2020年から、ざっと2000年は経っとるな』


 2000年。その途方もない時間の長さに、私は眩暈がした。ホロは構わず説明を続ける。

 ここ、新宇宙探査船フェルンディオは、300年前に太陽系を発ち、宇宙の中心を目指していること。

 船団は組まず、単独で航行していること。船内には10万人の民間人が暮らしていること。そして、サーシャは3年前に、地球圏からの連絡船でこの船に来たのだと。

 ちなみに宇宙の中心とは、比喩的表現でもなんでもない。まさしく宇宙の中心らしい。

 宇宙膨張論——いわゆるビッグバンによって始まった宇宙というのが、私が少ない現代知識で知っていることなのだが、有り体に言えば科学が進んだ今では、ビッグバンの痕跡を残す特異点なるものが観測できる場所があるのだという。

 便宜上、そこを宇宙の中心と呼び、このフェルンディオは長い航海を続けているらしい。

 SF知識がない私にとって、いくら記憶力が良いといってもあまりの情報量に頭がパンクしそうになった、その時だった。

 部屋の通信パネルから、ピ、ピ、と電子音が鳴る。


『はいはーい』


 ホロが応答すると、モニターにノインの顔が映し出された。


『ホロさん、サーシャさん。ガンツ司令がお呼びです。第一会議室までお越しください』


 ノインだ。

 ここ数日、彼女は私の検診に付き添っていてくれたおかげで、知人と呼べる程度までにはなったと思う。

「わかったわ」と私が答えようとした瞬間、ホロが強い光で私の視界を遮った。


『了解や、すぐ行くで。』


 ホロが通信を切ると、私の顔近くまで寄ってきて、囁いた。


『——ええか、沙耶。これからは「サーシャ」や。返事も、名前も、間違えんなや。ワイの前ならまだええ。せやけど、他の誰かに知られてもみろ。人類が単独で時空を飛び越えて移動した、なんて事実は2000年経った今でも観測されていない、イレギュラーなことや』

「誰もそんな話なんか信じないでしょ」

『せや。誰もが与太話やろ思うやろうて。けどな、与太話っちゅうもんは時として真実を言い当てることもある。それを、忘れんといてや』


 ホロはそう言い残し、『ほなら、行こか』と扉に向かうのであった。

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