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言葉の距離

※あらすじを一部変更しました。

読んでくださる皆さまに、物語の雰囲気や方向性がより伝わりやすくなるよう意図したものです。

内容自体に変更はありませんので、これまで通りお楽しみいただければ幸いです。

太陽は、まだ西に傾ききっていなかった。空は赤みを帯びはじめているが、夜の帳が降りてくるにはまだ遠い。

思っていたより眩しさも、暗さも感じなかった。

「おい! あの人が帰ってきたぞ!」

流石に森の入口付近には誰もいなかったため、一人で村の柵を超えたところだった。

畑作業をしていた男がミルティシアの姿に気づき、大声を上げたのだ。

「大丈夫だったか!?」

「魔物はどうなりましたか!?」

「おい……返り血がないぞ!」

次々と詰め寄り、口々に感動の言葉を伝えにくる村の人々に、彼女は若干反応に困っていた。

「おお、旅の侍女様……まさか、逃げられたのですか?」

村長がミルティシアの姿を見て不安を口にした。村の一人が言うように、刃を抜いた形跡が見えなかったからだ。

「それについて、少しお伝えしなければならないことがあります」

彼女はまず、限られた人物だけに話したい、と申し出た。その人物に村長と、怪我をした人物がいるのは当然といってもよかったのだが。

「……なんで、俺が?」

直近で森に罠を仕掛けた罠師も含まれているのに、当人はひどく困惑していた。


怪我人をむやみに動かすわけにはいかないため、ミルティシアの話は人払いをした彼の寝室で始まった。

「まず最初に、あの魔物……ミノタウロス様は、私達人間の言葉を解しています」

村人たちに衝撃が走った。人語を解する魔物というのは、一般的には知られていないからだ。

「それは、どういう……?」

思わず怪我人が問う。その顔には、誰よりも強い困惑の感情が宿っていた。

「お伝えした内容そのままです。ミノタウロス様は人語を解していたため、私は穏便に対話をすることができました」

「そんな、そんなことはありえるわけ!」

「待ちなさい。少し、侍女様の話をゆっくり聞こう」

村長が身を乗り出しそうになった怪我人を制した。村長の目には、ミルティシアが嘘をついているようには見えなかったからだ。

それから、ミルティシアはミノタウロスとのやり取りを丁寧に、詳細に話し始めた。

ミノタウロスは被害者であったこと。知らず知らずのうちに狩り場の領域が重なってしまっていたこと。

そして、ミノタウロスは正しいと思って危害を加えてしまったこと。それに対して思い直し、謝罪の意があること。

「……信じられん」

「本当に、そうなのか……?」

三人は半信半疑だった。しかし村長は、ミルティシアの信念へわずかに触れているため、他の二人と比べて理解は早かった。

「もし、貴方様方がそれでも信用に値しない、あるいはその謝罪に対して受け入れる姿勢を持たないのであれば」

淡々と言葉を続ける。三人の顔に、緊張が走った。

「ミノタウロス様にはこの森から離れるよう、進言しております」

その彼女の言葉はあまりにもまっすぐで、それでいて鋭利な刃物を思わせるものだった。

「俺は……俺は、それで、はいそうですか、って……信じられるわけないだろ!」

怪我人の声が大きくなる。

「だいたい、そんなの都合が良すぎるじゃねえか! なんだよ、人の腕へし折っといて! それで思い直して、謝罪の意はある、だあ!?」

「……でも、俺はちょっと、悪いことをしたかもしれない、って。そう思っちまった」

「なんだと!?」

怪我人と罠師が争いそうになる。

「落ち着きなさい。侍女様の言葉をもう一度思い返しなさい」

「そうだよ! 俺は許さねえぞ! とっととあの魔物を、森から追い出せ!」

動かせない右腕の分、左腕と上半身を大きく振り回しながら怒りをあらわにしていた。

「……少し、日を改めましょう。このままでは、彼にも良くないでしょう」

村長が口を開く。怪我人は完全に興奮しきっており、これ以上話を続けるにはあまりにも感情的になりすぎていた。

「申し訳ありません。しかし、私にできることは最大限尽くしてまいりました」

あの魔物を排除しろと言い続ける彼を背に、三人は彼の寝室から離れていった。

お読みいただきありがとうございます。


誠意に触れた人。触れられなかった人。

どうしようもなく、それでも、どうにかして。彼女は、言葉を届けようとしています。


もし、ほんの少しでも胸の奥にざわめきが残ったなら。

それは決して、悪いものではありません。

そう思ってもらえたら、作者として幸いです。

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