ハッピーエンドと、僕たち。4
この日の彼は、珍しく隣に女性を連れていなかった。
「なにか用ですか。」
最大限に嫌悪感を示しながら放った言葉だったが、彼は何も感じなかったのか、ベンチの隣に当たり前に腰掛けた。
しばらくの沈黙ののち、彼は言った。
「あんた、俺の知ってる人になんか似てるから。」
ついこの間、公衆の面前で騒動を起こした相手とは思えないくらい、淡々と話してきた。
私が想像をしていた嫌なやつというイメージは間違いだったのかもしれない・・・そのように思った時だった。
「旭ー!」
そこに、今まで見たことのない女性が駆け寄って、彼に話しかけていた。
旭「なに?」
女「もう、冷たいなー!どっか行くなら声かけてよ。てか、誰?この女。」
旭「この前知り合っただけ。何か用?」
女「用ってほどじゃないけどー。あ、これからデートしよ?この前言ってた新しいお店いこーよ。」
旭「面倒くさい。彼女じゃないんだから。」
女「えー!?あんなことしといて!?ま、そういうクールなとこも好きだけどー。また連絡するから、次は行こうね!」
そう言って女性は去って行った。
呆気に取られた私は、先ほどまで泣いていたことを忘れていた。
「いつもあんな風に女性と接してるの?」
つい、気になってしまい質問してしまった。
なんだか、本当の彼はこんなことをするような人ではない気がしてしまったからだ。
しかし彼からは、「それがなに?」という、あまりに感情がこもっていない言葉が返ってきた。
聞かなければよかった・・・
そう思った私は、その後そそくさとベンチを離れて次の授業の教室へ移動した。
なぜかその日から、私がベンチでお昼を食べていると彼もよく同じベンチにやってくるようになった。
最初は、何を考えているのか分からない彼の行動が理解できず、戸惑うばかりだった。
そんなある日、私がお弁当を食べている隣で、彼のお腹が大きく鳴った。
つい、放っておけずにお弁当の具を分けてから、彼と少しずつ話すようになった。
彼と話している時、なぜか私は、私に話しかけられているのかどうか分からなくなる時があった。
彼がたまに見せる、無邪気な笑顔に見惚れてしまっていた。
そんな関係に変化が訪れたのは、それから数ヶ月後のことだった。
私は、少しずつ彼に惹かれていっているのを感じていた。
親友とはあのカフェで会って以来、学内で会っても気まずいままだったこともあり、自分の気持ちに蓋をしていた。
同じ学科の友達から、親友に彼氏が出来たと聞いたのは、そんな時だった。
もう、この気持ちに蓋をしなくても良いのではないか、という浅ましい気持ちが出てきてしまった。
また、お昼にあのベンチに行く。
この日はすでに、彼がベンチに腰掛けていた。
私は彼に軽い会釈をして、いつも通りお弁当を食べ始めた。
するとこの日は、スーツを着た綺麗な女性が遠くの方からこちらに歩いてやってきた。
今まで見たことがないくらいの、綺麗な人だった。
まさか、こちらにくるとは思わずに見惚れていると、彼に親しげに話しかけていた。
どうやら、この綺麗な女性は彼の姉のようだ。
仕事の都合でこの大学に用があったらしく、ついでに彼の学内での様子を見に来たようだった。
私も少し雑談に加わり、しばらくすると彼女は去って行った。
彼女の後ろ姿を見送る彼は、なんとも言い難い表情だったのを覚えている。
その時、私は気づいてしまった。
『彼は、彼女に恋をしている』
そして、帰り際の彼女の左手にはキラリと光るものが見えた。