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おかしな姉と弟のおかしな始まり

 夏休み、お盆休みに差し掛かった頃、天音は海外から戻ってきた花純と共に新しい家族、義父の智也ともやと義理の弟となるかなでと暮らすことになった。

 再婚同士の両親は結婚式を挙げていない。突然知らされて、智也の一時帰国の際に紹介された。

 一体海外にいる人間とどういう経緯で結婚に至ったのか謎でいたら、元々気を置く必要のない古くからの友人だったのだという。

 温厚で知的な新しい父親に天音はとても興味が湧き、すぐに打ち解ければ懐いてしまった。

 彼女は受け入れることに柔軟だ。他人に対してがっかりすることがあまりない。自分にがっかりすることは時々あったとしても。

 智也の赴任先だったイギリスの学校に通っていた奏とは会う機会がなかった。引越し一日目が初対面となった。



「天音、少しだけ久しぶりだね」

 そう言った智也はまだ天音の義父になって一年と少しくらいだが、血の繋がった父と錯覚するくらい、とにかく気さくで親身に接してくれる。そして智也の知的な面は尊敬に値する。

 智也は出張でちょこちょこ日本に帰っていたから、度々会っては色々な話をしてきた。

 寧ろ、会っていないのは花純の方だ。

 花純は初の海外暮らしが楽しかったらしく、智也の出張に同伴して一時帰国をしようという発想すらなかった。

 天音も智也も、マイペースな花純らしいといつも呆れていた。

「これからはみんなで一緒だね。あたし、嬉しいの」

 他県へ引っ越したから、これからは洸たちにはなかなか会えそうにない。なにしろ県を挟んですぐの割に、電車だと二時間以上はかかる距離だ。一山越えなければならない立地である。



 自室の部屋の整理をしていた奏がのろのろと階段を降りて来ると、天音と目が合った瞬間に逸らした。

 快く思われていないのだと彼女は思った。

「よろしく、姉さん」

 半日も経った頃、奏は面倒くさそうに挨拶したが、天音は気にした様子もなく、笑顔でよろしくと返した。

「ねえ、奏くん」

 天音が続けて話をしようとして呼びかけると、「ちょっと待って」と言われた。

「奏でいい」

 自分で面倒くさそうな声の掛け方をして、そしてやはり面倒くさそうに奏は言った。

 写真でしか見たことのなかった新しい姉は、綺麗だとは思っていたが、実際に見ると息を飲むくらいに綺麗だった。

 どんな風に笑って、どんな風に話して、どんな風に泣くのか、花純から貰っていた天音の写真を見つめて、いつも考えていた。

 この気の強そうな姉が泣くところを見てみたい。

 いつしか、そんな風に思い始めた。

 実際に会ったら、やっぱり思った。

 この人の泣く顔が見たい。

 きっと人前では涙など流さないであろう彼女の涙に意味があった。


「姉さんて、泣いたことある?」


 思わず溢れた奏の言葉に、天音と智也が怪訝な顔をした。

 智也が天音を見遣ると、彼女が逡巡していることがわかった。そして徐に天音が口を開いた。

「あるわよ。たくさんある。あたし、苦手なものがあるの」

「苦手なもの?」

 智也は花純から聞いていたから、それが雷のことだとわかった。

 奏は興味のままに問い返したが、天音は「まだ秘密」と言った。

「ねえ、奏。その時が来たら助けてくれる?」

「姉さんが泣いたら、助けてあげるよ」

「泣く前提はおかしい」

「だって泣くんでしょ?」

「泣くこともある」

「じゃあ泣くんじゃん」

 そんな会話をして黙り込んだ娘と息子に、智也は不安は抱かなかったが、初めての会話がこれというのも可笑しな気がしてこっそり笑った。

 あとで花純にこの話をすれば、絶対に彼女は爆笑する。

 と、花純が見当たらないことに智也は気づいた。



「スイカ買って来たわ」

 花純はどこまでも我が道を行く。きっと自分が食べたかっただけだと家族全員が思った。

 全員の顔に出ていたようで、花純が言い訳にもならない言い訳をした。

「なによ。スイカ、美味しいもの。食べたいじゃない」

 もちろん、花純はスイカを買うために出かけたわけじゃない。諸用を済ませ、八百屋の前を通ったらあまりにも美味しそうだったから購入しただけだ。

 リビングは綺麗に片付いていた。片付いてなかったのは自分たちの方だったと、智也も天音も奏も落胆を覚えたが、相手が花純であることを失念していた。

 花純は人の倍速で頭を動かし我が道を行く人間なのだ。



 嬉しそうに切り分けたスイカを花純がテーブルに運び、ダイニングテーブルに腰を下ろした。そうして言った。

「天音、おまじない掛けてあげる」

 花純が何かを呟きながら、天音の取ったスイカに塩を振る。

「お母さん、なんのおまじない?」

 教えてくれるわけないと思いつつ、天音は尋ねてみた。

「それはひみつ。でも絶対に良いことあるわよ」

 昔から、ことある毎に天音は花純に言われていた。素敵なおまじないをかけておいたわと。

 花純の占いはとにかくよく当たるし、おまじないもとても効く。

 本人曰く、真実を見つめていれば自ずと幾重の運命が見えるらしい。それ以上は花純が言わないから、天音にはよくわからない。

「あ、母さん」

 スイカに口を付けようとしていた奏が言った。

「この家で黒魔術の実験とか、やめてよ」

「やるわけないじゃない」

「やりそうだから言ったの」

「やらないわよ」

 奏は、花純が黒魔術の本を読み耽っていたのを思い出した。本当に実験しそうな勢いで嬉々とメモまで取っていた。置きっ放しだったメモを覗いたことがあるが、なにが書いてあるのかわからなかった。


 黒魔術の件は智也は初耳だった。花純らしくて呆れたが、智也は知っていることがある。

 花純は天才なのだ。ある道の才をあまねく兼ね備えた天才であった。その道のことなら、彼女に出来ないことはない。

 花純の頭の中には詰められる限りの技術が書き込まれているが、彼女は「おまじない」以上のそれらを禁としている。

 必要な時はいつか来るかもしれない。けれどもそんな日は永遠に来なければいい。

 花純はそう願う。


 もしかすれば、智也が花純と出会ったのも、天音が生まれたのも、奏が生まれたことさえ、彼女の才能によって生まれた偶然からかもしれない。


 とにかく花純は不思議な縁を引き寄せる。


「ねえ、そういえば」

 一切れスイカを平らげた天音が言った。

「今度からの学校、編入テストがすごく簡単だったのだけど?」

 新しい学校に天音は一抹の不安を抱えている。

「学校、近い方が良いじゃない」

 当たり前のように花純は言ったが、智也も実は天音と同じことを考えていた。新しい学校のレベルで天音が納得するわけない。そう彼は思っていた。しかし花純が「どこだって変わらないでしょ」と自分の意見を押し通した。

 彼女がそういうことを言う時は大抵理由がある。

「編入テスト、簡単過ぎ。全部15分くらいで終わったわ」

 奏はぎょっとした。

「俺、それなりに頑張んなきゃだったんだけど」

「え? 奏は英語科でしょ?」

「姉さん、それ嫌味?」

「英語得意じゃないの?」

「得意だよ。決まってるじゃん」

 奏は変なものでも見る顔で天音を見た。彼のその表情に天音はむっとした。

「なによ」

「いや、聞いてた通り過ぎると思って」

 花純は常々言っていたのだ。うちの娘は頭の出来が可笑しい、変なのだ、空恐ろしいと。この花純に言われるくらいだから相当なのだろうと奏は思った。

「天音は努力家なんだよ」

 智也がフォローを入れると、花純が空かさず言った。

「変なだけでしょ」

「お母さん、ひどい」

 堪らず天音が苦情を漏らした。たまたま人より記憶力が良くて、それを元に努力しているだけだ。

「だって、あんた。勉強が友達じゃない」

 うっと天音が黙り込んだ。相変わらず変なものを見る目の奏の視線が痛い。

「ちゃんと友達もいるじゃない」

「高校に入ってからの話じゃない」

 そんなこともないけどそんなこともなくはないから、天音は反論出来なかった。他人に興味があるくせに、深く付き合った友人が少ないのは事実だった。

「奏だって友達少ないでしょ」

「は? 居るよ、友達くらい。女の子の。男はどうでも良い」

 智也はうちの子供たちは揃って変だと思った。そんな智也は昔から顔が広く、人脈が凄まじく広い。その点、花純は閉鎖的ではある。それは彼女の生い立ち上にあることだった。

 天音と奏は今日初めて会ったはずだ。いや、そうなのである。まるで昔からお互いを知っているかのように話を続けるふたりを見て、花純も智也と同じく、うちの子供たちは変だと思った。

「あたしは女の子の友達も男の子の友達もいるわ」

 誇らしげな天音に、奏はにやりと嫌味な笑みを浮かべて言った。

「じゃあ、男は? 姉さんてモテないよね」

「居ない、けど、お眼鏡に叶う男がいないだけ」

「ほらね。それ、ただの負け惜しみ」

「奏、自分がモテるからって嫌味な奴」

「事実だし。悪い?」

「奏って軽そう」

 嫌なものでも見る目で天音がそう言うと、流石に奏も「失礼だな!」と反論した。

「今に見てなさい。あんた、あたしの素敵ぶりに慄くわよ」

 びしっと指を突き付けて言った天音に、慄くほどのものというのがそもそもおかしいだろうと奏は思った。


 親の前でそんな会話を延々と繰り広げる子供たちに両親は呆れた。少し頭の出来が良い息子とおかしいくらい頭の出来が良過ぎる娘、将来が不安になる。嫁の来手、貰い手がいるかどうか、双方の心配をした。

 天音はたぶん大丈夫だけれどねと、うっかり忘れそうになっていたことを花純は思い出した。


 それから再び、花純は思った。


 「嫁の貰い手」という意味では、やはり天音は些か不安だ。

 相手が一生傍に居ると言ってくれても、貰ってくれるかまでは分からない。

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