死亡フラグを回収する妖精に転生しましたが、全力で拒否します
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「おめでとう、新人。君は今日から、我々『死亡フラグの妖精』の一員だ」
意識が覚醒した瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは、古風なシルクハットをかぶった、手のひらサイズの小さな紳士だった。自分がフワフワと宙に浮いていること、そしてその紳士と同じくらい矮小な存在になっていることに気づき、俺の思考は完全にフリーズした。
「死亡…フラグ…?」
かろうじて絞り出した声は、鈴の音のようにか細く、自分のものとは思えなかった。
「いかにも」紳士は芝居がかった仕草で頷く。
「我々は、この世界の住人が放つ『死亡フラグ』を検知し、その運命を確定させる、いわば物語の調整者にして、運命の歯車そのものだ」
死亡フラグ――。
その言葉が持つ不吉な響きと意味を、前世でしがないサラリーマンとして生きてきた俺は、嫌というほど理解していた。アニメや漫画、映画で飽きるほど見た、登場人物が死ぬ直前に口にする「お約束」のセリフや、いかにもな行動のことだ。平たく言えば、死へのカウントダウンの合図。
「俺が…そんな、人の死に関わる仕事を…?」
「名誉なことだぞ。私の名前はギルティ。以後、君の教育係を務める。まあ、能書きはいい。習うより慣れろ、だ。最初のOJT(実地研修)と行こう」
有無を言わさず、ギルティは俺をどこかへ導いていく。景色が高速で流れ、気づけば俺たちは、ゴブリンの群れと人間たちが激しく斬り結ぶ、泥と血の匂いがする戦場の真っ只中にいた。
そこで、ひときわ勇猛に戦う一人の若い騎士がいた。彼は、仲間をかばいながらも、その表情には一点の曇りもない。むしろ、希望に満ち溢れている。彼は、恋人から貰ったであろう手縫いのお守りを、鎧の胸元で強く握りしめた。
「ケビン!」仲間が、彼の無謀とも思える突撃に悲鳴のような声を上げる。
「下がりながら戦え!突出するな!」
「大丈夫だ!」ケビンと呼ばれた騎士は、迫りくるゴブリンを薙ぎ払いながら、最高の笑顔で振り返った。「この戦いが終わったら、俺、故郷で待ってるアンナと結婚するんだ!」
ピコン!
俺の頭の中に、けたたましい警告音が鳴り響いた。まるで出来の悪いゲームのUIのように、ケビンの頭上に真っ赤な文字が点滅している。
【超特大死亡フラグを検知:[内容] この戦いが終わったら結婚する】
「見たか、新人。これぞ王道中の王道。歴史と伝統に彩られた、極上の死亡フラグだ」
ギルティは、まるで最高級のワインを嗜むソムリエのように、うっとりと呟く。
「さあ、承認しろ。彼の運命を、物語を、我々の手で確定させるのだ」
「嫌だ…!」俺は必死に首を横に振った。「嫌だ!こんなの、ただの呪いじゃないか!彼は幸せな未来を夢見ているんだぞ!それを、こんな理不尽な『お約束』だけで終わらせていいはずがない!」
「感傷は捨てろ、新人。これも世界の理だ」
ギルティが俺の肩にそっと手を置く。冷たい感触。俺の意思とは関係なく、体から何かが吸い上げられ、ギルティを通してケビンの方へ流れていくのが分かった。ケビンの頭上に浮かぶ文字が【確定】へと変わった。
その瞬間だった。本当に、その一瞬で、全てが変わった。
今まで優勢だったはずの戦況が、まるで悪意ある脚本家がペンを走らせたかのように、一瞬で傾いた。ケビンが斬り捨てたと思ったゴブリンが、死の間際に最後の力を振り絞り、錆びついた槍を突き出す。それは、まるで吸い込まれるように、ケビンの分厚い鎧の、ほんのわずかな関節の隙間を正確に貫いた。
それはあまりにもリアルで、この世界がゲームや漫画ではないことをひしひしと物語っていた。
「え…?」
ケビンは、自分の胸から突き出た穂先を見て、信じられないという顔をしていた。彼の手から、未来を誓ったはずのお守りが、ポロリと泥の中にこぼれ落ちる。仲間たちの絶叫が、まるで遠い世界の出来事のように、俺の耳を通り過ぎていった。
「これが…俺の…仕事…」
目の前で、一つの命が、一つの未来が、あまりにもあっけなく消え去った。それも、俺の力が引き金になって。俺は、自分の小さな手が真っ赤な血に塗られたような錯覚に陥り、その場に震えてうずくまることしかできなかった。
ギルティは、そんな俺を冷ややかに見下ろし、静かに告げた。
「ようこそ、新人。これが我々の仕事だ。決して、逃れることはできん」
その言葉は、俺が転生したこの新しい世界の、あまりにも過酷な現実を突きつけていた。
◇
最初のOJTが強烈なトラウマとなり、俺はすっかり仕事への意欲を失っていた。正確に言えば、仕事への強烈な拒否反応を示していた。ギルティはそんな俺に呆れつつも、まるでノルマを課す上司のように、次の担当者を割り振ってきた。
「いつまでも落ち込んでいるな。そんなことでは一人前の妖精にはなれんぞ。次も比較的簡単な任務だ。薬草摘みに来ている少女、リリーの監視だ。まあ、死ぬとしたら崖からの転落か、せいぜい森の獣に食われるくらいだろう」
「その『くらい』で人が死ぬんだよ、このブラック企業が!」
「口答えだけは一人前だな…」
俺は悪態をつきながらも、逆らうことはできず、森の中へ入っていく少女、リリーの後を追った。歳は16か17くらいだろうか。まだ幼さを残した顔に、人の良さそうな屈託のない笑顔。鼻歌交じりに薬草を摘む彼女の姿を見て、俺は少しだけ安堵していた。
(よし、この子なら大丈夫そうだ。少なくとも死亡フラグ臭のひどい公爵令嬢ではない…。変なことさえ言わなければ、俺は何もしなくていい。完璧なサボタージュ計画だ)
だが、その考えはあまりにも甘かった。リリーという少女は、俺の想像をはるかに超える「無自覚な死亡フラグ建築士」だったのだ。
彼女は、森の奥へ進むにつれて、独り言とも決意表明ともつかない言葉を、まるで呼吸をするかのように口にし始めた。
「あら、こんな崖っぷちに珍しい薬草が…。でも、あの子たちの熱を下げるには、どうしてもこれが必要だもの。手を伸ばせば、きっと届くわ!」
ピコン!【死亡フラグを検知:[内容] 手を伸ばせば、きっと届くわ!】
「言うなぁ!そういう分かりやすいやつ!」
俺は慌てて、誰にも聞こえないのをいいことに全力でツッコミを入れながら、薬草の茎に体当たりする。すると茎がわずかにしなり、薬草がリリーの手が届く範囲に少しだけ近づいた。リリーは「あら、ラッキー!風が手伝ってくれたのかしら!」と無邪気に喜んで薬草を摘む。
「おい、新人。貴様、今何をした」
「見ての通り、労働安全衛生マネジメントシステムに基づいた、リスクアセスメントおよびリスク低減措置ですが何か?」
「…前世でよほど苦労したようだな」
一難去ってまた一難。今度は、リリーが不気味な洞窟を発見した。その入り口は、まるで巨大な獣の顎のように、暗い口を開けている。
「わあ、大きな洞窟!中は暗いけど、珍しいキノコがあるかもしれないわ!ちょっとだけ、中を覗いてみましょう!」
ピコン!【死亡フラグを検知:[内容] 中を覗いてみましょう!】
「好奇心は猫をも殺すって前世で習わなかったのか、この子は!」
俺がギルティの「仕事だ、諦めろ」という冷たい視線を振り切って洞窟に飛び込むと、そこには巨大なクモ型の魔物「ケイブ・スパイダー」が巣の奥で眠っていた。リリーが入ってきて物音を立てれば、間違いなく目を覚まし、餌食になるだろう。
俺は咄嗟に、リリーの足元に蔦を引っ張り、転ばせた。
「いったーい。もういや!なんでこんなところに蔦があるのかしら。もういいわ。はやく目当ての薬草を探しましょ」
その言葉にホッとしつつも、俺は精神的にぐったりとしていた。
「…貴様、もはや妖精としての矜持はないのか。運命の執行者たる我々が、運命の妨害者になるとは…」
ギルティは、頭痛をこらえるようにこめかみを押さえていた。
「俺は労働者の権利を守っているだけです。不当な死という労働災害から、彼女を」
「詭弁を弄するな、詭弁を!」
なんだかんだ言いつつもギルティは、予測通りに動かない俺に興味を持ち始めたようだ。
◇
―――しかし、フラグを回避したのも束の間。
俺の心配をよそに、リリーはどんどんと森の深部へと進んでいく。
そして出会ってしまったのだ―――
「グルルルル…」
「おい新人!あれはただの魔物ではない!太古の怨念が宿った森の守護獣だ!お前の小手先のフラグ回避など、その強大な運命の前では無力だぞ!」
ギルティの顔から、いつもの皮肉な笑みが消えていた。
どうやらリリーは、幻の薬草と呼ばれる「月光花」を求めて、森の最深部、禁じられた聖域に足を踏み入れてしまったのだ。そして、その聖域は、この森の主であろう魔物「ワンアイド・ベア」の縄張りだった。
絶体絶命。リリーも、目の前の存在が本能的に危険だと察し、顔面蒼白になっている。だが、彼女は震える足で一歩も引かなかった。孤児院で待つ、高熱にうなされる末の妹の顔が、彼女の脳裏に浮かんでいたからだ。
リリーは、母の形見のペンダントを強く握りしめ、覚悟を決めたように、目の前の巨獣を睨みつけた。
そして、震える声で、しかしはっきりと、こう言ったのだ。
「大丈夫。このお母さんの形見が、きっと私を守ってくれる…!」
ピコン!ピコン!ピコン!ピコン!
俺の頭の中で、今まで聞いたこともない、最終警告のようなけたたましいアラートが鳴り響いた。
【究極死亡フラグを検知:[内容] 形見が、きっと私を守ってくれる】
ギルティが天を仰いだ。
「終わった…。これだけは、何者にも覆せぬ、物語における絶対のルールだ…。形見やお守りは、守ってくれるものではない。思い出させてくれるだけのものなのだから…」
ワンアイド・ベアが、リリーに止めを刺さんと、その巨大な爪を振り上げた。その爪は、大木すら一撃でへし折るだろう。
◇
―――万事休す。
俺の脳裏に、OJTで見た騎士ケビンの最期が鮮明に蘇る。彼も、お守りを握りしめていた。リリーも、彼と同じように、夢を、未来を、目の前にして死ぬのか。
(嫌だ…!それだけは、絶対に!)
俺は、前世のサラリーマン時代を必死に思い出した。理不尽な納期、無茶な要求、無理難題な契約。それでも、契約書の隅っこにある但し書きや、ルールの抜け穴、解釈の余地を探して、何度も何度もピンチを切り抜けてきたじゃないか。
このスキルは、「死亡フラグ」を「確定」させる力。
フラグは立った。それはどうやら覆せない。
だが、その効果の対象は?誰が死ぬと、どこかに書いてあったか?
「お守りが守ってくれる」というフラグ。それは、お守りを持っている者が死ぬという結果に繋がる。だが、もし、敵もお守りを持っていたら?
「こうなったら、ヤケクソだ…!」
俺は、ワンアイド・ベアとリリーの間に割り込むように飛び、両者を指さした。そして、ありったけの理不尽と、ほんの少しの祈りを込めて、叫んだ。
「リリーが立てた『お守りが守ってくれる』フラグを承認する!ただし!そのお守りとは、お前が守っているこの聖域そのものだ、ワンアイド・ベア!」
「なっ!?」ギルティが驚く。
俺は続けた。
「この聖域がお前の『お守り』であり、お前がその『持ち主』だ!よって、この状況は『お守りを持つ者同士が殺しあう、究極の二者択一フラグ』である!そしてそのフラグはお前にも立ったと、俺が認定する!」
世界のルールが、俺の無茶苦茶なロジックを解釈しようと、ギシギシと音を立てるのが分かった。
運命の歯車が、悲鳴を上げながら、無理やり逆回転させられる。
そして、スキルは発動した。
ワンアイド・ベアの頭上にも真っ赤な文字が点滅しはじめた。
「…フラグを、確定する!」
「決闘」の運命が確定し、圧倒的に格下の存在であるリリーではなく、格上のワンアイド・ベアの命運が尽きた。
ワンアイド・ベアが振り下ろした爪は、リリーに届く寸前で、なぜか軌道が逸れた。逸れた爪は、近くの巨木に深々と突き刺さり、抜けなくなってしまう。バランスを崩した巨体は前のめりに倒れ込み、その勢いで、近くにあった鋭い岩に、自らの赤い一つ目を正確に貫いた。
「グオオオオオ…!」
断末魔の叫びを残し、森の主はゆっくりと崩れ落ち、動かなくなった。
「…フラグの…押し付け合いどころか、概念そのものを拡張した、だと…?」
ギルティは、もはやツッコむ気力も失い、その場にへたり込んでいた。
俺は、全力を使い果たしていた。
妖精の体は力を失い、キラキラとした光の粒子を放ちながら、地面へとゆっくりと落下していく。普段は不可視の存在だが、力を失った今、俺の姿は人の目にも捉えることができた。
腰を抜かしていたリリーは、目の前にフワリと落ちてきた、傷つき、弱々しく光る小さな存在に、気づいた。
今日一日、自分を助けてくれた不思議な偶然の数々。
そして、目の前で起きた信じられない奇跡。
全てが、この小さな存在に繋がっているのだと、彼女は直感的に理解した。
リリーは、そっと両手を差し伸べ、落ちてくる俺を優しく受け止める。
そして、震える声で、涙をいっぱいに溜めた瞳で、問いかけた。
「あの…あなたが、ずっと、私を助けてくれてたんですか…?」
「もしかして…」
「妖精さん、ですか?」
薄れゆく意識の中、俺は自分を見つめるリリーの優しい瞳を見た。その言葉を聞いた瞬間、ブラックな仕事の苦労も、理不尽な運命への怒りも、全てが報われたような気がした。
(ああ、悪くないな…。この仕事も)
俺は、彼女の温かい手のひらの中で、満足して意識を手放すのだった。
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