刃を問う声
「さてさて。まず最初に……"鉄の侍女"様のお名前が知りたいところですねえ」
「私の名はミルティシアと申します。家名は、またいずれ」
なんの躊躇もなく名を告げる。彼女としても"鉄の侍女"などではなく、ちゃんと名前で呼んでほしかった部分もあるからだ。
「ではミルティシア様。何故貴女はあの貴族の屋敷に?」
「最初は屋敷に入ろうとしていた方を止めたのです。私とて、侍女として仕えていた身。無断の侵入は見過ごせなかったのです」
「はぁはぁ。で、その様子を屋敷の人に見られ、見込まれたと」
「おそらく。ただ、腕が立つと聞いているとまで言われたのは不思議ですが……」
それからはひたすら受け答えが続いた。
彼女の内側に踏み込もうとする問いには、誠実に、しかし深くまでは触れずに返す。
表面をなぞるような質問には、そのまま、飾り気なく応じた。
「……こうして聞いてみると、本当に善性の塊ですね……貴女という人は」
「ただ誠実にあれ。誠意を忘れるな。そうやって主から教わり、仕えていたのです」
「まあまあだいたいわかりました。……いや、わかった気になっただけかもしれませんがね」
外套の男が手帳を閉じる。受け答えはこれで終わりのようだ。
「少なくとも、貴女に一切の害意が無いことは伝わりました。悪いようにはしませんよ」
そう言い残すと、彼はミルティシアの言葉も待たずに走り去ってしまった。
ミルティシアが宿へ戻る途中。子どもたちが集まって遊んでいた。
彼女はどうとも思っていなかったが、子どもの集まりを横目に通り過ぎようとした瞬間だった。
「あ! あれ、"鉄のじじょ"さんだ!」
「ほんとだー! おっきな剣もってるー!」
「すげー!」
あれよあれよと、彼女の足元に子どもが群がってくる。エプロンに触れ、曲剣の鞘に触れ、両手のバスケットにまで手を伸ばしてきた。
「ごめんなさい。ちょっと、先を急いでて」
「ねえねえ、あのお屋敷でバカなおじさんやっつけたんでしょ!?」
「わるい人だったんでしょ!? すごーい!」
「ちがうちがう、"やっつけた"じゃなくて、"しずめた"んだよ!」
ミルティシアには、メイドとして足りない経験が一つだけあった。
それは、子どもとのコミュニケーションだった。
「それってどうちがうの!?」
「なんとなく、つよい……ってこと!」
「あの、ちょっと……どいて、くれる?」
子どもたち同士で勝手に盛り上がる。それなら、ちょっと離れてほしい。思わず、普段からは考えられない砕けた言い方になった。
「ねーねー!」
そこへ、曲剣の鞘に触れていた一人が明確に質問をしようとしていた。ミルティシアは、これにだけは答えようと思った。
「メイドさん、って、"お料理"と、"お掃除"の人でしょ? なんで剣持って、わるい人をたいじしてるの?」
言葉に詰まった。そんなこと、ちゃんと考えたことがなかった。
「ばっかでー! そんなの、"ご主人"を守るためだろー!」
「ちがうよ! 守るだけなら"えーへーさん"とか、"ごえい"だけでいいじゃん!」
「私……私、は……」
確かに彼女の剣は、主を守るために選んだものだ。だが、守るだけなら護衛や衛兵をつけるだけでよい。
ならば何故ミルティシアは、自ら剣を手にしたのか。確かに仕えていた頃は、衛兵も護衛もいなかったのは事実。
本当に理由はそれだけだっただろうか。自らが守らねばならなかったのか。
「でもさー、"えいへい"とか"ごえい"って、なんかこわいじゃん!」
「ねー! あたし、たたかって守ってくれる人なら、"鉄のじじょ"さんがいい!」
子どもたちに勝手に問われて、勝手に答えられた気分だった。少なくとも、本当の答えではない。それだけは間違いなかった。
「そう……そう、ですね」
だが、ミルティシアにとっては一つの救いにもなった。
「私は、たまたま……必要だと思ったから、剣を持ったのでしょう」
わずかでも、こうやって言葉にしてみせることはできた。何を守るためか、までは言えなかったが。
「えー、どういうことー?」「わかんない!」「むずかしいねー」
次第に子どもたちの興味が薄れていくのを感じる。少しずつ、歩幅を確保するための隙間が生まれてきた。
「すみません。そろそろ、宿に戻らないといけないので」
「はーい!」「またあそんでー!」「ちゃんと剣が見たいなー!」
子どもたちの声と足音が遠ざかる中。ミルティシアの歩みに見える重さは、"なぜ剣を持ったのか"という問いそのものだった。
お読みいただきありがとうざいます。
ここから少しずつ、彼女の問いが輪郭を帯びていきます。
何を守りたくて剣を手にしたのか――その答えは、まだ言葉になりませんが。
ほんの少しでも、何かが胸に残るようでしたら、それが物語の続きになるのかもしれません。