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侵さず、侵されず

村とミノタウロスの取り決めの概要自体は、驚くほどあっさりと決まった。

しかし問題は、取り決めで定める互いの領域をどうするか、というところにあった。

ここで新たに罠師を加えて、村の位置と森の位置を描いた概略図に沿って決めていくこととなった。

「まあ、だいたいこれぐらいの範囲で区切れば、お互いに干渉することはないとは思う」

「今後はこっちの方角から森を切り拓いていくように伝えておこう」

だが泉の扱いについて話し始めると、かなり難儀したようだ。ここは村人もミノタウロスも利用していることが判明し、慎重にすり合わせていった。

「コノミズ、ワレモ、ツカッテイル」

「困りましたね……」

その最中、ミルティシアは特に口出しをしなかった。この取り決めの仔細は、彼ら自身で定めるべきだったからだ。

「泉自体を区切るわけにもいかない、ともなれば……」

「やはり時間、でしょうか」

「ジカン……ソラノ、アカリ……コレノ、イチ、カ?」

もうすぐまとまりそうな気配を感じた。


結果として泉については、どちらかが利用していなければ使ってよい、という運びになったようだ。

そうした村とミノタウロスの取り決めは正式に締結され、改めて村長が村人全員を呼び、その内容をミノタウロスとともに伝えた。

「木々の間にロープを張る、ねえ……」

「まあ、泉に行く人も限られるから大丈夫か」

「村長が決めたのなら、従うしかないな」

村人たちのミノタウロスに対する感情は、少しずつ和らいでいっているようだった。

「えー。よって、我々はミノタウロスさんと共にこの森を一つの共有資産として扱うことになった」

「コレカラ、ヨロ、シク」

村長とミノタウロスが、村人たちに向かって頭を下げる。ひとまずは、これで解決したのだろう。

早速罠師と住民数名と、ミノタウロスが森へと入っていった。境界線を示すためのロープを張りに行ったのだ。

彼らを見送ったミルティシアは、次の進路に向かって考えをまとめ始める。村長に周辺の地図を貸してもらい、今まで通ってきた箇所を思い返す。

「屋敷から出て、左回りに円を描きながら北上してきていたのですね……」

自分が辿ってきた箇所は、主観だと思った以上にわからないものだった。

普通ならば辿ってきた道を戻るのだが、今の地点から南へ直下していけば往路よりも早く屋敷の近くへ戻れそうだった。

「途中にいくつか街もあるのでしたら、そこまで困ることもなさそうですね」

おそらくこの道順なら、季節が一巡するかどうかぐらいの時間がかかるだろうと彼女は推測した。

「おお、そうでした。ミノタウロスの件について、お話が」

地図を返した際に、村長が思い出したように話し始めた。

「これはお礼です。本来はギルドを通してお渡しするものですが、今回は貴女に直接助けていただきましたので」

手渡されたのは金貨一枚に銀貨数枚と、銅貨の一束。加えて、保存食もいくつか含まれていた。

「いえ、ここまで頂くほどでは……」

そう言いかけて、ふと。彼女は自身の財布事情を思い出す。何かと理由をつけて報酬を断ってきていたため、かなり薄くなっている。

今後もいくつか街を経由することを考えると、今の状態ではかなり心もとない。今後も何かを手伝い、報酬をもらえる保証はなかった。

「……では、お言葉に甘えまして。正式な報酬として、こちらを頂戴いたします」

「本当はもっとお渡ししたいのですが、なにぶんこれは私の私財でして……お恥ずかしい限りだ」

ギルドへ出した依頼も既に村の人を向かわせて取り消しており、預けておいた報酬はいくらか戻ってきている、と言っていた。


村を出る前に、ミルティシアにはやり残したことがあった。

「……お時間。少しだけ、よろしいでしょうか」

扉をノックしながら、向こう側にいる人物へ、静かに声をかける。

「……もう出ていくんだろ。なら、黙って出てけよ」

「――ひとつだけ。お伝えしたいことがございます」

扉越しの声に、ミルティシアは深く、深く頭を下げる。

木戸の向こうから見えはしないその礼は、けれど言葉よりも重かった。

「貴方様のご希望に……その、怒りと悔しさに寄り添えず、申し訳ありませんでした」

「……言い訳なんか、聞きたくねえって言ってんだよ」

「私は……命より、誇りを選びました。結果として、貴方様の感情の行き場を奪ってしまったことを重く受け止めて」

「うるせえよッ!!」

怒鳴り返す声が、木戸にぶつかって揺れた。

だが。そのあとの声は、まるで雨の底で濁ったように低く。

「……いいから……もう……出ていってくれ……」

「……いつか、ほんの少しでも」

しばしの沈黙ののち、ミルティシアは、絞るような声で告げた。

「この形で良かったと思っていただける日が来ますよう、心よりお祈り申し上げます」

その言葉を最後に、彼女はそっと頭を上げる。

扉には背を向けたまま、振り返ることはなかった。


「それでは皆様。大変お節介を焼いてしまいましたが、この村の発展をお祈りさせていただきます」

深々と頭を下げ、集まってきた村人たちに礼を告げる。

「本当に助かりました」

「少し不安は残るけど、何かあったらまたギルドに頼ればいいよな」

「またねー!」

口々に言葉を発する人々を背に、ミルティシアは南へと足を踏み出した。

お読みいただきありがとうございます。


円満な解決とはいかなかったものの、共生の道は確かにある。

彼女がそう提案したのも、かつて得た糧があったからなのでしょう。


次回から終盤へと差し掛かります。プロットも完結まで完全に決まっています。

これから少しずつ形にしていきますので、どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。

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