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抜けない刃

「なんとお礼を申し上げたらよいか……もはや、言葉にできません」

年老いた男と、かばわれていた村娘が深々と頭を下げた。

「そのような言葉は、私には勿体ありません。どうか、顔を見せてくださいませんか」

あの三人組は逃げるように、とっくに立ち去っていた。この二人が無事であったことに、ミルティシアは安堵した。

「冒険者たちも本来は……あそこまで横暴ではない、というのは知っているのですが……」

「何度か別の方たちにも助けてもらいました。彼らが、明らかな異端だったんだと思います」

二人が口々に言葉を発する。冒険者たちに否定的な印象を持たれてしまったか、と少し心配したが割り切れているようだった。

「……しかし、このままでは我々の抱える心配事が解決できていないのも、事実なのです」

申し訳無さそうに男が言葉を続ける。

「よろしければ、その心配事について聞かせていただけませんか」

彼女は最初からこの問題に手助けをするつもりだった。


聞けば、ちょうど今この村は森の開拓をしている最中だという。人も増えてきて、土地も建材も欲しい。そういう時期にあった。

そうして村の若者が食料集めのために、森の中に入っていった。合わせて、建材の調達先の選定も兼ねていたという。

「……そして、その森には牛のような姿の魔物。逃げようとしたところに、木を引き抜き、投げてきたのですね」

「そうなんです。事実、彼も致命傷こそ避けてはいましたが……」

その際に右腕が折れてしまったらしく、今は自宅で完治を待っている状態。追撃がなかったのが幸いと言えよう。

「どうか……あの魔物を、なんとかしてください。夜が……夜が怖くて、眠れないんです……」

「どうか。どうかその魔物を、討伐していただければと……」

ミルティシアは少し思案した。自身の刃のありように、少しそぐわない部分がある。

「一つだけ、よろしいでしょうか」

「はい……?」

年老いた男、村長へ静かに問う。

「本当に、その魔物の命を奪わなければならないのですか」

横で話を聞いていた村娘の目が見開いた。

「そっ、そんなの! このままじゃあ誰かが!」

「まあ待て。……理由を聞いても?」

「はい。私の刃は、奪うためのものではなく、守るためのものです」

例えその刃の先に魔物がいたとしても、不必要に命を奪うものではない。

「もしも。そうして命を奪うことが前提となるのでしたら……お引き受けできません」

その言葉に、村長はわずかに眉をひそめた。

そして、長く思案した。

「……先程の一件。確かに、貴女には……何か、恐ろしいほどの信念があると見えます。しかし、その信念を曲げていただくことは」

村長の言葉も失礼に聞こえる内容だった。だが、それだけ逼迫した状況であるということも表している。

「できません。それでは、私の刃の在り方と背反してしまいます。私の刃は、抜けません」

ミルティシアの声に、迷いはなかった。あまりにもまっすぐで、あまりにも揺れない。

だからこそ、村長はほんのわずかに。恐ろしさすら感じていた。

「それでは、一体どのようにすれば引き受けてもらえるのですか?」

「私が、その魔物のところへ向かいます。ただ"その時に刃を抜かなくても良い"という前提を加えてほしいだけなのです」

その言葉に、咄嗟に村長が言葉を被せた。

「もし、魔物が貴女の命を狙った場合は……」

「言葉が通じないのならば、それはもう獣です」

きっぱりと、反論を許さない口調で言い切った。


「ここから先……踏み固められている土がわかりますか? その道を進み、しばらくすると右手に泉が見えてきます」

最低限の装備と道具を整え、外套を羽織る。ミルティシアは、住民の案内を受けて森の入口に立っていた。

「気をつけてください。やつは、片手で木を引き抜くほどの力があります。どうか、よろしくお願いします」

「承りました。もし、私が戻らぬまま日が明けたら、緊急でどこかに頼ってください」

太陽は真上から少し西へずれ始めていた。鬱蒼とした木々に、僅かな木漏れ日が降り注ぐ。

見た目こそよくある旅の人物だった。しかし、その佇まいと歩き方には、間違いなく気品が溢れていた。

お読みいただきありがとうございます。


次回は1日おいての更新になると思います。

彼女の抱く信念の意味を、呼吸とともに整えてお待ちいただけると、幸いです。

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