1、誓い
思えば俺、淀橋英二の人生は嫁に振り回された挙句のろくでもない人生模様だった。
俺は病室のベッドでやせ細った管だらけの身体を見る。
既に手遅れの俺の体内。
嫁の浮気のストレスで胃潰瘍...ではなく。
改めて判明した時にはスキルスっぽい末期の胃がんになっていた。
色々とサボったつけでも回ってきたのだろうか。
脳とかに癌が転移してしまってもう手が付けられないそうだ。
クソッタレにも程がある。
「...」
嫁は見た事ない男に寝取られた。
そして俺は嫁とは正反対の絶望の状態。
もし輪廻転生をしたとしても絶対に嫁には会わない。
巡り会ってたまるか。
そんな事を思いながら俺は霞む世界で目を閉じた。
それで死んだようだった。
☆
それから今に至っている。
俺はやせ細って病院で管に繋がれたまま絶望の中であの世に行った筈だった。
なのに何故この場所に...いや。
輪廻転生にしても何故俺はあの日の教室に居るのだろうか。
俺は周りを見渡して「夢か?」と思って頬を抓ってみる。
だが夢ではなさそうだった。
俺は訳も分からず腕を組んでから考えていると「英二」と声がした。
横に顔を向けると知り合いの戸ノ嶋美玖が小さく手を振ってから俺を見ていた。
ボブの黒髪。
そして髪留めを身に着けている胸元が少し開いたギャルっぽい女の子。
これは...うーん。
「どうしたの?ぼーっと私を見て」
「あ、いや。何でもない...が。美玖。今日は一体何日だ?」
「え?5月11日だよ。もう昼だよ?知らないの?」
「...」
俺が病室で最後に確認した日は確か11月23日。
つまりこれは過去に帰って来ているのか?
挙句の果てには高校生と?
意識を持った状態で?
マジかよオイ。
輪廻転生を飛び越している。
信じられないがでも。
海外に転勤した筈の美玖がこの教室に居る。
現状を認めるしかないだろう。
彼女は最後に会った時の大人びた顔以前の幼い顔立ちになっているしな...。
「美玖」
「ん?どしたの英二」
「お前の今の将来の夢は」
「はい?なんでいきなりそんな事を聞くの?」
「良いから答えてくれ」
「うーん。どっかの大学を出てからの日本の大企業。大手勤務かなぁ。日本って貧乏だしお金稼がないとね」
「...」
間違いないなこれは。
今の言葉で考えるに高校2年生に戻って来ているんじゃないか?
何故分かるかって?
それは今の質問で美玖は「大手企業に就職」と答えた。
これは間違っているのだ。
高校3年生で目標が変わったから。
2年生まで「大手に就職」だったけど3年生になって美玖の将来の夢は「納棺をする仕事に就きたい」になっていた。
「英二。何かおかしいよ?」
「...何がだ?」
「いやー。だっていきなり将来の夢を聞いてくるからさ」
「...ああ。すまん」
俺は大欠伸をする。
それから考え込んだ。
半年後に俺は嫁と付き合う事になる。
だが俺はあくまで嫁とは二度と遭遇しないつもりだ。
もう二度と出逢ってたまるか。
きっかけも全部捨ててやる覚悟だ。
そう思いながら俺は眉を顰めて考えていると美玖が覗き込んできた。
「あ。そうだ。英二」
「ん?何だ」
「放課後に買い物に付き合ってよ」
俺は美玖を見る。
美玖は笑みを浮かべている。
何故俺は美玖と結ばれなかったかというと美玖と俺は部活の都合ですれ違った。
俺が熱中してやっていた陸上部の時間の関係上、付き合えなかった。
だけど...それはもう捨てる。
「あ、でも忙しいかなぁ...」と呟く美玖の手を握る。
「いや。今日は陸上は休みを取る」
「え?でも英二...大切な大会があるんじゃ」
「良いから。今日はお前に付き合うから。というか付き合いたい」
「え?...そ、そう?...ありが...っていうか英二その。手を離して...」
俺は心底に恥じらう美玖を見る。
放課後の時間...前世では美玖という大切な人間に全く時間を割けなかった。
この時間を今すぐにでも美玖にあげたい。
そう思いながら俺は(青春を楽しんでやる)と決意しながら美玖を見た。
美玖はモジモジとしていた。
☆
しかしなんだろうな...自由に歩けるだけでこんなに幸せだとはな。
前世では体力が無くて歩けなかったしな。
そう考えつつ俺は手のひらをぐーぱーしてから頬を叩いた。
最後の授業が終わってから俺は急ぐように「美玖」と声をかける。
美玖はいつもの俺じゃない行動に動揺していた。
「え?ど、どしたの?英二」
「行こうか」
「...え?ふあ?」
美玖は真っ赤になる。
言い出しっぺはコイツなのにな。
俺はそんな美玖に笑みを浮かべて手を差し出してから優しく握る。
俺は陸上に励む為に直ぐに部室に向かっていた。
だけどそんな人生はもう破棄だ。
美玖に対して本当に申し訳ない事をしていた。
俺は美玖をまじまじと見る。
美玖は動揺しまくりながら俺を見ていた。
「ほ、本当にどうしたの?英二」
「いや。お前が買い物に行くって言ったじゃないか。行くぞ」
「い、いや。まあそうだけど。こんなの英二らしくない」
「良いから。行こうぜ」
教室の連中も目を丸くして俺が普段取らない様な予想外の行動を見ていた。
それはまあそうだろうけど。
今までずっと青春は陸上って思っていたのだ。
陸上一筋だった。
だけど。
嫁と出逢うきっかけになる様な陸上は控えめにしてから俺は青春に挑んでやる。
俺は美玖を連れてから教室を出る。
「え、英二。手を握るのは表に出てからで良いっていうか...滅茶苦茶恥ずかしい...」
「何を恥じらってんだ?」
「そ、その。滅茶苦茶に恥ずかしいし嬉しいし滅茶苦茶...」
「?」
動揺しすぎだ。
コイツなんでこんなに汗をかいているのだ。
疑問に思いながら俺は美玖を見た。
すると「おー。またまた。おめーら仲良いじゃん」と別の方向から声がした。
声の方に顔を向けてみると巌の様な男。
流鏑馬纏が居た。
俺達を見ながら笑んでいる。
「部活行く途中か?」
「おー。部活だな。...ん?お前、陸上は?」
「休んだよ。買い物に行くんだ。それもコイツと一緒に」
「へぇ。お前が?陸上、陸上、陸上の一点張りの一筋で煩かったのにな。お前結構変わったな」
「部活ばかりでは青春を過ごすっていう分の時間も削られるしな」
「まあそれもそっか。たまには息抜きは大切だわな」
流鏑馬は空手部に所属している副将だ。
とても強い人間だった。
学校を卒業してからは流鏑馬は東京の大学に行ってしまいそのまま就職の問題もあり離れ離れになってしまった。
最後死ぬまで前世では会えなかったな。
でも。
「流鏑馬。この町に俺ら高校生が行けそうなスポットってあるか?」
「ん?そりゃデートスポットって事か?」
「デートじゃないけど...楽しめる様なスポットを知りたい。コイツと一緒に行けそうな場所があったら知りたいんだ」
「ああ...そうか。そうだな。まあ俺的にはこの町の...」
そして俺は流鏑馬から2か所のお勧めスポットを聞いてからその場で別れた。
俺は改めて美玖を見てみる。
美玖は赤くなっていた。
だけど心底嬉しそうな顔をしている。
コロコロと表情を変えて忙しい奴だな。
そう思いながら俺は美玖の手を握り直した。