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一章 探偵に午睡は遠く.四節

 車のエンジンを止め、ドアを開いた。

 灰色の寂れたビルやシャッターの下りた店、民家が出迎えてくれる。

 何の気なしに天を仰ぐ。五月の空は生憎の曇り模様、湿気を纏った風には爽やかさの欠片もない。

 寝起きの体調の悪さには低気圧の影響もあったのだろう。まぁ、それがなくとも慢性貧血と悪夢のダブルパンチで弱っていたはずだが。

 

 今野は車から降りた片桐には気付かず、太った肉体をできる限りの早足で駆動させている。

 左手をポケットに突っ込み、眉間の皺を揉みながら歩き出す。

 彼我の距離は十メートル程。今野の移動速度は鈍重とはいえ、距離のアドバンテージは大きい。

 走れば一瞬だろうが、正直こんな些事に足の筋肉を動員したくなかった。


「今野!」

 片桐は今野の背中に向かって声をかける。これならば体力の消費も最小限で済むし、運が良ければ向こうから接近してもらえる。

 今野は呼びかけに答えるようにこちらを振り向く。

 我ながら最良の選択をした。そう考えた瞬間、今野は脱兎のごとく走り出した。

 先程までの早足とは比較にならない、あらん限りの力を注いだ、生命力にあふれる疾走である。

「は?」

 数秒間、呆然と立ちすくむ。

 理由も意図も不明だったが、それを問い質すためにも、元々の質問を行うためにも、奴を追わなければならない。

 

 気を取り直して駆け出す。

 全く、結局走ることになってしまった。


 

「意味わからねぇ手間取らせやがって」

 突然勃発した逃走劇は、角を曲がったところで今野が躓き、倒れているところを目撃して終了した。

「片桐さん顔怖いんだもん」今野は脂ぎった顔をさらに汗でテカらせ、額を拭った。「振り向いた瞬間、あ、殺されるんだ、って思ったね。僕の生存本能が悲鳴をあげたから、夢中でそれに従ったんです」

 僕史上新記録のタイムだった、と今野は(うそぶ)く。

「殺人鬼じゃないんだ、理由もなく人なんか殺さない」今日何度目かもわからない溜息を吐き出す。

「まぁ顔の怖さは半分ほど冗談ですよ。ホントは最近の趣味について話があるのかと」

「趣味?」

「裏サイトとか、裏掲示板とか、そういうのに潜入してハチャメチャに荒らすんです。管理権を奪い取って外部に譲渡したり、話されてる内容コピペして晒したり。AIに人生相談させたりもしてますよ。途中で気付いてキレる人もいれば、最後まで気付かずに相談して、すごい感謝してくる人もいます」

「ビックリするくらいカスなんだけど。何が楽しいんだよそれ………」

 顔をしかめて不快感をあらわにするが、この男の人間性が腐ってることなど百も承知である。それを差し引いても情報収集能力とディープウェブへの知識は他に類を見ないほど優秀なのだから、天は二物を与えず万物くらい奪い取ったんだろうと納得しておく。

 

「お前の趣味には一ミリも興味ないが、その腕には用がある」

「と、言うと情報屋の仕事ですか」

 腐ってもプロだ。今野の目つきと声色が変わり、気配が引き締まる。

 そうだ、と頷き、話を続ける。

「最近天埜市内で噂になってる首の長い人間、ろくろ首って言われてる怪異について知りたい。噂でも何でも、何かしらネットに転がってないか」

「あぁ、あれですか。なんか色んなところで目撃されてるらしいですねぇ」今野はコンクリートの壁を背にして座り込み、ノートパソコンを起動する。

「にしてもまた怪異妖怪絡みですか。まぁ片桐さんの仕事って時点でそうじゃないかとは思ってましたがね、僕からすれば、なんで好き好んであんなもんに関わるのか分かりゃしませんよ。僕らみたいな一般人からすりゃ近寄れば近寄るだけ損だし、何より面白くない」キーボードを叩きながら、今野はぶつぶつと喋り続ける。「元人間か、そもそも人間じゃないか。んなもん相手じゃからかい甲斐がない。やっぱ生きている人間が一番ですよ、ベスト」


 今野の話を聞き流しながら、懐から煙草の箱を取り出して、一本抜きとる。

 火をつけ、(くゆ)る煙を眺めながら、呟いた。

「………別に、好き好んで関わってるわけじゃねぇよ」




 数分後、今野はノートパソコンを閉じた。

 眼鏡を外して目を瞬かせる動作は、業務が完了したことを意味する。

「関係ありそうなやつは大体まとめときました。噂の域を出ないもの、信憑性の薄い与太話、ちょっとリアリティーあるやつ、とか重要度で分けてます」今野は自信ありげに鼻を鳴らす。「いつも通り事務所の方でコピーされるように仕向けときました」

「助かる」紙幣を何枚か取り出して差し出す。

「まいど。───そういえば、事務所の情報収集担当はどうしたんです?」 

 事務所の情報収集や斥候を担う黒髪の少女のことを思い出し、片桐は返答した。

「ジャングリア沖縄に行ってる」

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