邂逅
プシュー、と音を立ててハンガー内に空気が満たされていく。
与圧完了と仮想重力の設定を知らせる「A & G」がハンガー天井に表示され、ガンツ達はハンガーへと降りていく。
『いやー人気者はつらいわなぁ。でもちょっと離れたってやー。これじゃあ降りるに降りれんで』
いち早くロゼに周りに駆けつけていたのはロゼの整備員だ。素人目にも酷い補修だとわかるのだから、当然と言えば当然か。
「貴様ら!気持ちはわかるが機体の検分は後にしろ」
ガンツの一声で蜂の子散らすように離れていく彼ら。
『あんがとさん』とスピーカーが響き、続いてロゼのコックピットハッチが開いた。
まず飛び出してきたのは光の玉だ。
光そのものが宙に浮いているというのは別段珍しいものではないが、それが意思をもってこちらに近づいてくるとなれば、話は別だ。
ガンツは驚きつつも「パイロットは良いのか?」と声をかける。
『あ、忘れてもうたわ。おーい嬢ちゃん、こっちやでー」
「ちょ、ちょっと!こんな高いところから降りれっていうの!?」
『何を今更やねん……ぐずぐずせんではようきてや』
「む、むり!私高所恐怖症なんだから!」
『はぁ……ちいと待っててや司令官はん』と光の玉は再びコックピットまで戻り、次の瞬間、コックピットから悲鳴と共に勢いよく人が飛び出してきた。
「ひぎゃあああああああ、うぐっ、あ、ああああしが!」
『別になんともあらへんあろうに』
どよめきが起きる。
仮想重力化のため1Gからはわずかに小さいと言えど、人が十メートルの高さから降りてきて、ことも無しにこちらに向かってくる。
さらに、そのパイロットが少女だと知れば尚更だろう。
もっとも、降りてきた本人は酷い悲鳴をあげていたが。
「——司令、あれ、ナノマシンによる肉体介入では?」
そばに控えていたノインが告げる。
なるほど、となると少女はアンドロイドか。ならばあの身体能力にも一定の納得がいく。ただ、そうとうに改造されてはいるようだ。
『あんまり人の事情に詮索するのは好ましいことじゃないで?』
「ふん、どんな情報にもフリーでアクセスできるAAA権限持ちには言われたくない言葉だな」
『そりゃそうやったな』と笑う。
『ワイはホロ。そんなこっちの嬢ちゃんは——ええと、複雑な事情が多分にあるんやが、サーシャや』
「その複雑な事情とやらは聞かせてもらっても?」
『今は無理や』
「なるほど、では話す意思はあると」
『そう思ってもいてかまへん』
「彼女と、話は?」
『あー……まぁええか』
「ぷはぁ!」と少女が大きく息を吸う。明らかにホロから口をつむがされていたため、彼女はホロを睨みつけるが『変なこと言ったらダメやでー』との脅しに、睨みつけるだけで終わる。
そんな彼女にガンツは歩み寄り——頭を下げた。
「司令!?」
悲鳴にも似たノインの声が響く。
「今回の女王討伐、そしてソラバチ撃退の功、感謝する。フェルンディオのクルーを代表して、礼を言う」
『おいおい司令官はん、ワイには感謝の言葉はないんかい?』
「当然、貴殿にも感謝している。ソラバチの詳細なデータ提供、そして静止個体の情報提供」
『うーん、静止個体はお嬢ちゃんのアイデアやからなぁ。ま、礼はありがたーくもらっておくわ』
ホロはそう言うと、さっさと少女を連れてその場を去ろうとする。だが、その前に冷静な声が立ちはだかった。
「お待ちください」
ノインだった。
『なんや、お礼なら今もろたで?餞別でもあるんか?』
「あなた方の功績には、私も感謝しています。ですがロゼの無断使用、および居住区での戦闘行為は本来であれば軍法会議にかけられる重罪です」
『そ、そらないやろねーちゃん! 人助けした結果やんか!』
「規則は、規則ですので」
狼狽えるホロを、ノインは表情一つ変えずにいなす。
「……もっとも、今回の功績を鑑みれば、お咎めなしとなるのは確実でしょう。ガンツ司令も、そうお考えのはずです」
ガンツは、黙って頷いた。
「ですが正式な裁決が下るまで、あなた方には我々の監視下に入っていただきます。ロゼ部隊の宿舎に、部屋を用意しました」
『……まぁこればっかりはしゃーないなぁ』
しぶしぶ、といった体でホロが承諾する。
「では、こちらへ」と、ノインと数名の護衛と共に、二人が去っていくのをガンツは見届けたのであった。
◇
「こりゃひでえ!装甲だけじゃなく神経管接続機構までめちゃくちゃじゃねーか!」
一際大きな声を上げているのは整備主任だ。
デルタ2の機体は現在、仮想重力を解除した第2ハンガーにて数人の手によって検分されていた。
どの整備士も検分に参加したいと言ってきたが、まずは戦闘から戻ってきた他のロゼの整備が先だと、ガンツが追い出したのだ。
「そこまで酷いのか?」
「もう何もかもがめちゃくちゃだよ!いったいどういう機構してんのか、ぱっとみじゃさっぱりさ!」
「——ふむ」
その言葉に、ガンツは引っかかるものを覚えた。
「全員、手を止めろ。この機体の修理は凍結、このまま保存する。」
「はぁ? ですが、これじゃ…」
「いいから手を止めるんだ」
ガンツの鋭い声に、整備主任は口をつぐむ。
ガンツは、修理跡の滑らかな曲面を指でなぞりながら、脳内で一つの仮説を組み立てていた。
中央機関にしか配備されていない、最新鋭の第12世代ロゼ。
その数枚の機密資料で見た特徴が、この素人目にはガラクタにしか見えない修理跡の、至る所に隠されている。
あのサポートユニット。AAA特権を持つ彼の正体を考えれば、ありえない話ではない。
「…あるいは、とんでもないお宝かもしれんぞ。これは」




