表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

黒き滅びの魔女 その4 魔龍編

ちょっと遅くなりましたが。その4まで来ました。長〜い作品にお付き合いいただきありがとうございます。「全然長くねえよ」と言う方も、ありがとうございます。その7あたりで終われる予定ですが、まだ分かりません。

 周りに霧。これは夢だ。

 ああ、また「我は天使と神の中間」ってテリットさんが出てくるんだ。経過を言えって。

 前に青っぽい黒髪の女が来た。ワンレンを後ろで纏めている。

 黒マントの下は黒い王宮騎士団の乗馬服。腰には剣。

 ポーラかと思ったが、少し若い。私だ。

 『・・・』

 なんか言ってよ。

 『我が名はガブリエラ・フォン・アクセル。二十歳で死んだ。』

 ああ、一回目の私か。前回のガブリエラも前世だからポーラみたいに会話できるのか。

 二回目の私はまだ十七歳になるところよ。

 一回目さんに言いたかったのよ。あんたいくら魔法オタクって言ったって暗過ぎない?

 『無理言うな。王子のために魔獣族のオシテバン王国や魔龍族のウエシティン王国と戦ってアクサビオン帝国から来る魔族の魔軍と戦ったのに、なのに王子に処刑されそうになったのよ!』

 まあね。でも殺されなかった。最期に前世の私・松島アヤの記憶を取り戻して、苦し紛れに神に祈ったら聖魔法でみんなやっつけたでしょ?霊も見えるようになったから王子たちが何で殺しに来たか分かったでしょ?

 『私も死んだし、王子も死んだ!どうやって明るくなれと言うの?軽薄バカ!』

 重い女ね。だから二回目はあんたと一体になってやり直ししてあげてるんじゃん。

 『結果的にね。自分がしてあげたみたいに言わないで。』

 私はあんたの前世で日本の松島アヤ、異世界転生してあんたになった。一回目は記憶がない。一回目の最後に記憶を取り戻して、死に戻りして二回目はあんたと一体化している。今あんたみたいに王宮魔法学園に通ってる。

 でも私の前世で守護霊の大魔法使いポーラ、ってあんたの守護霊でもあるんだけど、ポーラに言われて剣士になろうとしている。高一で柔道で全国優勝してるし剣道もやってたし、だから格闘センスはあるのよね。

 『・・・』

 だから何とか言ってよ。ほら、今回は友達ができたでしょ?メルウィンにエリザにアスカ様。あんたの使えなかった聖魔法もできるようになった。神と天使に属する魔法だっていうから、洗礼も受けたし、あんたを追い詰めたキャルもやっつけたし。あとウエシティン王国に、帆船で旅行して、楽しかったよね?

 『楽しい旅行?不毛の戦いよ。キャルはオシテバンのスパイだった。生きてる限りまた攻撃してくるわ。』

 そうだったよねえ。魔王なんて連れて来ちゃって、異世界に飛ばされて、白い魔女のカトリーヌに助けてもらって、でも魔王を倒して、私も王宮から勲章をもらったし、ナイトだから最下位だけど貴族にしてもらった。

 『勲章?貴族?は?浮かれないで。貴族たちと友達ごっこやってくのあんたも得意じゃないよね?』

 まっ、そうだけど。

 『クーデター騒ぎだって、王子の『車開発計画』で止まってるけど無くなってない。戦争の危機も、あんたが処刑される危機も終わってない!魔族だっていつ襲ってくるかわからなんだよ?ちゃんと考えて!』

 

 目が覚めた。

 自分に怒られた。

 ここは王宮騎士団の寮の食堂。広いが人は少ない。

 新型大砲の陛下への披露のあと、昼食をとって、うたた寝していた。

 向こうで、カトリーヌが騎士たちと話している。

 騎士団のジョンが「最近カトリーヌが変だ」というので学園寮に帰らずここに来たんだった。

 誰もいなかったので少し食べたら寝てしまった。すでに乾いた食器を下げに行く。

 ローデシアは水資源は豊富だ。流しで食器に水をかけてすすいでから下げた。カウンターの向こうの厨房職員が手を挙げて軽く感謝してくれた。

 振り向くと柱があってカトリーヌは見えない。

 柱の影からジョンが様子を見ている。自分もそっとしゃがんでジョンの下から顔を出して様子を見た。

 カトリーヌはテーブルの上に座って話している。

 周りは王宮騎士が十人。椅子に座ってだらっと聞いている。

 カト「お前らの訓練なんて甘々だよ。あんなんじゃゴブリン軍団にだって負けるよ。この前は中ゴブリンだったけど、ウエシティンの大ゴブリンは身長五ヤールはある。集団で来られたらお前ら全滅さ。」

 騎士1「いやあ、でも毎日素振り千回なんて時間の無駄だし、時代遅れだし、同じ練習なら二人組の剣魔法の方がよほど効率的だと思うよ。」

 カト「いやいやいや、両方やる時間はあるだろ?基本をやらずに技が身につくかよ。」

 騎士2「あんたはやらないだろ?」

 カト「あたしには必要ない。あれはさあ『練気』と言って魔力を練るのが目的なんだ。」

 騎士3「大体ケイトは雷撃魔法の指導に来てるんだし、剣魔法の練習メニューは『英雄エラ嬢』が王命で組んだやつだから、ケイトが口を出す必要はないんだが?」

 カト「はあ?何言ってんの?おめえ。魔獣族に勝ちたいんだろ?練習勝手に変えたのお前らじゃん。」

 騎士4「大体よう、その王命だって形だけだろ?魔王を倒したのは剣じゃなくて、あの『銃』だろ?」

 「変えたきゃエラに言いな。あたしは任せられた者としてルールを守らせているだけだ。」

 私の上で聞いているジョンを見上げて言った。

 「ねえ、ケイトって?騎士団はカトリーヌをケイトって呼んでるの?略しすぎて原型がないよ。」

 ジョン「それはいいから。」

 「でも、カトリーヌは正しいことを言ってると思うよ。」

 ジョン「まあそうなんだけど。」

 カトリーヌの声が聞こえる。

 「あとよう、ケイトってちょっと引っかかるんだ。貴族ならカトリーヌ様とかビンセン嬢とか呼べよ。敬意を示せ。」

 騎士1「愛称だろ?親しみを込めてだな、」

 カト「三十年早い。いいや、三千年早いな。」

 騎士5「始まったよ。勲章ぐらいで調子に乗りやがって。」

 カト「それは勝手にくれたんだろ?」

 騎士2「それは陛下に失礼だろ!」

 カト「はああ?どっちが?王命に問題があるとか誰か言ってたよね?」

 みんな黙る。

 カト「大体さあ、ローデシア王ってのは昔エルニーダ防衛戦争で指揮官だったから、他の将官たちに持ち上げられて王になったにすぎないんだし」

 騎士6「それ不敬罪だぞ。」

 カト「今回だって、ネクロフィリアの情報が無きゃ勝てなかったよね?」

 騎士4「だから、あんたがネクロフィリアと同一の魂だという証拠はないし、それは秘密にしろとエラ様が、」

 カト「ああ?証拠あるだろ?血の呪いが効いただろ?」

 騎士4「じゃなくて、その名前を振りかざすのはケイトのためにならないって、いつも言ってるじゃないか!」

 カト「いやいやいや、あたしがネクロフィリアだと宣伝する事がこの国を守ることになる。恐ろしくてローデシアには指一本触れられないよ。だから、あたしを崇め奉れよ。あたしを『新女王』として讃え敬いな。そうすればこの国は安泰だ。」

 みんな呆れた。私も黙っていられないので柱の角から出た。

 「ねえそれ本気で言ってるの?」

 騎士1「ああ、エラ様。よかった来てくれて。」

 カト「ち、エラ様だって?こっちの方がずっと年上だっつーの。ずいぶん尊敬されてんだねえ。」

 「待って。カトリーヌは女王になりたいの?」

 カト「いやあ、あたしがネクロフィリアの生まれ変わりだとか噂になっててうるさいから女王ぐらいになれば釣り合うんじゃないの?少なくとも批判は止むだろ。」

 「生まれ変わりというのはハッタリだったよね?」

 「いいんだよ。どっちでも。」

 正しくはフィリアはカトリーヌの同一個性の並行個体で、さらにカトリーヌが昔放った分体と融合しているという事のはずだけど。

 カト「生まれ変わりの方が分かりやすいだろ?」

 カトリーヌは自分を大きく見せようとしている?前はそんなに地位欲のある人じゃなかったのに。

 カトリーヌは私の思いを読んで「へっ」と嗤った。

 やっぱりネクロフィリアみたいに栄華におぼれたくなっちゃったのか。本体の自分の方が分身に影響されてんじゃん。後頭部には黒い雲が見えるし。

 カト「は?え?今何思った?」

 「ああ?栄華に溺れたくなっちゃった?」

 カト「その後、何が見えるって?」

 「しつこいなあ。後頭部に雲がかかってるよ。う〜ん、よく見たらツノあるわ。雲に角が生えてる。」

 カトリーヌが静止した。無表情のまま停止している。

 しばらくして目を閉じた。そして悔しそう舌打ちしてから言った。

 「ち、みんなごめん。魔王を倒すと魔王の霊が憑依してくるんだよ。今の偉そうなのは魔王だ。」

 「いつも偉そうだよ。」

 騎士4「そうそうそう!」

 カト「まあね。フィリアと近い魂だから魔王とも性格は似てるんだけどね。上級魔族は魔王の霊をたくさん載せてても平気なぐらいだし。」

 カトリーヌは眼を閉じて真剣に言い始めた。

 「しかしあたしには必要ない。呼んでいない。去りな。マルドーク。あたしは女王の器じゃない。」

 カトリーヌの後頭部の雲は膨れてあの時の魔王の形になった。

 『いいや、お前には資格も実力もある。私はそれを手助けできる。普通みんな、魔王を倒して黒魔法の魔力を手に入れるのだ。お前に私の魔力を授けよう。』

 カト「いらん。そんなこと言ってあたしの心と体を乗っ取る気だろ?お前の野心に興味はない。あたしの願いは、心の平和と世界の平和。あたしはそのために戦う。戦い続けるどこまでも。女王になんて絶対にならない。」

 言った途端、魔王がザッと消えた。カトリーヌは一瞬痛そうな顔をした。

 カト「ふう。剥がれた。油断したわ。フィリアも刃向かう魔王を倒すたびに憑依されてどんどん影響されたんだった。魔王の霊に勝つには、正しい事のために生きるという決意が要る。みんな、ごめん。今度女王になるとか言い出したら斬ってね。」

 騎士たちは答えなかった。答えられなかった。

 「しょうがないなあ、じゃあその時は私が斬るよ。」

 カト「お願いね。あとみんな、やっぱりケイトって呼んで。」

 騎士たちは安堵したように静かに少し笑った。

 

 数日後、学園寮

 エリザの豪華な部屋で紅茶を頂く。

 大砲の試射の時の王子との仲睦まじさ。羨ましい限りだが、王宮はクリスワード第一王子と公爵令嬢エリザベート・スミソミリアンの正式な婚約を発表した。もう婚約者候補ではない。

 祝福を言おうかと思ったら、すでに散々聞き飽きたのか、言葉を遮るように「最近カトリーヌ様が大人しいのよね。何かあったの?」と言うので経緯を説明した。

 エリザ「怖いお話ですね。」

 「大体さあ、魔王に銃弾撃ち込んだのは私なんだから私に来てもいいのにね?でも苦労して私を探し出して銃を持たせて送ってくれたのはカトリーヌの分身だし、致命的な呪いをかけたカトリーヌに来るのは当然かな?エリザには絶対来ないよね?この前、聖魔法レベルで三百行ったって?」

 エリザ「え?・・うんまあ。数字ばっかりで役立たずだったけど。」

 「そんな事ないよ。ホワイトホール作ってくれたでしょ?あれが無きゃ帰ってこれないんだから。でもいいよねー。私の聖魔法なんてポーラが誰かを呼ぶだけだから、自分がやった感がないって言うか、まあ、やりましたっていう自信が出ないもんだから、前はいつもエリザの手柄にして貰っちゃったよねー。ってああ、聖魔法では『自分でやった』って思っちゃいけないんだよね。神様がやったと思わないと我が出て来ちゃって危ないんだよね?」

 エリザは頬に手を当てて私の顔や頭を見ている。

 「エリザなんかリアクション悪いね。なに?怪訝そうにしちゃって?」

 エリザ「ねえ、なんか、いつになくよく喋るけどさあ・・・」

 「ああ、そっかあ、おめでとうー。王子と正式な婚約が発表できてー。私も嬉しいわー。」

 エリザ「うん。ありがとう。あの・・・そうじゃなくてね、」

 「え?私なんか変なこと言った?でも、私も王子好きだったけど、私じゃ釣り合わないからどんなに好きでも駄目だよねー。あっちはどう思ってるか知らないけどさー。大丈夫!私、前ほど王子好きじゃないから。どんどんいちゃついちゃって!あはは!」

 エリザがうつむいた。

 ミシェル「エラ様」

 ミラ「エラ様」

 「えっ?」

 失言?何つった?王子が好き?ええ?私何言ってんだ?婚約決まった人に私じゃどうとか?あれ?そんなわけない。そんなに気にしてないはず?だって王子が好きなのは一回目のガブリエラであって、今は好きじゃない。気安い関係ではあるが、むしろたまにする真剣な顔が怖い。処刑しようとした時の冷たい剣を思い出す。

 何でそんなこと言った?とにかくフォローしないとまずい。

 「あのね、そうじゃなくって今は好きじゃないって事が言いたくてね、」

 エリザはうつむいたまま言う。

 「・・・エラ様も王子が好きだったのよね。王子もそうじゃないかと思ってたの。」

 「待って待って、違う。」

 エリザはうつむいたまま黙った。

 沈黙が怖いが、適切な言葉が浮かばない。

 ヤバい。言い過ぎた。いつもはこんなに軽薄に喋る私じゃないのに。

 前はしばしば王子が私の肩を抱いた。エリザの前で。エリザは見ていない事が多かったが、この人は後ろで剣を振っても霊眼で視えていてよける人だ。

 王子・・・やめろって言ったのに。エリザを妬かせるためだったのか?いや、十四歳で松島アヤの記憶を取り戻す前は、自分から王子に飛びついていた気がする。小さい時の延長とはいえ、私もやりすぎだ。

 でもはっきりした。エリザは私に引け目を感じている。王子が私を愛していると思っている。

 でもそれはない。だって、それなら私にだって『婚約者候補』みたいな話が父上とか周りから出るだろう。全然ないぞ。相当小さい頃、王子が「妹だと思っている」と言った気もする。それならハグだって保護者的、家族的な行動であって、「好き」ではないよ。昔の私なんて魔法オタクのクソガキだぞ?

 いやでも、一回目のガブリエラは王子のために命を張って戦っていたから、一体化している今、エリザに嫉妬がないとは言い切れない。綺麗だし、王子の婚約者になったし、一回目の私が使えなかった聖魔法の使い手、聖女としてみんなに慕われる存在。完璧な女。

 でもそれは当然そうなるべき人だし、エリザを聖女にしようと私も努力したわけだし、不満はない。

 おかしい。一体化しているガブリエラだって今までこんな事言ってこなかったし、望んでもいないだろう。

 憑依か。

 「ミラ?鏡ある?」

 「お嬢様、今そういう時じゃないでしょ?」

 「いいから!」

 ミラはため息混じりに自分の携帯している小さい手鏡を手渡した。

 自分を霊的に視た。ツノが生えている。頭に大きな黒光りする角が生えてる。見覚えのある角。

 はあ。ガッカリした。マルドークのやつ、私に入った。

 「エリザごめん!軽薄だった!そんなこと言いたかったんじゃないの!別に王子は好きじゃない!むしろ怖い!私、これからもエリザの友達でいたい!だから!」

 エリザが、バッと両手を合わせてギュッと眼をつぶった。

 その瞬間、背中の皮がバリッと剥がれたような衝撃があった。同時にぶるると震えがきた。カトリーヌが言った『剥がれた』というやつだ。自然とため息が出た。

 「調子のいいひと」

 エリザがうつむいたまま言った。

 「あなたはいつもそう。クールに周りを無視してみんなやっつけちゃうの。カルビン領の時だって色々な治療して、全部私がやったことにして、私は聖女扱いがひどくなって、」

 エリザはわなわな震えて言った。

 「私辛かった!」

 「ごめんなさい!エリザごめん!ごめ〜ん!」

 メイド二人も今までにないエリザに青くなって恐れおののいた。

 エリザ「私そんな嘘までついて聖女になんてなりたくなかった!婚約者だってなりたくなかった!エラがなればいいのよ!」

 ミシェル「エリザ様・・・」

 エリザ「王子は昔からエラが好きなの!私だって王子の幼馴染だから知ってる!魔法の勉強で引きこもりがちのエラが学園で貴族の中に放り込まれて固くなってるのを王子が本気でいたわってたの知ってるの!王子のお気に入りだって示して守ってるの知ってた!どうせ私と王子は義務でしかないもの!」

 「だって私のは保護者的な・・・」

 黙った。同い年で王子の幼馴染なのは同じだ。

 「・・・王子はエリザの方が好きだってば。分かるでしょ?」

 「私、王子の心は読まないようにしているの。どうせエラの方が好きなんだから!」

 何とも言いようがない。

 エリザはうつむいたまま打ち震えている。どうしよう。

 「・・・そこは読もうよ。」

 エリザ「私聖女辞める!婚約解消してエルニーダの修道院に入る。エラが婚約しなよ!プリンセスになってやりたい放題やれば!」

 「エリザ待って。そんなこと言わないで。それに王子の気持ちわかんないんでしょ?まずいよ。」

 エリザは泣きながらいつになく激しい声でまくし立てた

 「知らない!王子も王宮もどうなったって知らない!みんな滅びたって知らない!エラのせいよ!エラが独りでみんな救ってあげればいいのよ!そうなりたいんでしょ!いつも私の上に立って!エラみたいな人、大っ嫌い!」

 私の目が涙ぐんでくる。

 でも、言ったエリザはもっと涙を流している。

 でもおかしいな。洗礼の後はエリザは、私より治癒魔法は上手くなったはずだし、各地に教会を建てるための結界創りをしていたはず。その仕事は天使たちがたくさん降りてくる仕事だし、エリザも神々しく輝いていて私なんかが出る幕じゃ無かった。あれこそ聖女の仕事。聖女を辞めるなんてエリザらしくない。

 「ねえ、エリザは人助けが大好きな、生きた天使のような人よ。修道院に引っ込むなんてありえない。エリザは本物の聖女よ。言葉にするの恥ずかしいけど、私エリザを尊敬している。」

 沈黙した。

 長かった。

 エリザは「うふうふ」と嗚咽し「わーん」と子供のように泣き伏した。

 視えた。やっと視えた。その頭に黒い角が生えている。もー。マルドークめ。エリザのようないい人を追い詰めやがって、本当に悪いやつだな。わずかな嫉妬心を増幅させやがって。許さん。

 エリザは泣きながら私を見て必死な声で言う。

 「違うの!ごめんエラ!私『エラより私に来なさい』って言ったの!私なら押さえ込んで封印できると思ったの!駄目だった!止められなかったの!エラを傷つけるような事たくさん言ったのに・・ううう、ごめん、ごめんなさい・・・」

 「引き受けてくれたの?」

 「駄目だった・・・私エラに嫉妬していたの!だから駄目だった!」

 「エリザ、私も心の底でエリザに嫉妬していたの。私もうエリザに嫉妬しない。どこまでも聖い尊いところまで行ってほしい。私それを助けるから。」

 「私もエラに嫉妬しない。エラのように戦う!エラの言うように聖女として神の導く道を生きてゆく!」

 エリザが宣言すると、バリッとマルドークが離れた。

 マルドークが言う。

 『全くどいつもこいつも『魔王を倒したらその魔力を得て黒魔法の使い手になる』という決まりを無視するな。』

 「そんな決まりはない!お前こそ「まったく」だ。」

 『スーパーパワーが手に入るのに?』

 「その代わり心と肉体を取られるんだろ?」

 『すぐには取らんよ。でもそのぐらいの代償は必要だろう?』

 「ふざけんな!お前にはうんざりだよ!国に帰りな!」

 『『よりしろ』をよこせ。憑依できる肉体のことだ。それならアクサビオンまで帰れる。』

 「ふざけんな!そんなの用意するか!消えな!」

 『消えるものか。霊の命は無限。お前が言ったように、心と体を奪うまでは、お前たちに付きまとって話しかけ続けてやるさ。精神がイカレて、まともな心が無くなるまでな。周りの人間に憑依して囁いてもいい。信仰が無いような騎士や魔導士に憑依するのは何の困難もない。その後はお前たちの肉体を支配して好きなように使わせてもらう。』

 エリザが立ち上がった。そして「ふうう」と息を吹き出し、すっきりした顔で祈った。

 「神よ。エルよ。降魔の光を与えたまえ。降魔の力を与えたまえ。」

 マル『やめろ!やめろ!』

 エリザ「神よ!光を!」

 エリザが右手を上に挙げると、上から強力な光が差した。

 マル『やめろおおおお!』

 マルドークは光の中に溶けるように消えた。

 白い霊が数人周りに来た。

 よく視ると、剣を腰に下げ、白い服の上に簡単な鎧を着けた天使たちだった。

 中心の天使が言う。よく来るエリザ似の銀髪くせ毛の女性。今日はポニーテイル。

 『彼は地獄に落とし封印した。召喚したりしなければ上がっては来ない。たとえまた来たとしても、我らとの力の差を思い知ったから、今までのように堂々と近づいて来ることはない。魔は神に勝てないことを思い知ったはずだ。』

 「天使よ。ありがとう。」

 『エリザよ、お前は聖魔法レベルとやらが高くなったと思って慢心し油断した。所詮、人間の力など霊人の十分の一も無いと知れ。』

 エリザ「すみませんでした。」

 エリザに似ているから優しいのかと思ったら、結構厳しい。

 『エリザよ、民に神の愛を教えなさい。懺悔を教えなさい。魔法に頼らない神の教えを知らしめ、世の中を良く導きなさい。』

 エリザ「はい。」

 『エラよ。』

 「は、ハイ!」

 『いつもエリザを助けてくれてありがとう。また魔が来たら我らを呼びなさい。祓ってあげよう。』

 「あれ?優しい。エリザに厳しいのは何でですか?」

 『私はエリザの守護霊です。自分に厳しく、人に優しく。これは天使の基本です。』

 天使たちは天に帰って行った。



 白いパジャマで自分が浮いている。夢だ。

 周りは花畑。

 エリザが座って花を摘んでいる。笑顔を浮かべて楽しそう。

 エリザ「私、あなたほど王子が好きじゃないのよ。肩を抱かれても赤くならないし、ドキドキもしないもの。あなたは嬉しそうだし、王子だって楽しそう。心が読めるから分かるのよ。あなたと王子が結婚すればいいんだわ。そうすれば私は聖女の仕事だけして生きていけるもの。」

 エリザは楽しそうに花を摘んでいる。

 ハッと目が覚めた。しばし唖然。

 気を取り直し、今日の予定を振り返る。日曜日だったことに気づいた。一度、脱力する。

 

 休日でも早起きし、着替えて寮の裏庭で木剣を振る。剣に魔力を込める。

 『面打ち落とし面』からの突き。百回。朝のルーティンの一つ。剣先が同じ所を過ぎるように集中する。

 ここに来て、もうすぐ三年が過ぎ、四年目になろうとしている。素振りも三年。

 もうすぐ魔法学園も研究部一年生になる。日本で言う大学一年生だ。

 まだ早朝なのにアスカ様とメイドのジェーニャが、この裏庭に来た。木剣を下げて挨拶する。

 「おはようございますアスカ様。今日はお早いですね。」

 「おはようございますエラ様。夢を見ました。」

 「あら、どのような?」

 「あなたとエリザ様が、お互いにクリス王子を譲り合っている夢です。」

 「え、私も似たような夢を見ました。」

 「エラ様に何かお心当りは?」

 「う〜ん。」

 多分あれだ。マルドークの奴が憑依して私が放った言葉。あれが相当に後を引いている。

 『私も王子好きだったけど、私じゃ釣り合わないからどんなに好きでも駄目だよねー。あっちはどう思ってるか知らないけどさー。大丈夫!私、前ほど王子好きじゃないから。どんどんいちゃついちゃって!あはは!』

 「あああああ!」

 アスカ「わう!急に叫ばないで!どうなさったの!」

 「ごめんなさい。思い出すのも恥ずかしくて可哀想な失言をしてしまったの。エリザの前で「王子が好き」とか言っちゃったの。」

 アスカ「はああ。でも王子が嫌いな女子なんているのかしら?」

 「ええ?アスカ様優しいぃ。」

 アスカ様が微笑んだ。

 アスカ「・・・今日わざわざ来たのはですね、このままじゃ、エラ様は前世と同じになるかもって事です。」

 「え?」

 「何か、大きな戦いの後、あなた王子たちに殺される。」

 「う〜ん、悪いけど、それは無いんじゃないかな?今回は前回より仲は良いもの。」

 「仲じゃなくて、政治的に都合が悪くなる。聖女を切るのか、魔女を切るのか。」

 「ああ、でも処刑まで行くのかなあ?」

 「王族、特に第二王子が許さない。」

 「ああ、納得。」

 ファルは前世では居なかった人だ。前回はエリザが命と引き換えに聖魔法剣でぶった斬ったらしい。

 それにエリザは控えめだから、身を引きたがる。前回は、キャルが王子を籠絡してグイグイ上り詰めた時、黙って身を引いてノースファリアに行ったぐらいだ。

 今回も、もう婚約者なのに、まだ私に遠慮してクリスとの結婚を譲ろう的な発言があった。あれはマルドークが言わせた事だが、心の中にないものは悪魔も言わせることはできない。私の失言もそうだ。前世はクリスに惚れ倒していたのだから。

 でも、王族として、聖女を遠ざけて魔女と結婚は有り得ない。それは許されざる事だ。

 「さすがアスカ様。洞察力がすごいわ。」

 「いいえ、単なる未来予知です。」

 「やだ、そっちの方が怖いよ。」

 「大丈夫。まだ変えられる未来です。よくお考えになって下さいね。」

 「うん。ありがとうアスカ様。今度何かお礼するね。」

 「いいえ・・・ああ、エラ様、では、よかったら少しお願いがあるんですが。」

 「はい。何でしょう?」

 「エリザ様が『聖歌』の歌集が必要だとおっしゃるので、急ぎで取り寄せたのですが。」

 一冊の小冊子をアスカ様はカバンから出した。

 「わたくし、今日は王都の中央教会で儀礼式典のお手伝いをしないといけませんし、明日からは感謝祭でエルニーダに帰って一週間帰れません。どうかエリザ様に渡してほしいのです。」

 「いいっすよ。」

 「エリザ様も北のベーネの町で新しく教会を建てるために一週間居ませんが?」

 「ベーネって、ああ、ヨース河の船着場のところね?ちゃちゃっと行ってくるよ。」

 「ごめんなさいね。馬車代は出しますから。」

 「いいっすよ。飛行魔法なら十五分も飛べば着くし。急ぎなんでしょ?」

 「ええ、ありがとう。」

 アスカ様は可愛くもじもじしてから去ろうとした。

 ふと思い出した。

 「ねえ、アスカ様には第二王子ってどう見えてるの?」

 「・・・」

 表情が無くなった。

 「・・・アスカ様?」

 二人とも何の応答もなく行ってしまった。

 

 飛んでいると平原に大きな河が見えてきた。川幅一キロ。

 全長十メートルの帆船がこちらの船着場に係留され、同じ型の帆船が北岸に向かっているのが見える。

 船着場の近くに二階建てや三階建ての建物が並んでいる。

 古い教会がある。霊眼で見ると太陽のように輝いていて、天高くまで光の柱が立っている。そこを数名の天使が昇り降りしているのが見える。凄い光景だ。

 上を見ながらその近くに降りた。

 私に気づいた白い服の人が来た。たぶん修道女。髪は白い頭巾で覆っている。顔は三十代かな。

 「騎士の方?あなたも天使が見えるのですね?」

 「え?あ、はい。」

 「私はクレア・サルコウです。教会魔術師をしています。」

 「ガブリエラ・アクセルです。」

 「まあ、エラ様ですね?聖女様と親しくされている方ですよね?」

 「ええ、まあ。」

 「先日聖女様が来てくださったので、教会も創建当時のように光に満たされて、あのように天使たちがまた来てくださって仕事をしてくださっているのです。」

 「新しい教会を建てるんですよね?」

 「ええ、下町の方に。聖女様は、そこの浄化を考えているようです。」

 「下町って、ええと」

 「貧民街ですよ。」

 「ええ?やっぱりこの国にもあるんだ。」

 「ふふふ。貴方も貴族令嬢なのですね。ベーネの街は平民の街ではありますが貴族も住んでいますし、やはり身分の差がある彼らが同じ教会に通うのは難しいので、聖女様は向こうに教会を建てようとされています。」

 「『神の子平等』とか言うんじゃ無いの?」

 「さすが聖女様と親しくされている方ですね。でも貧民街は戦後すぐの頃と比べれば少なくなった方ですって。整備された街では路上で生活すると浮浪罪で逮捕されてしまいますからね。でも風雨を避けるために街ともつかない場所に小屋を建てて住んでいる人たちは大勢います。街の老人は「餓死しないだけマシだ」って言ってます。」

 そうだ。ここは日本ではない。貧困と言ってもレベルが違うんだ。

 「私はここの生まれですからよく知っているのですが、領主様のご意向で、彼らにも一日二回食事が提供されますので、餓死する人はいません。ベーネは船着場ですから人の出入りが激しくて、各地から職を求めてきた人もいれば、犯罪を犯して逃れてきた人もいます。彼らは、しばらくここに居て、いろいろ準備が整ったら他の土地に行くようです。」

 「治安は大丈夫なの?」

 「盗賊や泥棒は多いです。でもベーネの街は見知らぬ旅人相手の商業が主産業ですから、みんな慣れていますから対策は充分です。夜間は州の騎士団が警戒していますので出歩いていると逮捕されます。それでも夜は誘拐されたり殺されたりすることは珍しく無いです。」

 「ひどくない?」

 「なにぶん、生活の手段のない貧しい人たちですから、騙されて悪い道に入ってゆく人は多いでしょう。領主様もそれで炊き出しを始めたのだと思います。以前はこの街にギルドの出張所もあって職探しは出来たのですが、ローデシアの魔物は戦後根絶されてしまったのでギルドの仕事も減って出張所は無くなりました。今ここに来て職探しをするような人たちはそんなに魔力がある人ではありませんし、地方で仕事がなくて王都に行けば仕事があるかもしれないと思っているような人たちです。中には働けずに長くここにいる人たちもいますし、宿代がなくて貧民街に行く人も多いです。捨て子や孤児もたくさんいます。私も孤児院の出です。」

 「エリザはそこで何をしているの?」

 「教会を建てるなら信者が必要ですから貧民街で福音を伝えています。」

 「う〜ん、それ出来そうなの?」

 「まあ、でもお若いですから。」

 「あああ、エリザは甘いと?」

 「いえ、でも聖女様の聖魔法で癒されたり、心が浄化された人たちはお話を聞いたり手伝ってくれたりしていますよ。」

  

 町から二十分程度歩くと、平原にゴミの山が出来ている。

 近づくと荷馬車が集まっているのが分かる。そこにはゴミが満載されている。

 そこに男女が集まってゴミを下ろして持ってゆく。

 汚れた家具に、壊れた武具。古い服。建築廃材。

 クレア「大体は王都から業者が集めてきたゴミです。」

 歩きながら話す。

 「ゴミの分別ね。お金になるのかなあ。」

 「彼らから買い取る業者がまたいます。業者やその家族がベーネの街の住人の半数です。貧しい人たちは、このゴミ捨て場の向こうに廃材で小屋を建てて住んでいます。」

 「でも、大変だよね。」

 「食べ残しや糞尿がないだけマシですよ。王都は古い時代から下水道が整備されていますし、餌や肥料になるものは王都の業者が農家に回していますからね。でもたまに死体が紛れてる事もありますよ。」

 「げえ」

 「そういう時は騎士を呼んで記録してもらって簡単なお葬式をして埋葬しますけどね。でも貧しいのは悲しい事で墓荒らしもいますから騎士の方々が三十ヤルデルも離れた隣町の墓地に埋葬するんですよ。」

 「よく知ってるのね。」

 「十二歳で貧民街を出てお金のために色々なところに連れて行かれました。今行った仕事は全部したことがあります。今はいい身分ですから、神様に感謝です。」

 「そうね。苦労してるのね。」

 町の惨状と苦労話を、感情を交えず淡々と語るクレア。

 こういう時リアクションは薄めにしている。「かわいそうね」とか「お気の毒に」とか言うと「失礼だ」と思う人がいるから。

 エリザなら、きっと苦労話をすると一緒に泣いてくれる。霊能的に痛みを感じ取ってくれる。それだけで充分だったりする。

 でも同じ霊能者でも共感力がない私は泣けない。そこはキャルも私も同じだ。

 慰めや励ましが必要な段階を過ぎ、自立した人間には過去に関する他人の同情など邪魔なだけだったりする。所詮はその人ではないから完全理解は難しい。

 人間一人一人が、その人にとって耐え難い経験は誰もがしている。だからと言って「分かるー!私も苦労してるの!」と不幸比べ、不幸自慢が始まるのも、なんだか浅ましい。

 「分かるような気がします」ぐらいが妥当かも知れない。

 クレアが「いい身分」と言うが、自分こそいい身分であるし、それが言いたいのかも知れない。

 毎日学校に通い、剣術や魔術の勉強や練習ができるのも父上の恵まれた地位があってのこと。逆に同じ立場にないからこそ感謝できる事もある。

 

 さらに十分歩くと、廃材で作った色々な色の小屋が道の横に点在するようになってきた。

 そこから下り坂になり、下に百件ほどの小屋が見えた。

 その真ん中に幅1メートルほどの水路と言うか『ドブ』があって、坂の上まで異臭がした。

 クレア「臭いけど私には懐かしい場所です。ああ、あの排水路は領主さまが作って下さったんですよ。井戸もあるし、水は流れています。」

 広場でクレアのような服装の女性二人が話しているのが見えた。

 十数名が地面に座って話を聞いている。

 風に乗って僅かに声が聞こえてくる。

 「神は愛です。あなた方は心清くありなさい。貧しくても心清くありなさい。心清きものは神を見る。心清きものは神の愛を感じることができるでしょう。神の愛は心の清きところに流れ込むのです。神があなた方を見ていると信じなさい。神はあなたを愛している。あなたも神を愛しなさい。神を愛する証明として他の人を愛しなさい。」

 「ああ、エリザの声だ。イエス様みたい。」

 クレア「イエス様って誰ですか?」

 「ああ、ええっとあのねえ、」

 その時、何か嫌なざわっとした感じがした。

 小屋の並ぶ集落を見渡した。

 屋根に男が登っている。長い棒を持っている。片側を口に咥えて、先をエリザに向けている。

 吹き矢だ。エリザまで二十メートル。届くかは疑問だが、魔力がある場合は別だ。まずい。

 飛ぼうとした時、男女が屋根の男に声をかけたのが見えた。

 女性がナイフをチラつかせている。あの人は騎士団のジェーンだ。あれはナイフというより手裏剣だ。もう一人の男はジョンだ。屋根の男は慌てて降りて逃げて行った。

 向こうの通りの小屋の影から、長さ一メートル程度の弓を構えた男がエリザを狙っている。

 エリザは話しながらさりげなくそちらに手を向けた。

 手から光が出て男に当たった。それは霊的な光らしく、話を聞いている人たちは気づいていない。

 弓の男は弓を置いて歩いて居なくなった。

 男のところに瞬間移動する!

 その男はすでに誰かに取り押さえられていた。

 「あれ?」

 取り押さえている男が下の男の手首に縄をかけながら横目で私を見た。

 「ああエラ様。」

 「騎士団のジョシュアだっけ?」

 「はい。王子の命でエリザ様を警護しています。」

 「でもなんでこんなにあからさまに命を狙われているの?」

 「今日は特に多いです。裏社会で懸賞金が出たのではないでしょうか。」

 「そんな事あり得るの?」

 「先日は誘拐をそそのかす文書も見つかっています。ここの連中ならやる奴もいるでしょう。」

 「嫌な話ねえ。懸賞金はどこから出るの?」

 「マフィアを使っている貴族もたくさんいますからね。盗品買取、殺人請負。こいつらを使おうというマフィア連中は多いです。でもこいつらを調べてもバックの貴族まではたどり着けませんがね。」

 「う〜ん、エリザも考えないといけないよね。」

 見るとクレアはいつの間にかエリザの横にいる。

 嫌な殺気がして坂の上を見た。

 屈強そうな男達が十人、牛刀を担いで降りてくる。

 ジョシュアは弓矢の男を縛り上げて立ち上がった。

 「まずい。」

 その時、集落の上で数十本の弓矢が、弧を描いて広場に落ちてくるのが見えた。

 「風魔法!」

 ジョシュア「大丈夫。クレアがいる。」

 クレアは片手を上に上げた。

 弓矢は軌道を変えて全てが地面に刺さった。

 エリザの話を聞いていた人たちは、悲鳴をあげ、たじろいだ。

 牛刀の男たちが歩いてくる。

 クレアは両手を合わせその指を複雑に組んで呪文を唱えた。

 「魔法神モーリーンよ。大地の精霊よ。その力を我に下し道を開きたまえ。刃の金属よ。その手を離せ。」

 男たちの持っていた牛刀がバキバキと全部折れた。

 男「くっそ!」

 男たちは短剣やナイフを抜くが、それも全部折れた。

 「すごいなクレアって。」

 ジェーンが横にいた。

 「もう三十五歳だから学園には通う気はないらしいけど、もっと早く才能が見つけられたらよかったのにって話してたのよ。」

 話しながら歩いて行って男たちの前に立ちはだかる私と騎士団三人。

 その時、男たちの後ろの坂の上空に直径十メートルの魔法陣が現れた。

 五人の男がそこからゆっくり降りてきて着地した。

 両端は白いマントの王宮魔導士。真ん中はクリス。その両脇はクラレンスにアルノーだ。

 クラレンスが顎でクイっと合図した。

 両側の王宮魔導士が両手を前にかざした。

 クリス「王宮魔法・『威圧』」

 クリスが指を差すと暴漢たちは上から圧力がかかったように地面に押し付けられてベッタリと倒れて動けなくなった。集落のあちこちでそのようになった男女が居るのが見えた。

 クリスたちがこっちに来た。

 シスター姿のエリザが言う。

 「もう。このような危険な所に来られては困ります。」

 クリス「私が我が国のどこに行こうとも、誰も咎めることはできない。」

 エリザ「危険です。」

 クリス「エリザもな。お前に百万リーデの懸賞金をかけた者がいる。私も懸賞金をかけた者と暗殺の企てをした者・する者に百万リーデの懸賞金をかけたところだ。もうここには来るな。」

 エリザ「いいえ、私はここに来なければなりません。彼らの魂は苦しんでいます。彼らを救えなくて、国を救う聖女になれるでしょうか?」

 クリス「うん。では王子として彼らを救うには、まず環境整備をしよう。」

 エリザ「ん?」

 クリス「衣食住が満たされなければ心の平安まで考えることはできまい。私にできるのは政治的解決だ。ベーネの街とその周辺地域を我が直轄領とし住民の生活レベルを引き上げることを約束しよう。いいな?クラレンス。」

 「はあ、いえ、はい。仰せのままに。」

 エリザ「でも、そんな事で彼らは納得するのでしょうか?形だけの解決ではないでしょうか?」

 クリス「そうかも知れない。でも逆に宗教だけでは、それは『勇気づけ』だけで終わるかも知れない。貧困は政治と宗教の両方で解決するものだと思う。ここがうまく行ったらローデシア全土の貧民街救済を父王に進言してみる。」

 アルノーが冷静に言った。

 「でも彼らの多くは泥棒や人さらいと殺人者ですよ。」

 クリス「いいや、教育は人を変える。ローデシア陸軍の幹部は昔は父王が討伐した盗賊集団だったぐらいだ。王族たる者、どのような人物も適材適所で使えなくてはならないと思う。」

 エリザ「でも、これは横槍です。」

 クリス「まあ、そう言うな。俺にも何かさせてくれ。要するにベーネの教会で貧民街の彼らも一緒に信仰できればいいのだろ?」

 エリザ「まあそうですけど。」

 クリスは笑った。

 アルノーが倒れている男に顔を近づけて言った。

 「お前たちはしばらく動けない。聖女様は第一王子の婚約者だ。手を出したら命はないぞ。お前の上の者どもに伝えよ。」

 クリス「では行こう。」

 歩き始めるクリスをクラレンスたちは追う。

 不満げに動かないエリザをみんなで促した。

 エリザ「皆様ごめんなさい。また必ず来ます。」

 座っていた聴衆が顔を上げた。

 クレア「私は頻繁に来れるからね。町の教会にみんなも来て。信者同士平等だという教えもあるんだし。」

 聴衆たちは少し笑顔になった。

 みんな坂を登る。

 エリザが珍しく愚痴を言った。

 「王子はいつもああなの。私の言うことになんでも同調してくれるけど、ことが大きくなっちゃうの。婚約だって私を守るためだって王子は言うの。」

 クリスが振り返りながら言う。

 「あれえ?小さい時結婚してくれるって言ってたじゃん?」

 エリザ「小さい時はみんなそう言うんです!そういうものです。」

 クリス「ええ?なんだよー、寂しいこと言うなあ。」

 「ノロケに聞こえますけど?」

 エリザはむくれた。そしてため息をついて聞いてきた。

 「はあ、で?エラ様は?なんで来たの?」

 「なんで?なんでじゃないよ。コレ。聖歌の本だって。アスカ様からだよ。」

 「あ!ありがとう。」

 手を出してきた。なんだか虫が良い。冊子で頭をポンと叩いてから渡した。

 エリザ「え?なんではたくの?」

 「王子に冷たいのはなんで?」

 クリスがまた振り返った。

 エリザはまたむくれた。

 「エラのバカ。」

 沈黙した。何か言いたいような、何も言いたくないような嫌な焦燥感が残る。

 クレアがクスッと笑ってから言った。

 「仲がいいのね。」

 クレアの言葉の真意も分からない。嫌味なのか、単に仲が良く見えたか、沈黙を埋めようとしたのか。

 

 

 あれから一週間。ニッケルが退学した。

 エリザと私たちとでニッケルのために処分免除を学校に嘆願したが、駄目だった。

 ニッケルは「親と学費の問題だから無理だよ」と言ってから感謝の言葉を残して学園寮を去った。

 その後、明らかになった経緯は思ったより大きかった。

 原因の一つは二度目の『聖女襲撃事件』だった。どちらもエルニソン領での事件であり、ニッケルの父エルニソン公爵は『反逆罪』を疑われ、爵位と領地を取り上げられた。

 またエルニソン領では教会の誘致があまり進んでいないとされた。『聖女による教会誘致』は王命であるので、それに非協力的である事は妨害と同じであるという事だった。でも他の領も古い教会のリニューアルぐらいで、大して教会誘致は進んでいない。

 公爵は「これは冤罪である。私は聖女様に懸賞金をかけた事はない。でっちあげだ」と主張したが通らなかった。さらにまた、『北の地に魔王がいた』という事実を「知らない」では許されなかったのもある。

 魔王という存在は防衛上の危険因子であり、その魔力レベルは千前後、戦略兵器のドラゴンと素手で戦っても勝つという。アクサビオンに棲む魔王は十人で、彼らの動向は常に各国が監視しているという話だった。

 でもそれぞれの責任は公爵のせいと言うには、証拠がなさすぎる。王子は「とりあえず公爵のせいにして終息宣言をしたい奴が居たのだろう」と言った。王子もそれ以上深入りできない様子で「これが政治さ」と、つまらなさげに呟いた。犯人を知っているのか?王子はそれ以上語らなかった。心を覗いても命懸けのように固く閉じていて何も読めなかった。

 北のエルニソン領は、公爵の弟のマーク・エルニソン侯爵が引き継いだ。

 侯爵は元々、兄よりも小さな領地で北方貿易と防衛の実務を仕切っていた人物なので、その経営能力は高く、その後のエルニソン領の運営も、国家的な物流や商業にも何の影響もなかったことが、恐ろしく、また悲しかった。

 

 朝。学園の王子の執務室に来た。元々空き部屋を勝手に占有して王子の政治的会議や事務作業に使っていたので、王子が卒業したらまた空き部屋になる予定。

 ドアを開けると暗い。身長二メートル越えの甲冑姿の大男が二人もいるせいだ。レスラーのようなムクムクの筋肉質の腕。振り向いたその男に横目で睨まれた。顔はどう見てもトカゲっぽいが、辛うじて人間。瞳が縦に閉じる眼なので魔龍族と分かってしまう。でもアンの瞳は印象がない。魔法で隠しているのだろう。

 クラレンス「エラ遅いぞ。この二人はウエシティン王国の王弟殿下の命令ではるばる来てくださった、ジェイ様とエグザ様だ。エリザの依頼の件だったね?」

 クリスたちは椅子に座っている。事務机が一つだけなのでそれぞれの座っている場所は適当。

 クリス「聞こうか。」

 エリザ「はい。」

 屈強そうな大男の一人が話し始めた。

 「肌が緑色っぽい私がジェイ。黒っぽいのがエグザです。」

 クリス「うん。」

 「谷を調べましたところ、工場からの排煙が山脈に当たることで冷やされ、ガラス繊維状の結晶として降り積もっていることが分かりました。それが、冬に強まる偏西風によって谷に集まり、貴国のカルビン領に噴き出しているようです。防塵マスクが無ければ危険な状態です。」

 メル「まあ、ひどい。」

 クリス「で、エラならどうする?」

 「どうして私に聞くんです?ここは賠償問題を話したり、問題提起されたエリザ様に聞くべきかと。」

 クリス「儀礼的にエリザに聞いても時間の無駄だろう。」

 何?そんな言い方はないだろ?いつもそういう態度だから婚約者のエリザが私に嫉妬するんだ。許さん。

 何か言おうとしたら、エリザがそれを遮るように言った。

 「ねえエラ様?王子の言う通りよ。こういう時、一番面白い意見を言ってくれるのはエラ様じゃない?私からもお願い。」

 窓からの逆光の中、微笑むエリザの口元が少し残念そうに見えた。

 申し訳ないのと、かわいそうなのとで、やるせなくなる。

 マルドークの野郎に変なことを言わされてからエリザとの関係に違和感がある。お互い意識している。

 エリザから念で言葉が来た。たった一言『仕事』と。

 厳密にはそんな仕事はしていない。役目とか任務とか義務とか、そう言いたいのだろう。

 「ふう・・・うん。ごめんね。ごめんなさい。私から意見を言わせてもらうなら、まず工場の排煙は清浄化してもらうべきですよね。煙をたくさんの布に通したり、冷たい水中に通したりすれば毒性物質は固形化して再利用できるかもしれません。」

 クリス「あっはっは!やはり興味深いな。」

 脳天気に笑うな。エリザとの事はお前のせいでもある。いや、元々王子がハッキリしないのがいけない。

 ジェイ「ガブリエラ様、戦後、工場がたくさん建設された頃には、排煙を長い管に通して冷却して清浄化するシステムがありました。しかし十年前の増産命令で『掃除に人員を取られて不経済である』とされてシステムが廃棄されました。再び清浄化システムをつけるには知事の通達があれば可能です。」

 クリス「谷はどういう状態だった?」

 ジェイ「ガラス繊維状のものが雪のように降り積もっています。谷も山も一面が白っぽい灰色です。」

 「それなら私が行ってファイヤーボールでひと舐めすれば良いかも。溶けて棘がなくなって肺の中に刺さらなくなれば毒性も下がるのではないですか?」

 ジェイ「おお」

 クラレンス「わははは!エラの意見はいいな!」

 クリス「フフフ。しかしファイヤーボールで済むなら騎士団を派遣すれば一ヶ月程度で済むだろう。」

 「いえ、そんな毒された山に一ヶ月もいたら肺病になってしまいます。私なら一日で済みますから。」

 エリザが言う。

 「それはエラ様にもご負担でしょう?」

 「いえ、上空の空気が澄んだところから一面焼き尽くせば済みますから。」

 ジェイ「おお、何とも頼もしい。」

 クリス「あっはっは。ウエシティン的に見てどうかね?」

 ジェイ「我々も山に踏み込むのは命懸けですから、もし簡単に片付けてくれるならお任せしたいです。」

 クリス「うん。決まりだな。エラ。」

 「はい。」

 クリス「で?エラから賠償という単語も出たが、見返りはあるのか?公害を止めるにはウエシティンの領土内まで浄化することになるだろう?」

 ジェイ「我々がこちらに移住して働きましょう。我々は蒸気機関の専門家です。図面ぐらい引けますので実物を作っていただければ使えるように仕上げて見せましょう。」

 アルノー「ほう!それは良い。」

 クリス「フフ。王弟殿下は何とおっしゃった?」

 ジェイ「王子には敵いませんな。『山の掃除の協力を引き出せ』との事でした。『あの谷の道が使えれば輸出入が数倍になる』と。」

 クリス「フフフ。王弟陛下らしいな。」

 「じゃあ、メル?いつがいい?」

 「え?それはもう早ければ早い方がいいわ。」

 「なら、準備が出来次第行くわ。」

 クリス「ざっとやってくれれば良い。後で王宮騎士団や陸軍が入って通れるようにする。」

 「りょうかーい。」

 ジェイとエグザは目配せをした。

 「ん?」

 二人はひざまづき胸に手を当てて頭を下げた。

 クリス「どうした?」

 黙っていたエグザが大声で話し始めた。

 「我らは!今は亡きラザーニア将軍のご令嬢、アンドレア様にお仕えしたく存じます!お願い致します!」

 みんなびっくりした。

 クリス「・・・しかし船でウエシティンに行った時、アンは民衆に尊敬されている感じだった。こういう人が来てもおかしくはないかもな。」

 エグザ「戦前、我らはラザーニア将軍付きの衛兵として将軍御一家に仕えていました!アンお嬢様が幼い時の遊び相手でもありました。将軍の命令で帰国し、軍の造船所で蒸気機関の技師として働いてまいりましたが、今も忠誠の気持ちは変わりませぬ!どうか!お許しいただきたい!」

 「戦前って、アンって幾つなの?見た目は三十前後よね?」

 メル「さあ。知らない。魔龍族って長生きだし、成長も遅いのよね。」

 クリス「二人とも殊勝な態度である。私も感動を覚える。私は蒸気機関の仕事さえ優先してくれれば個人的に普段どうしようと構わんが、アンはメルのメイドだぜ?どうする?」

 ジェイ「ええっ!アンドレア様がメイドですと?」

 メル「しょうがないじゃん。こっちには身寄りがいないんだから。」

 エグザ「おいたわしい。今は亡きラザーニア将軍の実子はアンドレア様お一人です。国に帰ればラザーニア家の当主の座につける方だというのに。」

 「あの人そんなに偉いの?」

 ジェイ「今の当主は将軍の養子ですから。それに将軍は現王陛下の従兄弟でもあります。アンドレア様は王位継承順位でも十位以内に入るはずです。」

 メル「でもさ、アンは固辞するんじゃないかな?召使が居るメイドなんて聞いたこともないし。アンに聞いてみよう。君たちも来て。午前の授業休むわ。」

 基本的にメイドに拒否権はない。メルが「やれ」と言えばやらざる得ない。でも希望を聞いてあげる。この辺がカルビン家の人身掌握術の片鱗なのかもしれない。

 

 学園寮のメルの部屋に来た。私もエグザたちと共について来た。単なる興味でついて来た。授業はいいのだ。

 出迎えたアンにメルが言う。

 「アン、二人を知ってるわね?また、昔のようにアンに仕えたいんだってさ。どうする?」

 アンは目を伏せたまま短く答えた。

 「承知しました。」

 「え、そんだけ?」

 思わず出た言葉に驚いて、思わず口を押さえた。

 アンは、余計な感想も、二人への言葉も一切述べなかった。無我?というかメイドの鑑。

 かっけえ。二人もアンの様子にシビレている。

 アン「でも、お嬢様、これは父上様や執事長に報告が必要な案件でございます。私の言葉では弱ございますのでお嬢様からもお願いできますか?」

 メル「父上の王都別邸まで行くのか。あーめんどくさい。午後も授業休むわ。」


 学園廊下を歩く。

 「二人は普通の食事で大丈夫?」

 ジェイ「ええ。はい。量は食べますが、我々は雑食ですので心配いりません。『人間を食べる』という噂は否定させていただきます。」

 メルと私の後ろにアン。三人の両脇に甲冑・二メートル越えの二人。

 廊下にいた生徒たちが思わず隅によける。

 「ちょっと威圧感がすごいわ。」

 メル「でも私は嫌いじゃないよ。こういうの。えへへ。」

 「でもその鎧って、石?」

 ジェイ「わが国特製の石鎧です。大小の硬い自然石を一旦軟化させて平たく成形し、端に小さく穴を開けてワイヤーで結びつけています。石は剣を通しづらく、魔力を宿らせやすいのです。」

 「クリス達にその技術も教えてもらえるとありがたいな。」

 メル「うちの工房に教えて。お父様の所有する工房でも色々作ってるのよ。ノースファリアは遠いし、クーデター疑惑もあったからうちでも作るようになったの。だから蒸気機関もうちが担当すると思うよ。」

 ここは二階。窓から庭に生徒が集まっているのが見える。

 その前に王宮騎士が十人。その手には長銃が握られている。

 「銃の授業?」

 メル「ああ使いやすい量産型の銃ができたのね。」

 「よく知ってるね。早くない?」

 「あれもうちの工房が開発に関わってるの。エラの『降魔の銃』は難しいけど、あれと並行して陸軍の装備として簡単なやつを作っていた。弾丸に魔力を込めて魔導槍の代わりに導入される予定だってさ。距離は十分の一も飛ばないけど。」

 バババーン!と銃声がして、三百メートル向こうの土手に置かれた大きな的に十コの大きな穴が空いた。

 メル「随時改良中だそうだよ。」

 エグザが上から言う。

 「あれは良いですな。我が国にも欲しい品です。」

 メル「完成したら輸出するつもりらしいよ。ローデシアにはもう魔物が出ないから。相当西方の山の中か、海上に出ないと魔物には会えないから、オシテバンの、命令を聞かない前線兵たちとの小競り合いぐらいにしか使えないってさ。一個中隊に一つある大砲も今は使わなくなって埃をかぶっているぐらいだったし。」

 「ええ?何で?」

 「壊されたらもったいないでしょ?」

 「ええ?大砲があるならこの前の魔王にも使えたじゃん?」

 「魔王はともかく、相手を殺しすぎたらその後の停戦交渉がしずらいんだって。前線の血の気の多いバカのせいでそんな大ごとにはしたくないんだってさ。長年の小競り合いの結果そういうルールになっているらしいよ。だからこの間の魔王騒ぎは全くの想定外だったんだって。」

 「変な関係ね。でもメル、よく知ってるよね。政治家みたいよ。」

 「武器を作ったり輸入したりしてるのもお父様の商社がやってるのよ。政治軍事の情報は早いの。」

 アルノーが来た。

 「エラ、王子が見せたいものがあるそうだ。昼に正門前まで来てくれ。」


 昼休み。学園玄関前。

 夕方になるといつも寮を使っていない貴族子息・令嬢たちのお迎え馬車が渋滞している所だ。花壇があって駅前ロータリーのような感じになっている。

 そこに馬車。その前には馬車より一回り大きな『メカメカしい』黒い鉄の塊。四つの大きな車輪がついていて、リアカーのようだが、何しろでかい。工事現場で見かけそうなゴツい外見。

 そのマシンをクリス王子が覗き込んでカールが説明している。

 王子が振り向いた。

 「おうエラ!車の試作品だ!どうだ?」

 「でかいですね。蒸気機関ですか?」

 「ハハッ、でかいとか言うな。我が国の技術の限界だ。一応は精製油で動いてる。馬ぐらいの性能はあるぞ。」

 「そうなんですねー。素晴らしいですねー。」

 「こらあ。人ごとみたいに。もっと喜べ。」

 「あはは!着々と技術が進んで。みんなが便利になると良いですね。」

 カールが王子を呼ぶ。「王子、これは発火装置の電源だそうです。」

 クリス「おっ?バッテリーというやつか?そんなに小さくなったのか!」

 見にゆく王子。子供のようにはしゃいでる。

 エリザが私を見た。

 「ねえ。どうしたの?本当に他人事みたいに、」

 「え?そんなに冷たく言ったかなあ。どうもしないよ。エリザこそどうしたの?なんか心配そう。」

 「・・・後でお話があるの。」

 王子が来て大声で言う。

 「乗れ乗れ!」

 馭者がクランクを差し込んで回すとバンバンと爆音がしてエンジンが動き出した。

 上の短い煙突からは黒煙が吹き出した。

 自動馬車に乗って街へ繰り出す。馭者は鉄の塊の上の椅子に座って数本のレバーを操作している。

 本当に馬車ぐらいのスピードだ。街の人たちが出てきてびっくりして凝視している。

 王子がハイテンションで何か言っているが、エンジン音が大きすぎて馬車の中なのに何を言ってるのか分からない。マフラーがない。族車かよ。後で言おう。とりあえず王子には笑顔を返しておく。

 でも、これでいい。武器と輸送力。これなら、もし何年か後に魔王軍侵攻があっても対抗できるだろう。そうすれば、私ばかりが戦って魔女と呼ばれて処刑される事も、もうない。私が居る必要も・・・

 エリザと目が合った。笑って誤魔化した。エリザは心を読む。


 雪の山脈。上空にいる。

 厚着してマントも着ている。

 一面の山地は白っぽい灰色。キラキラと太陽光を反射している。霊眼でよく視ると拡大されて針状の透明なものが積もっているのが分かる。木々も灰白色。動物の骸骨も埋もれている。

 溶かす程度で良い。蒸発させるとまた結晶化して厄介だろうし、爆発させると飛び散ってしまうから逆効果だ。

 鉄工屋をやっていたじいちゃんが火山噴火のニュースを見て「火山灰は千度で溶ける。ガラスなら千四百度だ」と言っていたと思う。その温度なら赤いファイヤーボールで充分だ。六千度の青いやつも作れるが、赤いやつで大きさだけ大きくしたほうがより魔力を消費しなくて済む。

 直径二十メートルの赤いファイヤーボールを出して、下にゆっくり下ろして地面の近くで燃え尽きさせる。

 防護魔法があるので自分は熱くない。熱せられた山の面が蜜をかけたようになって下の岩が見えた。木があるところは燃えてしまうので、すぐに水魔法で作った冷水をかけて消火する。上がってきた水蒸気は雲にして二回目以降は雨で消火する。自分のことながら器用だし、魔法って便利。

 上空を移動しながらファイヤーボールを動かして山を焼いてゆく。だんだん加減とコツをつかんで複数のファイヤーボールを動かし、火事になったところは雨で消火する、の繰り返し。

 お掃除感覚で三時間程度で終了した。

 谷に降りて、ゆっくり低空飛行し、防護魔法を切って呼吸してみる。まだ空気は熱いが、別にむせもしないし口や喉に違和感もない。成功だ。

 しかし地面がガラスに覆われているようで少々危険だ。降りて歩いたら、割れて滑って転びそうになった。でもガラスの需要は多いし、他の成分も含まれている事だろう。いい資源になるはずだ。

 心配はしない。

 そう、私はこの世界を去ることにした。

 ブラックメテオの向こうに日本があるとわかった以上、帰るのが自然だ。

 テリットさんとの約束?まあ、何か代わりに別のことをすれば許されるんじゃないかな?

 同化魔法というのを魔法書で学んだのを思い出した。カトリーヌの分身魔法の逆のやつ。一時的に二人の人間を一つの人間にする魔法。ここ数日で出来るようにした。二人の人間は個性が違うので長く同化していられないという欠点があるが、向こうの私・松島アヤとは個性はほぼ同じなので長く同化して居られるはず。こちらの事は語らずに生きていこう。それなら反作用も少なく生きて行けるはず。

 ホワイトホール魔法も練習して出来るようになった。向こうに着いたら行えば出られるはずだし、最悪向こうのカトリーヌに出してもらえば良い。その後、向こうの松島アヤと同化魔法を行う。三工程、魔法陣が三重に必要なぐらいの高度な魔法になってしまうが、向こうから帰ってきて私の魔法値は推定で九百を超えていたので、向こうに行けば千八百を超える見通し。たとえ日本の唯物波動がキツくてレベルが十分の一になっても試算では同化魔法が使えるはず。

 南部病の原因を取り除く。これが最後のご奉公というわけだ。

 もう三月。研究部一年生にはなれなかった。

 ブラックメテオを出してその中に入る。痛みを感じる暇もなく、一瞬で自分の肉体や服が分解される。

 そして霊体となって念じる。人を思い浮かべるのが手っ取り早いと、向こうの『看護師カトリーヌ』が言っていた。顔を思い出した。三十代のややクールなカトリーヌ。

 彼女のところへ!

 

 ブラウスに黒スカートのカトリーヌがキッチンでタバコに火をつけた。

 自慢の巻きのかかった黒髪はポニテにしてまとめている。

 「おめえジャージで歩いてきたんか。女子大生だろ?ちっとは女の子っぽい格好をしろよ。」

 「面倒よ。でもタバコ吸うんだ。意外。」

 私はリビングでソファーに座っている。

 カ「自分の家だもん。吸うよ。」

 「家って、賃貸マンションでしょ?」

 「うるせ。あんたも青い髪はどうした?」

 「こっちのアヤと同化したから青くないでしょ?うまい塩梅。」

 「まったくもう。『店じまい』しようとしてたのに。あんたなら来れるトコまで考えてなかったわ。」

 「こっちでも戦闘系の魔法だって使えるよ。でも生活が大変なの。だから、つなぎ服に魔法かけて着替え手伝ってもらってたら妹が来て見られちった。あはは。」

 「アハハじゃねえよ。それ大丈夫かよ。」

 「『そんなわけないじゃん』って押し切っちゃった。妹のやつ意外に言われると弱いみたい。大丈夫そう。無言でブラシ渡したら「何よー!もー!」とか言いながらとかしてくれたよ。」

 「怖がられてんじゃないの?でも家事に追われてんのか。アクセル家は成り上がりだから、何にもできないお嬢様ってわけじゃないよね?」

 「でも、ミラの苦労が分かったわ。」

 「エリザは?泣いてたろ?」

 「何も言わないで来た。」

 「ええ?それじゃたぶん向こうは大騒ぎだぞ?」

 「いいのよ。私が居たらエリザとクリスは仲良くできないでしょ?邪魔者は消える事にしたの。」

 「げえ。だからって日本に来るかねえ。日本なんて最低でしょ?」

 「そうでもないよ。学生ライフをエンジョイしてま〜す。」

 「ああ、そういう奴は社会に出てからが厳しいんだよ。」

 「そうなんだ。」

 カトリーヌは椅子に座り、短くなったタバコを灰皿で揉み消し、二本目に火をつけた。

 「チェーンスモーカー。吸いすぎは健康を害する恐れがありますって箱に書いてない?」

 「最近は受動喫煙の注意が・・・あ」

 「え?何?」

 「エリザが来る!って言うか来た!」

 リビングとキッチンの中間が白く光って、制服のエリザが歩いて出てきた。

 カト「さすが。初回なのにこっち側のサポートは要らないんだね。」

 エリザはツカツカ歩いてきて、私に平手打ちを食わせた。

 唖然。そしてエリザは絶叫を聞かせた。

 「なんで帰っちゃうのよ!バカーッ!」

 そしてすぐに抱きついてきた。また唖然。

 カトリーヌは一人冷静にタバコをふかした。

 最初の出会いの時のように、私に抱きついたまま、すすり泣くエリザ。

 カトリーヌは冷蔵庫から缶のレモンティーを出して開け、コップに注いだ。

 そしてエリザの近くのテーブルに「コン」と置いた。

 エリザは私を放して「ふうう」と震える息を吐いてから言った。

 「ありがとう。カトリーヌさん。」

 カトリーヌは座って、くわえタバコで答えた。

 「ここでは『加藤りの』と名乗ってるよ。」

 「タバコ・・・なんていう高級品を・・・」

 加藤りのは、まだ吸えるタバコを灰皿で揉み消した。

 「こっちじゃ安いのよ。あんたもさあ、この異世界移動って危ないのよ。虚無の闇の世界に永久に閉じ込められたって知らないんだから。」

 エリザは私の横に座ってコップのレモンティーを一口飲んで絶句する。

 「ちゃんと紅茶でしょ?」

 エリザ「エラ・・・ごめんね。」

 「あの・・私の方がごめんだよ。」

 エリザ「怒りたいけど謝りたい。どうしたらいいか分からない。」

 「勝手したのは私だから怒るだけでいいよ。」

 「そうじゃないよ。でも話があるって言ったのに、どうして?」

 「だってさ、あの時、王子が好きなんて言っちゃったから、エリザは気を遣って身を引いちゃうんじゃないかって、でも私じゃエリザを説得するようなこと言えないし、それに前世ではすごくクリスが好きだったらしいんだけど、今回の私はそうでもないの。いや違う。全然好きじゃない。むしろ怖い。だって殺されかけたんだよ?でもそれは前回の王子であって、今の王子じゃない。だからエリザは王子と仲良くしてほしい。」

 「・・・もう。」

 「ごめんね。」

 「どうして言ってくれなかったの?私そのぐらい理解できるわ。言い争いになると思って逃げてしまったのではなくて?」

 「ごめんね。でもこっちに来てしばらく落ち着いて考えたから言えたんだと思う。あっちで忙しい中じゃこんなに落ち着いて話せたかわからない。」

 「ごめんなさい。私はっきり言わなかったから・・私、クリスが好き。誰にも渡したくない。」

 「えっ?」

 「そうよ。死ぬほど好き!エラにも渡さない!」

 「えーそうなの?フッフ、それじゃあ王子が私に惹かれたら、私殺されるね。」

 「エラも好き!エラも失いたくない!」

 「でもエリザ、もしも王子と聖女の仕事とどちらかを取らないといけなくなったら、どっちを取る?」

 「・・・エラの意地悪!どっちも取るもん!」

 カト「公爵令嬢さんは欲張りだね。」

 「加藤りのは黙ってて。」

 エリザ「エラは大事な友達よ。お願い帰ってきて!私、毎日悲しくて寂しくて死んじゃう。」

 「なーんかすごくキャラ違う。正直だね。」

 「だって、いつもは公爵令嬢はだもん!好きとか嫌いとか言ったら角が立つし付け込まれるもん!そんなの態度に出せないし、私絶対言えないから、だからエラが好きとか嫌いとか自由に言うから私泣いちゃったの。」

 「そう。ごめん。でもこっちのエリザの方がいいよ。好き。」

 「本音を言ったらクリスもそう言ってくれたよ。」

 「ん?仲良いじゃん。」

 「婚約者だもん。当然じゃん。」

 「ええ?前、なんか冷たくしてたじゃん。疑問だったのはさあ、エリザは心が読めるんでしょ?私とか王子の気持ちぐらい分かるでしょ?好きとか嫌いとか。」

 「読まない。読みたくない。止めてるの。」

 「前も言ってたね。なんで?」

 「だって、王子の心を読んだら、王子が私を愛してるエネルギーが心に入ってきて泣いちゃうし、そんな王子がエラにも、とか思うだけで心が揺れてぐちゃぐちゃになっちゃう。精神統一どころじゃないの!そんなんじゃ聖女の仕事なんて出来やしないの!」

 「はああ。ハイハイ。ご馳走様。」

 「何よう。意地悪ね。」

 カト「正直と言うよりも、ヤケクソなんじゃないの?こっちに来るのだってさ、ヤケになって飛び込んで来たんじゃねえの?」

 エリザ「・・・うん。そうかも。カトリーヌさん、ごめんなさい。向こうで私、あなたに色々キツく訊ねてしまったかも。だから気を悪くされているかもしれないの。」

 カト「大丈夫よ。向こうのカトリーヌが送ってくれたんでしょ?普通の分体が居るところは分かるから。」

 加藤りのは何かを察知して宙をにらみ、身を延ばした。

 またリビングとキッチンの中間部が白く光った。

 光の中から制服の男子が二人歩いて出てきた。王子とアルノーだ。

 カト「ちょっとお!人の家に異世界通路を作らないで!」

 アル「申し訳ない。エリザ様の航跡を追いかけました。」

 クリス「すまん。およそアルノーという男は『移動』にかけては天才でね。この『ブラックメテオからホワイトホール』の魔法移動を完全マスターするまで三日とかからなかった。父王の親衛隊にだってこんな奴はいないよ。」

 アル「王子がお急ぎでしたので。」

 アルノーは貴族らしく胸に手を当てて一礼した。

 「次期王妃殿下をお迎えにあがりました。」

 エリザ「嫌よ。エラ様に謝って。」

 「ええ?」

 エリザは腕を組んで横を向いた。

 クリス「あの、それ誤解なんだけど。」

 エリ「王子と私の邪魔になるからエラを追い出したでしょ!王子もきちんと謝ってください。」

 「エリザ、それ違うよ。私が一人で決めたんだよ。王子たちは関係ないよ。」

 エリザは私と王子を代わる代わる見ながら訴えかけるように言った。

 「でも急にいなくなるなんて、エラにそんな事させるなんて、王子の権力しかあり得ない。」

 「違うよ。本人の前だけどはっきり言うけど、王子は好きじゃない!王子とエリザの邪魔はしたくなかったのよ!」

 エリザは激しく首を振った

 「何でよ!冷たくされたの?仲良かったのに!王子がエラに分からないように追い出すよう仕向けたのよ!」

 クリス「エリザ、そんな事はないよ。」

 エリザ「おかしいよ!」

 エリザは泣く。仕方ないので夢とアスカ様のことを言う。

 「エリザ聞いて。わたし夢でエリザは聖女の仕事だけをしたがっているというのを見たの。その日アスカ様が来て私とエリザが王子を譲り合っているという夢を見たと言うの。だから、そうなのかもしれないと思ったの。」

 エリザ「アスカ様が?どういうこと?何かの策略なの?国家的な?」

 そうか。ニッケルの退学だけでなく、エリザは過去、公爵令嬢として色々な嫌な展開を見てきた。少し被害妄想になっているのかもしれない。

 クリス「フッ、アスカ様はね、しっかりしていそうだけど、インスピレーションに振り回されるタイプなんだよ。ファルが『意外と天然ボケだ』と言うんでみんな笑ってたんだ。」

 「ねえ、それすごく失礼だよ。」

 クリス「でもそのインスピレーションはすごく当たっているけどね。どのように判断を加えるかが問題だと思う。エラ、人の意見を鵜呑みにしないで自分の意見で行動すべきだと思うが?」

 エリザ「でも王子はエラの肩をよく抱いたのに最近抱かなくなったわ。何かあったのよ。そうでしょ?」

 なんかすごくツッ込んでくる。浮気を責める奥さんか?

 でも分かってきた。私が急に消えて、エリザが狼狽して周囲にブチギレてヤケになってこっちに来た感じが。

 また、政治的策略も多々見てきた不満があり、公爵令嬢として表面的には『いい顔』をしてきたことで溜まったストレスが爆発したのだろう。

 「ほら見ろ。セクハラ王子め。私にちょっかい出すのやめろって言ったのに。」

 クリス「うるせえ。だから最近はやめてたんだ。」

 エリザが涙ぐんで抗議する。

 「ええ・・やだあ、エラ、話が違うう。私より仲良いじゃん!そんなのヤダ!」

 「クリスと?仲良くねーし。キレてるだけだし。」

 「わたしクリス様にそんな態度取れないよ!」

 カト「お〜い。痴話喧嘩なら外でやってくれ。」

 クリス「ごめんエリザ。悪かった。はっきり言うと、エリザ!お前は嫁さんだ!エラとは立場が違う!」

 エリザ「でもでも」

 エリザは口を押さえて嗚咽をこらえる。

 王子はソファまで来て横からエリザの肩をギュッと抱いた。

 エリザはハッとして顔を赤くしてうつむいた。そして押さえた口調で言う。

 「あの、そんなんじゃ誤魔化されませんから。肩を抱いてほしいとかじゃ、そういうんじゃないんです。」

 とか言いながら、若干、嬉しそうな感じ。何だよ。口だけじゃなくて、やっぱすごい好きなんじゃん。

 何だったんだあの夢。違ってんじゃん。夢なんて当てにならねえわ。

 それとも、こいつら未来変えたってことかな?

 王子が何か言った。エリザがまたハッとして王子の目を見た。

 でも思いが読めるから分かっちゃうんだよね。

 え?でもガチで?王子はこう言った。

 「エラは父親の違う妹なんだ。結婚はできない。母親に似ていて懐かしいだけだ。」

 王子の記憶が私の意識に流れ込んで来た。

 私のように青っぽい黒髪の女性が見えた。

 その前に六歳ぐらいの王子がいる。かわいい。

 「サーシャ?サーシャはママだったの?」

 女性は泣きながら笑顔を作って言った。

 「ごめんね。王様に見そめられて結婚したけど、私は平民だったからいじめられて追い出されちゃった。でも、クリス様は間違いなく王家の血筋だから、みんなも優しいでしょ?あなたの事はメイドのミリアムに頼んであるから、何も心配いらないのよ。髪の毛は気をつけてね。油断するとすぐ金色じゃなくなるから、ちゃんと魔法をかけてもらってね。」

 「ぼく、大きくなったらサーシャが帰って来れるようにするよ。ぼく頑張るから、」

 「それはダメ。はっきり言うね。私病気なの。もうすぐいなくなるの。」

 王子は唖然、絶句した。

 「クリス様、でも大丈夫。親衛隊長さんがすごく優しくしてくれたから、私幸せだった。私、死んでも天国に行ける。王子も優しい子になったね。みんなにも優しくね。」

 サーシャは微笑んだ。王子は「わああ」と泣いた。横のベッドに寝ていた赤ん坊が泣いた。私だ。

 サーシャは私を抱き上げた。王子は嗚咽を堪えて静かに涙した。

 マジか。母ちゃん?私と同じ少しつった眼。でも優しい眼。母ちゃん、母上と言うべきか?顔初めて見た。

 スッと現実に戻った。王子がエリザの肩を抱いて、二人ソファーに座っている。

 そっか。王子は私に母を見ていたのか。ことさら抱擁を求めたのも自分の寂しさを埋めるためだった。

 最近はエリザが優しくしてくれるから寂しくはないのね。

 なあんだ。妹か。

 胸が熱くなって涙が出る。えっ?ちょっと待って。何で?私傷ついてない。

 ああ、前世のガブリエラだ。すごい好きだったもんね。そうそう。

 頬を涙が伝った。え?違う。私じゃない。ガブリエラ泣くのをやめて。

 振られた。私が振るつもりが、初めから振られてた。「妹だと思っている」と言われたことがある。

 落ち着け私。もうっ!王子め。ガブリエラを泣かすんじゃない。私じゃない。絶対私じゃないぞう。

 でも王子の平民の母の話は秘密なんだろう。王侯貴族社会では攻撃材料でしかないもんね。

 落ち着こう。そっと深呼吸して気持ちを抑える。

 そんな私にエリザの想いが伝わってきた。

 『どうせ私からは、お母様の匂いなんてしないわ。』

 バカねえエリザ。恋人からお母さんの匂いがしたら引くじゃん。

 エリザは私を見ずに微笑んだ。

 王子が横からジッとエリザを見ている。

 エリザは目を合わさずに前を向いていたが、視線に気づいて王子を見た。

 王子はエリザの口に口づけした。

 私の口からは「をわ!」と変な声が出た。

 私の驚きをよそに、エリザはそのまま目を閉じた。すくめていた肩の力が抜けた。

 アルノーは背を向けた。

 エリザはその右手を王子の背中にそっと置き、左手で王子の後頭部を優しく撫でた。

 「ヤダー」

 カト「おおい、人の家でイチャつくな!ドアから蹴り出すぞ!」

 王子は口を離してエリザの額に自分の額を当てて至近距離で言う。

 「お前を愛している。帰ったら結婚しよう。」

 エリザは真っ赤になって、もじもじし肩をすくめ、一旦、目を逸らし、また王子の目を見た。

 そして声にならない囁きで言った。

 「はい。」

 カト「フウー!」

 「王子すげえ!マジ王子!」


 しばらくまったりした空気が流れた。唐突に王子が言う。

 「この飲み物は何だ?」

 加藤さんはウザげに答えた。

 「早く帰れ。冷茶だ。」

 王子はエリザが口をつけたレモンティーをグッと飲んだ。ちょっとヤダ。

 クリス「うん。美味いな。氷も入れずにどうやって冷やす?」

 かと「冷蔵庫を知らんのか。」

 アルノーが冷蔵庫を開けた。

 「涼しい空気が入っています。食品保存箱ですな。」

 か「勝手に開けるな。恥ずかしい。」

 クリス「天井に灯りがあるな。」

 アル「これは蛍光灯ですか?前、エラ様やキャンディジョンが説明していた?」

 「そうよ。でも中身はLEDだから原理は違うけどね。」

 クリス「ここは何だ?王宮か?」

 か「賃貸マンション、賃貸住宅よ。家賃が十万円。」

 「う〜ん、ローデシアで言うと六万リーデぐらいよ。」

 クリス「うん。王都の庶民向け賃貸住宅と近い額だ。」

 エリザは喋る王子を飽きずに見ている。

 クリス「明るいところで食品も腐らず新鮮なものを食べられる。服装も自由。貴族か?」

 か「いやあ、しがない看護師よ。たまに治療魔法をこっそり使う程度のね。ウフフ。」

 クリス「ちょっと外に出たいな。」

 エリザ「待って、その前にエラ?帰ってきてくださるの?」

 「うん。いいよ。こっちの生活も捨てがたいけど、あっちは魔法が自由だからね。」

 エリザは「やったあ」と言ってぴょんと跳ねた。

 「子供っぽくて心配性。でも情熱と行動力の持ち主。エリザの本当の姿が分かった気がする。」

 エリザは微笑んで肩をすくめ、恥ずかしげに目を逸らした。

 王子「では、出かけようか。」

 三人とも制服だから問題ないか。クリスたちは二十二歳だが二十代の俳優が高校生役を演じたりもするから、人目を引くこともないだろう。

 か「じゃ、車回してくるわ。」

 「え?免許持ってんの?かっけえ!」

 

 真っ赤なGTRで首都高を飛ばす。

 助手席は私・松島アヤ。後席に王侯貴族様三人。

 か「へへっ、緊張されているご様子だねえ。」

 「カトさんの車かっけえ!」

 「中古だけど、ねっ!」

 カトさんはアクセルを踏んだ。排気音が高鳴りし、鋭い加速。

 「キャハハッ!」

 振り向いて聞いた。

 「どう?完成品の車は、怖い?酔う?」

 囁くようにエリザが答えた。「大丈夫。」

 東京タワーからレインボーブリッジへ。王子たちは建物の高さに唖然。

 「ああ、でもアメリカの方が建物は高いよ、ってアメリカって他国のことね。」

 クリス「王宮の方が高い。エラは王宮を見たことはないのか?」

 「ん、ああ。そう言えば王宮だけは大きくて上に高い塔があったね。」

 クリス「しかし、あれもほとんどは五千年前の遺跡であって、あの高さと強度をどう作ったかは謎だった。」

 アルノー「こちらの建物の材質は?何で出来ている?」

 「ええ?セメントと鉄骨じゃないの?あ、セメントって分かる?水と混ぜると固まるやつ。」

 スマホで調べた。

 「セメントの材質は石灰石だって。」

 アル「そういう壁材ぐらいは王国にもあるぞ。鉄芯を入れるわけか。それなら我々も真似できるな。」

 クリス「その機械はなんだ?」

 「ああスマホね。電話。これは真似できないと思うよ。」

 貸してあげた。

 クリス「う〜ん。さすがに文字は読めんな。言葉はなぜか通じるようだが。」

 か「言葉は私が魔法で通じるようにしてるんだけど?」

 「すごいねカトリーヌって。」

 か「あんただけは転生の結果の自動バイリンガルだけどね。」

 「ああ、言われてみればローデシア語も日本語も違和感なく使ってたわ。」

 クリスはスマホをアルノーに渡した。ちょっと不安になる。日本に帰って間もないのにすでにスマホ中毒だ。

 アル「この機器の原理は?」

 か「ええー?あんたたちの文明じゃ無理よ。コンピュータ作んなきゃ。情報集積回路?検索機能?私らだって訳わかってねえんだから。」

 アル「ハッハ。自分が使っている物の作り方がわからんのか?」

 言いながらアルはエリザにも見せようとするが、エリザは手で軽く断った。

 「でも、そういうもんだよね。」

 クリス「まあこっちだって魔法通信機の作り方は失われてしまったしな。修理はできても中核の部品を新規で作り出すことは今や出来ない。」

 クリスはアルノーが持っていたスマホを返してくれた。

 エリザ「こちらには教会はあるの?」

 「宗教施設は結構あるよ。でも宗教は下火だね。伝統宗教は祭りだけは盛んだけど、信仰とか教えとかそういう感じじゃないよね。歴史的に紆余曲折したからかな。新宗教は事件を起こすって言われて尊敬されにくいし。」

 エリザは窓の外を見ながら言う。

 「この繁栄は神のためじゃないんですか?」

 「エリザらしい言い方だね。この繁栄は人間のためだね。他国のヨーロッパとかでは『神の国の実現』みたいな考え方があるけど、日本人は『宗教のために』なんて公に言ったら居場所がなくなっちゃうよ。」

 エリザ「まあ、非道い。」

 クリス「その点、ローデシアには全き信仰がある。神に愛されている感覚は強いな。」

 エリザは微笑んで「はい。」と言った。

 見つめ合い微笑む二人。なんだよ。すごい好きなんじゃん。

 まあ、向こうでは人目があって、こうは行かないのかな。

 

 デパートのおもちゃ売り場でミニカーを見る。王子が「車が欲しい」と言ったせいだ。

 男二人は子供のように見入っている。エリザはちょっと見てから目を離し、行き交う人の服装を見ていた。

 クリス「この不格好なのはなんだ?」

 「工事用車両でしょう。土を掘ったり、運んだり。」

 クリス「そんな車もあるのか!」

 アル「クリス様、窓が無いのもあります!」

 親子連れが遠巻きに私たちを見ている。注目を集めているようだ。見た目はイケメン外人だから仕方ないか。

 「窓が無いやつ?ああ、それ戦車ね。好きそうだね。」

 クリス「一通り買ってくれないか?金なら後で払う。」

 か「そうも行かないでしょ。奢りでいいわ。五十個買っても二〜三万円だから。」

 クリス「いや、王子として奢られるわけには行かん。」

 か「向こうのカトリーヌに払ってあげて。」

 エリザ「クリス様!あれ!」

 エリザの指差す方向には、大きな透明のケースがあって、中では野山や町のジオラマの上で鉄道模型が走っている。電気で走るやつだ。

 三人は駆け寄った。そしてケースに両手をついて、動くSL列車をじっと見た。本当に子供みたいだ。

 王子は振り返って言う。

 「こ、これも一式!」

 加藤「だめっ!それは高いの!機関車一個ぐらいならいいわ。」

 王子「いやだ!全部欲しい!」

 「ガキか。」

 アル「同じものを作りましょう。書物は無いのか?」

 クリス「字が読めんだろ?」

 アル「絵の多いものを!」

 エリザ「わたし、お洋服も見たいわ!」

 騒ぐんじゃない。人が注目してるだろが。人目を引くんじゃない。くっそ、甘かった。

 か「はいはい。書店に行こうね。洋服は勘弁して。生活費が無くなっちゃうわ。」

 加藤さんは、完全にお母さんだ。みんな子供返りしている。

 異世界転移のせいか?一旦自分が分解されて、肉体が再成されたせい?本音が出やすくなるとか?

 

 加藤りののマンションに帰ってきた。みんな両手に紙袋を下げて。

 カトさんは王子が持ってきた金貨を貰った。カードで五〜六万円は買ってしまったのでさすがに奢ってやるとは言えなくなった。

 「ローデシア金貨なんて誰が買ってくれるの?」

 か「表面を潰せばただの金でしょ?」

 部屋に重い紙袋を置いた。乗り物図鑑や一般向けの絵と写真が多い軍事雑誌、教科書の類が紙袋いっぱいに詰まっている。あとはエリザの選んだファッション誌多数。ミニカーにモデルガン。ミニ四駆に小さいドローンまで買った。あとは生活小物。

 王子はケースに入った小さな蒸気機関車のミニチュアを嬉しそうに見てポケットに入れた。

 私・松島アヤはソファーで一休みしてから、床に座った。

 「さて、分離の儀を行います。」

 エリザ「手伝います。」

 かと「私も」

 二人は私の両肩にそれぞれの手を置いた。肩から二人の魔力が入ってくる。私は両掌を前に向けた。

 私の周りと前の床に魔法陣が出た。そこに光が集まり座った人間型になり、松島アヤになった。私はガブリエラになった。服装は思った通りになる。私は黒いいつものやつ。アヤはジャージ。

 二人は手を離した。

 アヤが言う。

 「え、やっぱり帰っちゃうんだ。もう魔法使えないね。」

 「あんたは私なんだから、少しは使えるかもよ。でも私たちのことは黙っててね。」

 「当然よ。この前あなた喋りすぎたから、家族と仲直り大変だったのよ?」

 「ごめん。」

 「でも、またいつでも来たらいいよ。私は歓迎する。」

 加藤「私は歓迎しないからね。私の方には来ないで。」

 「了解。」

 アルノーとエリザが二人で立ち上がって互いにうなづいた。

 「でも、エリザって聖魔法の人なのに、よくブラックメテオ出せたよね。」

 「カトリーヌさんに手伝ってもらったの。」

 アル「僕には聞かないの?」

 「どうせ王宮には禁忌魔法の本があるとかでしょ?」

 「まあそうだが。」

 クリス「続きは向こうでやろう。」

 エリザとアルノーは両手を前に出して回した。

 三十センチのブラックメテオが出た。

 王子が手から魔法陣を出すと、メテオは縦横に薄く引き伸ばされ、リビングの向こうのキッチンが見えなくなった。アルノーはもう一つ魔法陣を出している。空気が吸い込まれないように制御している。さすが。

 エリザ「ローデシアに。昨日まで居た魔法学園に。そう。学生寮がいいわ。」

 王子「私の執務室にしよう。来る時はメルたちが見送ってくれた。」

 加藤りのは黙って手を向けて魔力を放出させ、私たちを支援した。

 向こうにメルとメイドたちが見えた。

 「ミラもメルも心配そう。怒られちゃう。」

 アルノー「開きました。」

 王子「行こうか。」

 四人で両手に紙袋を持って歩いて空間トンネルに消えた。空間トンネルは消えた。

 かと「ふう。やれやれだね。寂しい?」

 アヤ「でも、向こうのミラって人先輩に似てたな。メルって人も剣道部のあいつに似てる。エリザやクリスのそっくりさんにも会えるかな。」

 

 

 帰還から一ヵ月。魔法学園では研究部一年生になった。王子は卒業だ。

 私たちの持ち帰った本で、王都だけでなくローデシア国内でカルチャーショックがおきている。

 技術関係の書籍は一週間で完璧な写本ができ、関係者の手に行き渡った。日本語の文字もイラストも図も完璧。加えて写真部分も腕の良い画家がそっくりの絵を描いて完璧なのだ。

 『自動バイリンガル』の私はその資料を読み上げる仕事が続いている。

 こうなる可能性に気づいていたので辞書も買ってきたけど、これも「ローデシア語との対訳版を作れ」と言われて忙しい。今までローデシア語なんて意識したことはない。勝手に話せて、書けて、読めていた。

 でも、辞書にも載っていない単語が一番怖い。

 おじさん騎士が訊く。

 「その潜水艦のスクリューのキャビテーションとは?」

 「う〜ん。ごめんなさい。ちょっと専門知識がなくて分かりません。」

 いかつい王宮騎士団の開発部門の方々やおじさん技術者の方たちが学園の教室に集まって、私の読み上げを聞いている。昨日の乗り物図鑑はまだ良かった。今日の艦船の雑誌は超チョー難しい。

 集まった人の中では比較的若い騎士の一人が言った。

 「あの、二百ページに同じ単語があると思うのですが?」

 みんながページをめくる。私も。

 「ああ、説明がありましたね。皆様はよく読んでいらっしゃるのね。ええ、スクリューの高速回転で真空の気泡が出来て金属が損傷する。へえ。」

 騎士や技術者たちは一斉にメモを取る。

 という具合で、非常に厳しい役割なのだ。日本語が読める転生者どっかにいないか?

 また見たこともない高級邸宅に呼ばれて、年上の貴族令嬢の方々十人ぐらいに対してファッション誌を読み上げる。これも腕の良い水彩画家が写真を書き写した精巧な写本ができていて、貴族令嬢に行き渡っている。

 集まった方々の中には、ひょっとしたら王族も居るかもしれない。

 でも気に留めないことにした。考えたくない。なぜなら、読み上げる記事の内容。エリザが片っ端からカゴに入れたのでよく選んでいない。普通の記事もローデシア人から見れば軽すぎるのに、恋愛特集やそれ以上の記事もあって読み上げるのが非常に恥ずかしい。王家にそんなものを読まさせられるなんて。また、そんな緩い世界からやってきた人物だと思われるなんて。しかもそれを赤面しながら読む姿を見られる。なんという屈辱。叫びながら走って逃げ出したい。そういう記事を飛ばしたら、後でお付きの若いメイドが聞きに来る。同世代にそれを言うのも実にチョー恥ずかしい。

 学園で廊下を歩く。

 女子生徒「あ、エラ様おはよう。」

 「おはようございます。」

 このように見たこともない生徒からも挨拶される。

 大人たちから「十七歳にしては博識だ」などと言われ、有名人にはなった。

 本当は二十一歳プラス三年。大学生だったし、真面目に授業は受けていた。成績は大して良くもなかったが、日本の教育レベルはここよりずっと高いだろう。加えて父譲りのミリオタ知識もあるし、宗教科の授業も受けていたし、母の特殊な新宗教の知識もある。妹の辛辣さもたまに出るけど。

 面白い事も言えないが、前世のガブリエラより人気者ではあるだろう。だから前世のような惨めな死は無さそうだけれど、まだ分からない。あれは二十歳だった。まだ三年ある。

 

 第二王子が来た。黒オーラ『ズオオ』のくせに、ドローンで遊ぶのには飽きて、アルノーが買ったカラー写真の多い男性誌に夢中だ。こちらは問題にならないように水着女性やいやらしい記事がないものを横に付いて厳選したので恥ずかしい思いはしていない。ファル王子がすぐに持っていったので写本はなく、先日、文字部分をローデシア語に訳して付箋を貼ってやった。

 「エラ、この『フレグランスな香り』ってなんだ?」

 「あっ、それはその書いた人が間違っていてフレグランスとは『香り』の事なんです。だから『頭痛が痛い』的な文章ではないですか?」

 「なんで本の作者が間違えるんだ?」

 「知りません!向こうでは大学者でなくても本が書けるんです。」

 全くもう。バカなライターのせいでつまらない説明をしなければならないじゃないか。

 ファルは言う。

 「ま、そのために来たのではない。」

 「はあ?もう。何ですか?忙しいのですが。」

 「私も向こうに行ってみたい。ノルーリアに『ホワイトホール』の術を教えてくれ。カトリーヌはなぜかいつも不在で会えない。」

 「う〜ん、避けられてるんじゃないですか?でも危ないですよ。しっかり相手先をイメージできないと時代と場所がずれちゃうし、似たような別の異世界に着くこともあるそうです。」

 「お前たちは無事だったではないか。」

 「それはあっちのカトリーヌ様が色々な異世界に相当詳しい世界に行ったことがあるそうで、魔法でコントロールしてくれたみたいです。」

 「ほほう?あっちのカトリーヌのところに行けばいいのか?」

 「でも来ないでって言われてます。あの人あっちでも中身は魔女だから言うことなんて聞いてくれないですから。もう無理ですよ。」

 「ええ〜?この本のサーフィンがやりたいんだよ〜。サーフボードが欲しい。」

 「木を削って作って貰えば良いではないですか。」

 「え?木なの?樹脂という言葉が書いてあるぞ?」

 「中身はウレタン樹脂ですが、元々は木ですよ。」

 「本物が欲しいんだよ〜!」

 「木工職人がいっぱい居るじゃないですか。注文してください。私忙しいんで。ごめん遊ばせ。」

 去る。もう嫌だ。

 ファル「エラの意地悪!バカ!」

 悔しいが無視だ。うるせい。それに今、エリザはそれどころじゃないんだ。

 

 王都の古い大きな教会。中央教会。

 エリザやアスカ様たちが集まって祈りを捧げている。

 七日前、エルニソン領に居た教会魔術士たちが八人も行方不明になった。

 霊的捜索のための瞑想と、帰還を願う祈りが行われている。

 私も放課後は教会に来て瞑想し、体外離脱して飛び回って捜索しているが発見出来ない。

 騎士団のジョンが馬を飛ばして教会に来た。

 「エルニソン領の北部からヨース河に繋がる支流のシバ河でご遺体と生存者が発見されました。魔法による治療が必要です。治療施設まで来て下さい。」

 

 エリザとアスカ様と一緒に、移動用の魔法陣で治療施設前に現れた。中に入る。

 施設の奥の部屋で、白い服の男女の教会魔術士たちが集まって両手から光を与えている。彼らの真ん中にベッドがあり女性が寝かされている。クレアだ。

 教会魔術士の女性が言った。

 「芳しくないです。意識が戻りません。心臓も弱っています。」

 ポーラに聞いてみた。

 『意識がロックされている。さらにスピーチロック魔法で話ができない。二重ロック。これ催眠系魔法ね。』

 「催眠系かあ。」

 エリザが言う。

 「キャンディジョン様では?」

 「キャルが?」

 心がざわっとした。あいつの細かい魔法は私には効かなかった。だから意識したことがない。これがそれか。

 『とにかく魔力を補給しよう。エリザ、お願いできるか?』

 ポーラの声が聞こえてエリザがひざまづき祈った。

 エリザの聖魔法レベルは、レベル千に到達した。聖魔法でこのレベルに達した者は記録には存在しない。ただ歴史書などに注釈で「この聖女の魔力値のレベルは現在で言うと千二百に相当する」等と書いてあるものがある程度で、先生たちはそれすらも信じていない。この爆上がりの原因は亜空間で霊界エネルギーを吸収したことと、肉体がブラックメテオで分解され、ホワイトホールから出る際に『エリザベート』という人物の理念情報によって再構成されたことが影響しているようだ。

 私も今や魔王レベルを超えた。魂の要求レベルに肉体が追いついてきた感じ。でもカトリーヌは『その人の心根が悪いと悪人顔になるよ』と言う。それは嫌だ。あまり多用すると他にも害があるかもしれない。

 エリザはひたすら祈りの言葉を繰り返している。

 エリザ「神よ。創造主エルよ。光の根源の方よ。我らに光を与えたまえ。」

 私とアスカ様も祈った。

 私の霊眼には、サアッと強い光がのぞみ、灰色に視えるクレアに吸収されるのが視えた。

 クレアの上に南京錠のようなものが視えた。よく視ると魔法陣が折りたたまれてその形になっている。

 イメージの中で霊的な剣を抜いて斬った。南京錠のようなものは両側に飛び去って消えた。

 クレアが「ハアッ」と息を吸った。

 「オオッ」と声が上がり、教会魔術士たちが安堵した。

 クレアは寝たまま目で何かを訴えている。

 その口の周りにモヤがかかっていてよく見えない。

 また霊眼で視てみると小さな霊的ゴブリンが張り付いて口を押さえている。

 また霊的な剣で突いたら逃げて行って消えた。

 クレア「ああっ!エリザ様!」

 クレアは起き上がった。

 エリザは彼女を抱きしめ、二人涙した。

 

 教会魔術士たちは数人を残して部屋を去った。私とアスカ様とエリザで話を聞く。

 クレアが語る。

 「私たちは霊的なトンネルを作らされていました。五人は向こうに今もいるはずです。残りの私たち三人はこちらで『白い魔法』を使うよう催眠魔法で強要されていました。魔力が限界に達し、他の二人は死にました。普通は魔力切れでも死ぬことはないのですが、催眠魔法で生命エネルギーまで魔力変換して使ったため死にました。私は二人よりやや魔力が強かったので息がありましたが、川に他の二人と一緒に流されました。」

 エリザ「かわいそう。原理が分かれば教会魔術士でなくてもよかったのに。」

 そうなのだ。『ブラックメテオは闇魔法・ホワイトホールは聖魔法』と言われていたが、魔力レベルさえ高ければ発動は本人の属性に関係なくできる魔法なのだ。ならば大勢集めれば誰でもできる魔法でもある。

 歴史書によると五百年前の戦争でローデシア軍とアクサビオン軍がお互いにブラックメテオを使った結果、大陸南部にあった当時の首都が闇に呑まれ、両軍だけでなく住人五十万人が行方不明になった。それ以来、ブラックメテオは禁忌魔法となったという。

 エリザ「トンネルからは何か来たの?」

 クレア「黄色っぽい大きな馬車のようなものです。色々な形をしていて馬が引かなくても走る物でした。何十台・・・百台ぐらいかもしれません。乗ってきた人間たちも千人はいたかも・・・彼らはキャンディジョン様がトンネルから向こうに帰しました。あの方が全員を操っているようでした。常にあの方が空中に居て仕切っていました。」

 エリザ「エラ様。何が来たのでしょうか?」

 「まずいね。キャルが向こうの武器をこっちに持ってきたかも。とりあえず見てくるわ。」

 エリザ「一人で大丈夫?教会魔術士は聖魔法レベルで八十以上。天使たちが守っているから並の魔導士では手が出せません。クレアは聖魔法でレベル百。他の属性魔法でもレベル百を超えています。それを拉致して催眠魔法で使役させるなんて、魔王レベルです。」

 「私も魔王レベル超えてるし、逆に一人の方が大丈夫だよ。ヘヘッ。」

 笑ってエリザを安心させる。エリザは笑顔を返してくれたが、顔色は白く血の気が引いている。

 向こうでよく分かった。この子は心配性なのだ。

 「大丈夫。危なくなったらみんなを呼ぶよ。」

 エリザ「うん。そうして。」


 川をさかのぼる。水上ニメートルを飛んで。川幅は四十メートルぐらいか。

 長剣は持ってくるのを忘れた。

 両岸は田園だったが、今は森になった。

 川岸の倒木に白い服の女性が引っかかっている。見た目は損傷はない。クレアは死んだと言ったが、体が冷えている場合は蘇生することがある。魔法で助かるかもしれない。

 エリザにイメージと念を送った。『分かった』と返しの念が来た。対応してくれる。

 先を急いだ。

 両岸はずっと森が続く。もうとっくに国境は超えてオシテバン領に深く入り込んでいる。

 しばらく飛んで川沿いの村を通り過ぎた。住民はいなかった。

 上流からエンジン音がした。エンジン音?見るとボートが来る。エンジンが三つ付いて、金枠があって機関銃がついている。ゾディアックボートというやつか。しかし、この世界ならあれ一つでもこの流域は制圧できそう。

 タタタッという軽い音がした。周囲をピュンと銃弾がすぎる。銃撃された。

 防護魔法で受け止められたように弾丸が目の前で止まって落ちた。七・六二ミリのライフル弾だろう。

 ライフル弾は猟銃や軍の小銃に使われる弾で、拳銃弾と違って音速で飛ぶのでリンゴなどに当たると粉砕してしまう。人体に当たった場合は衝撃で患部に空気が入るので重症になるし消毒なども大変になる。

 とりあえず防護魔法を突き抜けそうで不安なので手を向けて魔法シールドの魔法陣を出して弾丸を弾いてゆく。

 近づくと乗っているのは狼顔の魔獣族。向こうの兵士たちを帰したのは本当らしい。

 水魔法で波を起こしてボートを転覆させた。

 あれが居るということは他のも近くにいるだろう。右に曲がって川を離れ、森の上を飛び内陸に入ってゆく。

 しばらく飛んで、森が切り開かれた場所が見えた。小学校の校庭ほど。

 戦車が十両。森の中なのにダークイエローの塗装で目立っている。砂漠地帯用の塗装のやつを持ってきたらしい。 M1戦車。米軍の主力戦車だ。あとは装甲トラックが十台。加えて通常の軍用トラックが二十台。

 荷台には木箱が満載されている。狼顔の魔獣族たちが数十人で木箱を開けて小銃を手に取っている。M5アサルトライフルというやつ。少し前の米軍の標準装備だった小銃だ。

 少し上空に上がって周囲を見回した。

 木々の間のあちこちに米軍の車両が見える。これは大変な事になった。

 シューッと風切り音がした。何かが背中に抜けた。胸に痛み。血が出た。直後に遠くから銃声が聞こえた。

 撃たれた。防護魔法を超える威力。さっきのライフル弾の上のやつだ。とりあえず治癒魔法を発動する。

 声がした。近くには人はいない。伝達魔法だ。

 「あらあ?やっぱりあんたか。滅びの魔女サン。」

 傷は治った。普通なら、

 「普通なら体が上下にちぎれるやつなのにね。さすが魔女。」

 二十メートル先に黒服黒マントで五十口径対物ライフルを担ぐキャルが浮かんでいた。

 まずい。防護魔法を通常の五倍に引き上げる。

 キャルの声が近くにいるように聞こえてくる。

 「まったく重たいの持たせやがって。あんた普通のライフル弾、弾き返しやがるから。」

 「見てたの?」

 「んん。感じるの。あんたが撃った魔王、私が貰ったから。わざわざ召喚したのよ。」

 キャルの頭に霊的には角が生えているのが視えた。

 「どうしていつも私を狙うの?」

 「ええ?バカね。あんたって実は魔族なんでしょ?」

 「はあ?魔族?違うよ。」

 「証拠は?」

 「証拠なんてない!どう証明しろって言うんだ!めんどくさい奴だな!」

 キャルはニヤッとして銃を向けて撃った。

 「盾魔法!」

 黄色い魔法陣が出て丸い盾になった。弾丸は『バチン』と跳ね返ってどこかに飛んで行った。

 「ファイヤーボール!」

 青い炎の大きさ一メートルのボールを当てた。キャルは一気に黒焦げになり、銃に残った弾丸が破裂した。

 キャルはこのぐらいじゃ効かないのは分かっている。その間に瞬間移動して逃げる。とにかく遠くへ!

 現れた場所は森の上。来たことがない所なので、どこだか分からない。

 十キロはありそうな遠くの森の上に建物が突き出している。古代遺跡か。石造りの台形の建物。南米マヤ文明の神殿に似ている。

 下の森からシュンシュンと銃弾が飛んでくる。

 キャルの声が聞こえる。

 「どこに逃げても無駄よ。あんたを倒すために準備していたんだから。この辺の魔獣族たちにあの銃は行き渡っている。その弾を私がコントロールして当てるの。あんたが魔王にやったようにね。」

 遥か遠くの森の上に浮かぶキャルが見えた。

 その手がシュッと振られるのが見えた。下から飛んでくる銃弾が曲がってくる。

 また盾魔法を出して跳ね返す。ガイン!と結構な衝撃で揺さぶられる。

 キャルが近づいてきた。三十メートル向こうに浮かんでいる。燃えたダメージはない。服まで修復しているから、時間魔法らしい。

 時折、森からの弾丸がシューッと風を切って、私の周りを通り過ぎる。

 キャルがどす黒いオーラに包まれた。髪は逆立ち、目まで真っ黒に見える。

 まずいかも。先手を打つ!「ファイヤーボール!」

 青く五メートル大のを飛ばした。

 キャルはそれを吸収した。

 「あら、魔法が効かない。」

 キャルが右手を回した。黒い線描の魔法陣が現れた。何度も手を回す。その度に魔法陣が現れキャルの前で止まっている。

 また下から弾丸が飛んできた。キャルがそれを指差した。

 魔法陣が弾丸に重なり真っ赤になって加速し、レーザー光線のように私の頬をかすめた。

 その弾丸は遠くの遺跡を突き抜けた。少し遅れてズガン!と衝撃音が聞こえた。

 「強すぎじゃないの?」

 「これは加速と破壊の魔法。ほんとうはネクロな弾丸をプレゼントしたかったんだけど、間に合わなかった。」

 またキャルは手を回し始めた。黒い魔法陣が一つ二つと現れてはキャルの前で待機する。

 「盾の魔法を限界まで重ねて防ぐしかない。」

 集中。自分の前にファファファっと黄色い線描の魔法陣が出る。五つで限界か。残りの魔力は防護魔法に回す。

 弾丸が飛んできた。キャルがそれを指差し、釣竿を振るかのように円を描いて私に向けた。

 魔法陣を吸い込んだ赤い光弾が、全ての魔法盾と防護魔法を突き抜けて腹に当たった。

 痛い。でもこの程度で良かった。魔法がなかったら多分バラバラだ。

 飛んで逃げる。全力!音速を超えて防護魔法の周りに円い雲が出た。

 キャルの声がする。「聞こえる?聞こえるよね?聞こえるならまだ私の思念の中よ。」

 とにかく痛い。気が遠くなる。減速して落下して行くのが分かる。ただ治癒魔法を念じた。

 地面に落ちた。腕や肩と足の骨が折れたがすぐに治癒魔法で修復した。

 両手をついて起き上がる。髪留めが切れたのか、汗に濡れた髪が前にきて見えずらい。

 かきあげながら辺りを見回す。森が開けていて短い草が生えたグラウンドのような所。五十メートル先には、さっきの遺跡がある。大きな穴が空いて煙が出ている。

 弾丸がシューッと風を切って横を過ぎていった。

 立ちあがろうとしたら右足に力が入らず転んだ。骨折のせいか?

 周囲の森から幾つもの弾丸が頭をかすめる。膝立ちで集中。背中は盾魔法で守り、正面は霊眼で弾道を読み王宮の剣を抜いて弾き返す。十二・七ミリ弾が手に重い。剣魔法を強めに。

 キャルの声が聞こえた。姿は見えない。

 「フフッ。やるわね。でも牙狼族の中隊二百人で包囲してるからね。周りからも続々と援軍が来る。勝ち目ないよ。でも降参しても許さないからね。まだ私の魔法は使わないであげる。おしゃべりしようよ。」

 飛んでくる弾丸を弾き返しつつ言う。

 「キャルって寂しがり屋なの?あんたアメリカ軍をどうやって連れてきたの?」

 「へへ。一個大隊千人ぐらいなら催眠魔法使えば軽いよ。でも帰してやったよ。ずっと催眠魔法使うの疲れるからね。」

 「そのまま帰ればよかったのに。」

 「帰ったよ。向こうで魔法使いなのを隠して六十歳ぐらいまで生きたかな。でも死んだらここに戻ってきた。死に戻りよ。バーニィ家の呪い。オシテバンが勝ってバーニィ家が再興するまで帰れないんじゃないかな。」

 「こんなに武器持ってきて、世界の何かが狂うんじゃないの?」

 「オシテバン王がご所望でね。あんた達が日本から情報持ってきちゃうからいけないんだよ。」

 「キャルあんた教会魔術士を殺したね?」

 「死んじゃっただけよ。でも一人生きてたんじゃないの?」

 「わざと?」

 「ずる賢いよね?これが牙狼族の将軍のやり方。あんたを呼び寄せる罠よ。まんまと引っかかって馬鹿みたい。この戦力があれば、あんたさえいなければローデシアに勝てるってさ。」

 キャルが見えた。五十メートル先の森の上に浮かんでいる。

 遠くからエンジン音と、『トトト』と決まった間隔の銃声。あれは車載の重機関銃。対物ライフルと同じ五十口径十二・七ミリの弾丸を使う。第二次対戦中から使われているやつ。まずい。単発より機関銃の方が当てやすいに決まっている。

 等間隔でくる弾丸とランダムにくる弾丸。弾き返すのが忙しい。背中の魔法盾も弾が当たるたびに揺らいで自分まで揺さぶられて消耗感が来る。

 体も限界。左手をついた。右足が痺れて感覚がない。霊眼に腰骨でさっきの弾丸が止まっているイメージが。神経を修復するには弾を抜かないといけないが、それどこじゃない。

 キャル「フフッ。捕まえてどうしてやろうか。」

 地面に両手をついた。

 「土魔法!」

 自分のいるところをゴズンと陥没させた。銃弾を避けるためだけじゃない。

 周りで砂埃が立った。陥没と地割れが広がる。そう。地震だ。

 マグニチュードで十ぐらいのやつ。霊眼で視渡す限りの森がズタズタに地割れし、土は崩れ、液状化して地下水が泥水になってそこら中から噴き上げる。田舎の森なので土の保水率が半端ない。

 洪水になった。泥水に流されて大きな地割れに落ちた。

 

 キャルは空中で腕を組んで泥水に浸かった森を見ている。

 狼顔の兵達が木につかまって洪水に耐えていた。水はだんだん引いてくる。

 キャルは空中十メートルから訊ねた。

 「被害は?」

 泥まみれの狼族の男が立ち上がって答えた。

 「戦車が泥に沈んで埋まりました!」

 キャル「人員を集めて魔法で取り出せ。大した被害はないな?」

 狼「王宮から使いが来ましたが?」

 キャル「んん?使いの者!そこにいるのか?」

 ライオン顔の男が泥の地面の一メートル上に浮かんで立っている。

 キャルは上空から見下ろす。

 「何の用だ?」

 ライオン顔は言う。

 「陛下が、ここでの戦いは避けよと。」

 キャル「仕方ないだろ。あいつがここに逃げてきちゃったんだから。あいつ倒したいんだろ?兵隊集まれ!あの地割れに追撃かけるよ!」

 

 泥水に流される。暗い地下の川の中。

 岸につかまって何とか水から上がった。地面に横向きに寝たまま動けない。早くなった息が収まるのを待つ。

 服の防水ポケットのジッパーを開けてオイルライターを取り出し、火を灯して地面に置いた。これはあの時デパートで買ったやつ。こっちではろうそくとか松明とか、火はよく使うのだ。

 辺りは暗い鍾乳洞のようだ。

 息が苦しい。仰向けに倒れた。気を失いそう。でも弾を抜かないと。

 痛みで集中力がない。痛みに集中せず治療魔法に集中する。普段より魔力を使う。

 右手を腹に当てた。目を閉じ、霊眼でありかを探る。手に集中。金属を手に感じて魔法転移させる。

 小さい魔法陣が手に現れ弾丸が抜けてきた。重い十二・七ミリ弾。地面に落とした。

 自然にため息が漏れた。血が出過ぎたせいか気が遠くなる。しばらく意識を失った。

 目が覚めると右足に感覚が戻っていた。軽く動かしても支障がない。

 でも思ったほど魔力は回復していない。甘く見ていた。

 目を閉じると、霊眼に、地割れの上に集結する狼顔の兵達が視えた。本当に二百人ぐらいいる。手には対物ライフルを軽々と持っている。これが攻めてきたらローデシアは蹂躙される。復讐戦で大戦争になるだろう。

 でもあの『魔王キャル』と、この近代兵器に勝てるだろうか。王宮魔導士達がキャルを押さえ込んで、戦いが長引いて弾薬がなくなれば勝ち目はある。でもそれは向こうも知っている。オシテバンは早期決戦を挑んでくる。そうなればローデシア軍は惨敗するだろう。撤退戦が成功しても少なくとも王都と王宮は殲滅される。

 エリザごめん。もうすぐ王子と結婚式だったのに。

 何かが胸の上に乗ってきた。

 目を開けた。

 青い大きな目が二つ。ラピスラズリという宝石を思わせる鮮やかな青。そこに縦長の瞳孔がある。

 頭に二本の角が生えた小さな黒トカゲ。胸の上で犬のようにお座りしている。

 じっと私を見る。体高は十センチぐらい。尻尾も同じぐらいの長さがある。

 その腹を見ると文字の入った金色のリングを腹巻きのように巻いている。

 両手でそれを摘んで土魔法で分解して引きちぎって取ってやった。

 痛そうにしているので、治癒魔法をかけた。

 トカゲが光を帯びた。

 照らされた胸や顔が軽くなった。全体が楽になる。ん?どゆこと?

 トカゲは私から降りた。光を帯びてぐんぐん大きくなる。なんじゃこりゃ?

 

 古代遺跡の横の地割れに集結する狼軍。

 キャル「あれ?」

 地面から黄色い光線がくるりと地面を切り上空に伸びた。

 その地面が真っ白に光った。

 ドンドドドと爆音が響く。

 熱線と爆風で、キャルも狼兵も焼かれながら吹き飛ばされた。

 地面を転がるキャル。

 黒焦げから回復魔法で元に戻り顔を上げた。

 上に直径五キロの巨大なキノコ雲が上がってゆく。

 キャルは飛んだ。空中からキノコ雲を見る。

 その真上から巨大な黒い翼竜のようなものが飛び出した。

 キャル「エンシェントドラゴン!」

 翼長二十メートルを超えるドラゴン。その頭にガブリエラが乗っている。

 上空のドラゴンは地面に向けてくるりと黄色い光線を吐いた。

 地面は真っ白に光って舞い上がり、大爆発が起きた。

 木々が再び煙をあげ、爆風吹きすさび木々が薙ぎ倒され、燃える木の葉が散る。

 爆風が爆心部を真空状態にし、爆風が吹き返して煙が中心部に吹き上がってまたキノコ雲になった。

 見渡す森の木が全部燃えている。遺跡の石は表面が溶けて黒光りしている。戦車から顔を出した狼族は黒焦げ死体になっている。

 真っ赤な炎ともうもうと上がる煙の上でドラゴンは一秒の中でキュンと上空を旋回した。

 キャルが言う。

 「タイガー族の大砲部隊居るだろ?この燃えている中心に向けて砲撃しろ!」

 

 浮かぶドラゴンの頭に乗っている。その強力な防御魔法バリアで破壊光線の影響はない。

 ドラゴンはその魔力を物質化して巨大化するらしい。吐いた光線は核爆発を起こすビームらしい。

 不思議な生き物。古代文明のバイオ兵器なのかも知れない。多分あの金の輪は『封印』だ。戦略兵器のドラゴンを解き放ってしまった。

 一つ目のキノコ雲は二発目の爆風で変形して形をとどめていない。

 私の横で絶えず動きながら立ち昇る、絶望の象徴のようなキノコ雲。

 最近の日本では漫画でもアニメでもそれが自粛禁止されているらしい。また冷戦時代を描いた冒険映画でもTV放送ではそのシーンがカットになっていて、「爆発は物理的にああなるんだよ!」と不満になった父が私に核爆発の動画を見せた。いい迷惑だったな。

 でも目の前で核爆発を起こすのはやめて欲しい。いくら魔力シールドで守られていても精神が動揺してしまう。

 突然、周囲でドドドと空中爆発が起きた。赤黄色い爆発が黒煙に変わる。それが周囲で続く。鉄の破片がバラバラと魔力シールドに当たって落ちてゆく。

 飛んで来る砲弾が視えた。黒く円筒型で先は円錐状。これは百五十五ミリ砲弾。米軍や自衛隊でよく使っている大砲だ。父に陸自の駐屯地に連れて行かれた時に見た。父はこの砲弾の爆発では、大体半径四十メートル以内の人間は確実に死ぬと言っていた。破片の被害はさらに広範囲で半径二百から二百五十メートル以内の人間は死傷すると言っていた。

 でもドラゴンのシールドで全然到達しない。

 射程距離は特殊な砲弾でなければ三十キロ。東京から横浜とかさいたま市ぐらいの距離。

 砲弾が飛んで来る方向を見た。地平線のあたりで発射煙らしき煙が上がっている。

 『君の魔力レベルなら、もう一つ上のやつが出来るよ。やってもいい?』

 え、おまえ意識が通じているの?頭に意思が伝わってくる。

 どうする。三十キロ先を霊眼で視た。

 黄色い髪の猫風の顔をした魔獣族。ヘルメットをかぶって砲撃作業をしている。

 顔は似ていないけど、メイドのミラは黄色い髪の魔獣族だったはず。

 ミラの一族かもしれない。やめるか。

 エリザの顔が見える。クリスも。メル。アスカ様。アルノー。クラレンス。父上・・・

 「いいわ。やってちょうだい。ミラには後で謝る。」

 ドラゴンはカッと口を開いた。青白い光線が地平線近くまで飛んだ。余分なエネルギーが光線の周りでいくつかの輪になった。

 光線が当たった所が、『ぐもっ』と持ち上がり、真っ白に光った。

 見ていると目が見えなくなるので一度顔を背けた。

 また見ると地平から直径十キロを超える巨大な火の玉が日の出のように上がっていた。

 衝撃波が円く広がってきていた。

 三十キロ離れているのに熱線がジリジリと熱い。魔力シールドが無ければ焼け死ぬ。

 少し遅れて『ドウン!』とすごい爆音と爆風が吹きすさんだ。

 花火の時のように腹に響いただけでなく、一瞬、目が飛び出しそうな感じがした。魔力シールドがあっても気圧の変化で耳が痛い。父が「空襲の時は親指を耳に突っ込んで他の指で目を押さえて口を開けろ」と言ったのを思い出した。

 巨大で白いマッシュルームのようなキノコ雲。

 これが、かつて魔王帝が使ったという『ドラゴンの火』。

 五千年前、その火はローランド帝国の肥沃な大地を焼き払い砂漠に変えた。またその衝撃が地殻変動を促進し、広大な平野が陥没し海に沈んだ。その結果、ローランド大陸南部に十数億人も住んでいた人間・魔獣族・魔龍族そして魔王帝の仲間だったはずの魔族たちは飢餓と残留毒により死に追い込まれたと、魔法学園の歴史の教科書には書いてある。

 この前、教授たちがこの記述を削除しようと言っているのを聞いた。この大陸に十数億人も住んでいたとか、大陸南部が海に沈んだとかいうのは、あまりにも神話的すぎて今や生徒も教師も信じていなかった。私もその一人だった。

 下は一面真っ赤な森の炎。もくもくと立ち昇る灰色の煙。あれほどの爆風が吹き払ってなお、いまだ木々が燃え続けるとは、どれほどの熱線だったのだろう。

 ここにいた魔獣族たちは、どれだけ惨たらしく死んでいったのだろうか。私の選択によって・・・

 前にキャルが現れた。手からブラックメテオを出して叫ぶ。

 「ラージ・ブラック・メテオ!」

 火花を帯びた直径十メートルの黒球が飛んで来る。

 ドラゴンの魔力は大して高くない。魔王に勝てるほどではないという。この魔法は魔王級。私が弾くしかない。

 『大丈夫。お姉ちゃんが居れば掛け算になるから。』

 「お姉ちゃん?」

 黒い球は目に見えない魔力シールドに吸収されるように消えた。

 キャル「ウッソ!」

 切り返しにドラゴンは光線を吐いた。青いやつを。

 キャルはとっさによけるが、マントに当たった。

 マントが大爆発した。

 キャルは背中に深傷を負って血を吐いて落ちていった。

 さらに光線は遠くの山に当たり、また閃光と巨大爆発が起きた。

 さっきより近くで直径で十キロ以上ある巨大キノコ雲が上がった。

 山が一つ吹き飛んだ。あたりに土や岩が降り注ぐ。

 「うわあ。あんまり撃ちすぎちゃだめよ。」

 『うん。でもあいつの魔力なら傷が治るかも知れない。逃げる?』

 「?弱気?でも、そうね。南へ飛んで。太陽の方に。」

 ドラゴンはキュンとすごい速さで飛んだ。音速が出ているらしく、白い円錐状の雲が周囲に出た。

 『疲れた。あとは自分で飛んで。』

 ドラゴンは減速して小さくなってゆく。全長二十センチのトカゲ大にまで縮んだ。

 「パワーをつかいすぎた?それとも活動時間に限界があるとか?」

 それをポケットに入れて南へと急いだ。


 

 中央教会に戻ってきた。ふわりとテラスに降りた。

 周囲や中は王都の住民が不安げに集まっている。

 エリザが出迎えた。

 「エラ様大丈夫ですか?」

 「ええ。ご遺体は?」

 「聞こえたわ。大丈夫。まだ息があった。騎士団の人たちが搬送して今治療中です。」

 気が遠くなる。疲労でふらっとして両膝をついた。

 

 簡単なベッドに寝ている。意識を失っていたらしい。小さな部屋。他には誰もいない。服装はあの時のままの黒い乗馬服。マントは壁にかけてある。

 ゆっくり起きた。どこも痛いところはない。

 部屋がノックされた。ドアを開けると、見慣れない女性が立っていた。白い服に白マント。王宮魔導士のものだ。後ろの長椅子に座っていた同じような白服の女性たち四人が立ち上がった。

 五人はスッと同時に右手のひらを私に向けた。魔法陣がそれぞれ出た。

 あ、これは覚えている。キャルが聖女様だった前回、私にかけた魔法封じ。

 「何でしょう?」

 五人は焦った。顔が青くなって動きが止まった。自由を奪う魔法でもあったのかも知れない。

 廊下を男性が歩いてきた。父上だ。

 父上は出世してローデシア王陛下護衛隊になっていたはずだ。最近会っていない。

 「父上。お久しぶりでございます。」

 「お、おう。活躍しているようだな。」

 「今日はどうなさったのですか?」

 「お前に陛下から出頭命令が出ている。抵抗するなら拘束するよう言われている。」

 「はあ。」

 「取り調べだ。陛下直々にな。」

 「ええ?」

 ゾッとした。


 王宮謁見の間

 中学校の体育館ぐらいの大きさがある。壇上には玉座がある。まだ陛下は来ていない。

 私は玉座の前の段の下にひざまづき待っている。

 私の両脇には屈強そうな二メートル越えの王宮騎士が二人立っている。手には剣を抜いて下げている。

 剣は剣魔法でジワッと光を帯びている。いつでも斬れる態勢だ。

 周囲は白マントにフードで顔の見えない王宮魔導士たちが百数十人で私を遠巻きに囲んで、私に手を向けて魔法封じの態勢を取っている。前世以来の危機か。暴れる気は全然ないのに。

 壇上に白マントに金の刺繍が入った高位の王宮魔導士が六人。私を見ながら玉座を囲む形で立っている。

 そこに赤い服に金の冠をし、白いマントを引きずった金髪男性がツカツカやってきて、どかっと玉座に座った。その両脇にはさらに二メートル越えの黒服に黒マントで金の刺繍が入った最高位の宮廷騎士が護衛に立った。

 強そうだ。魔王級の威圧感。実に物々しい。最大の警戒態勢。

 私が何をした・・・したか。

 下を向いていると声が聞こえた。

 「面を上げよ。」

 実は陛下をまじまじと見たことがない。平民も貴族も許可なく王陛下と目を合わせてはいけないのだ。

 陛下は初老というか壮年で、聡明なクリスの雰囲気で、なおかつ遊び人のファルのような笑顔を見せてくれた。 王陛下の場合はファルの黒い『ズオオ』がないので、笑顔が可愛らしくさえ思える。でもオーラには光の他に黒い影も感じるので、集中すれば国家的な策略とかが見えてきそうなので霊眼で視るのはやめておく。

 陛下は言う。

 「聖騎士ガブリエラ・フォン・アクセルよ。いつもクリスワードやファルコンが世話になっているそうだな?」

 「いいえ、とんでもない。いつも、わたくしがお世話になっている次第であります。」

 陛下はホッとした。正気を見るための質問だったらしい。

 「で?昨日何をした?」

 「はい。」

 昨日。あれは昼頃だったから一日寝ていたらしい。

 説明した。教会魔導士の誘拐。キャルが武器を持ってきたこと。攻撃を受けたこと。そしてドラゴンの話をする前に陛下が口を開いた。

 「うむ。問題は、まずメイランド宰相から質問せよ。」

 黒髪に口髭の壮年男性。砲の試射の時にも居たメイランド公爵。アルノーの父で行政の長。

 「王宮魔導師局では、常に国内と近隣諸国の魔力の変化に気を配っているのは知っているな?」

 「はい。」

 「昨日十一時三十分頃、レベル二千八百を超える魔力を計測し、同時にオシテバン中部で大きな地震があった。百五十ヤルデル北東の首都オスティでも建物が倒壊し、十名程度の死者が出たそうだ。」

 「ああ、ごめんなさい。」

 メイ「何?これはこれは貴公が行なったと申すか?」

 「ええ、広域に散らばった兵たちから狙撃を受けていましたし、私も手負いで判断に余裕がありませんでした。それに一個大隊程度の先進武器があちこちに散在していましたので、それらは重たいので地震を起こせば液状化した地面に沈んで使えなくなるのではないかと思いました。」

 王「う〜ん。それを壊滅させたと?」

 「壊滅できれば、と思いました。」

 周りを囲む魔導師たちの後ろの聴聞者たちがザワザワした。

 メイ「アクセル嬢。レベル二千八百という数字はなかなか信じ難い。魔力暴走を起こしたのではあるまいな?もしそうならば、我々の安全と貴公の治療のため隔離が必要となるが?」

 「魔力暴走はしていません。」

 「実力であると?」

 「は・・・はい。」

 また聴衆がざわついた。驚きと嫉妬の念が来て心臓が締め付けられる。

 メイ「またその後、十一時四十六分頃、王宮魔力計で百万を超える魔力を計測し、断続的な地震波が二回ないし四回計測された。また空気の振動が五千ヤルデル離れたこのローデシア王宮でも観測された。これは何かな?」

 「あの・・・ドラゴンが放つ破壊光線による大規模爆発だと思います。」

 また聴衆がザワザワした。

 警護が叫ぶ。「静粛に!陛下の御前である!」父上の声だ。

 メイランド公爵は言う。

 「ドラゴンの魔力値は最大でも五百前後と言われている。」

 「ええ、存じ上げております。でも、解き放った者の魔力によって倍算になるようです。」

 またザワザワが聞こえる。また「静粛に!」の声。

 メイ「確かにオシテバン中部にはドラゴンが封印されているという古代遺跡があった。アルノーに偵察を命じたが、その魔法通信によると、遺跡は半壊し、近くの地面に深く大きな穴が空いていた。その周辺は見渡す限り全て焼き払われ、周辺の村は全滅。家々は吹き飛ばされ焼かれていて死者多数との事だった。」

 話を聞いていると急に強い思いが伝わってきた。

 『こいつら何?敵?』

 あ、まずい。ドラゴンがポケットに入ったままだった。そっとポケットに手を添えて想いを伝えた。

 大丈夫。待っててね。

 メイ「兵士と思われる死者も多数見受けられたそうだ。」

 「すみませんでした。」

 「何?」

 「申し訳ありませんでした。でも先進武器を揃えた軍隊がローデシアに攻め込むよりはと、拙い判断でした。」

 王も宰相も一瞬沈黙した。

 王「ガブリエラよ。我らは敵兵の命など問題にしていない。それにあの辺りには大きな町はない。犠牲になった住民は一万人程度だろう。」

 聴衆はヒソヒソと何か言っている。

 被害者は多い。でも水爆級の爆発が二回あった割には少ない方か。ポーラは前に『この世界は人口が少ない』ということを言っていた。

 メイランド「アクセル嬢はそれは自らの責任であると申すのか?」

 「はい。このような力であると理解していながら反撃しました。いかなる責もわたくしが負いましょう。」

 謁見の間はシンと静まり返った。

 王「うん。良い。さすがにナイトの称号に恥じない覚悟である。」

 メイ「陛下お待ちを。アクセル嬢、貴公はドラゴンを解き放ち『ドラゴンマスター』になったと申すか?」

 「はい。そういうことになると思います。」

 謁見の間に「おお」と静かに感嘆の声が聞こえた。

 王「うん。良い。我が国は伝説のドラゴンマスターを得た。」

 メイ「アクセル嬢、ドラゴンマスターがどのようなものか知って発言しているのか?」

 「え、いいえ。言葉ずらだけで想像して答えました。すみません。」

 メイ「歴史上の前回のドラゴンマスターは初代魔王帝であるぞ。」

 「え、はい。」

 メイ「学園で習っているとは思うが、前回のドラゴンの火の使用は五千年前、アクサビオンから魔王帝が当時のローランド帝国に侵攻した時のことである。その当時、このローデシア王国の前身であるローランド帝国は、皇帝ハマン・ローランドのもと、軍備を増強。大陸統一の偉業を大義に掲げ、魔王撲滅を目指し各地を転戦。各地の魔王たちは次々に命を失い、多くの国を帝国に恭順させた。残された七人の魔王が魔力を結集し、死した魔王の亡霊を融合し魔王帝アクサビリオンを生み出した。魔王帝は十二のドラゴンを操り、ローランドを焦土に変え、ローランド帝国は滅亡した。その後、魔王帝を『勇者エメル』が討伐。その霊をアクサビオン南部に封印し、主人を失った残された九体のドラゴンを当時の各国が分け、互いに不可侵を誓い、ドラゴンを封印した。」

 「はい。」

 「以来五千年。紛争は多々あったが、全面戦争は三十二年前の『人魔戦争』のみだった。しかし今回の事はオシテバン王デラクルス・ライアンから抗議を受けており、全面戦争の危機である。」

 「ですよね。」

 「死者一万と言っても試算だぞ。行方不明者や今後の死者は何人になるか分からん。謝罪や補償で済む問題ではないのだぞ!」

 王は手でメイランドを制して言った。

 「構わぬ。聖騎士ナイトは国防のために血を流し、命を捧ぐ。国家はそれに報いる。ナイトの責任は国家の責任。我らがローデシア王国のため戦ったナイトを不当に罰する事はあってはならない。この度の件、いかなる批判もこのローデシア三世が申し受ける。処罰不要である!」

 メイランド「はっ!」

 王「励め!」

 王は玉座から立ち上がり去った。壇上の護衛たちも去った。周囲を囲んでいた王宮魔導師たちも緊張を解いてその手を下げた。

 気持ちにモヤモヤが残った。平和主義日本の教育のせいか。もう少し裁かれたい気持ちが残った。

 聴衆の一人が手を挙げて言った。

 「宰相閣下!そのドラゴンとやらを見せて頂きたい!」

 聴衆の同意の低い唸り声が聞こえた。

 メイ「それはならん!今回の件、我が国の技術開発の情報がオシテバン側に漏れたのが原因である!この件は以後、機密事項とする!王宮の許可なくこのドラゴンの件を公言する者、他国に話す者は処罰する!以上だ!解散しなさい!」

 聴衆はどっと話し始め、魔導師たちの後ろで動き出した。

 私の両サイドにいた長身の騎士二人は剣を鞘に収めて去った。ホッとした。

 メイ「ドラゴンの調べはクリスワード王子殿下にお任せする。それで良いな?」

 「はい。でも陛下たちも見たいのでは?」

 「ふふっ、馬鹿者っ。戯れに火を吐かれて陛下に何かあったら何人極刑になるか分からんぞ。」

 「そうですよね。」

 「ちなみにエラよ。そのドラゴンの色は?」

 「黒です。目が青いです。」

 「うん。伝承通りだ。『ブルーアイズ・ブラックドラゴン』だな。良いのを連れてきた。」

 魔導師たち百数十人は聴衆が出て行ってから謁見の間を出ていった。

 メイ「オシテバン側からあのドラゴンの返還要求が来ているが、それは出来ん。もうあのドラゴンはお前のいうことしか聞かん。しかし、相互破壊予測によるパワーバランスに影響が出るので、エルニソン領に封印されているドラゴンを代わりに返還することになるだろう。そこにも古代遺跡がある。」

 「あの無神論者の遺跡ですか?」

 「そうだ。」

 「封印を外した後の治癒魔法が重要になる感じでしたが、魔力が弱まるあの遺跡では難しいのでは?」

 「ま、それは先方が考えることだ。」

 魔導師が一人やってきた。二メートルの長身。フードを後ろに下げるとライオン顔だった。

 魔獣族じゃん。どういう事?聞かれちゃってんじゃん。

 ライオン顔が言う。

 「我はティモシー・ライアン。オシテバン王国三公爵家の一つ、ライアン家の次期当主である。先週から公式にメイランド公に呼ばれて滞在している。国防などの視察が目的だったが、思わぬ収穫であった。」

 「その格好は?」

 「私も大陸ギルド認定の魔導師資格を持っている。メイランドが一大事だと言うので魔法封じに参加していた。スパイ行為で紛れ込んでいたわけではないぞ。」

 メイ「魔獣族でも魔龍族でも、信用できる人物の滞在は許可されるのだ。王家側の魔獣族は信用できるのだがな。まあ、ティムよ。こういう事だった。」

 ティ「まったく、あの女ろくなことしないな。今度こそ国外追放にしてやる。」

 「キャルのことですか?」

 「ああ、今は亡きバーニィ家が呼んだ魔女だ。」

 「かなり強かったですが?追い出せますか?」

 「魔王が憑依したからな。幻の術を使うが王家とライアン家の者には効かぬ。それでもあの女を倒すのは我々には難しいが、追い出す事はできる。今回は牙狼族のワルフ家を唆して動いたようだ。我々はクーデター未遂と見ているから奴らは格下げだ。あの女は用心棒だから雇用条件が悪化すれば出ざる得ないだろう。」

 メイ「しかし、向こうの各貴族にそんな奴は一人は居るのだろう?」

 「国内は派閥争いが激しくてな。元々マーティが魔王の亡霊をたくさん連れていたからな。あの倒された魔王は長年別の遺跡にマーティが幽閉して飼っていたものだ。記録などもうないぐらい前からだから我らも把握していなかった。マーティが死んだら暴れ出しおって。倒してもらって助かったぞ。ワハハ!」

 でもキャルは「王がご所望」とか「将軍のやり方」とか言っていた。信用できるのだろうか?嘘を言っているのか、この人は知らないのか。能天気に笑ってるから後者かもしれない。

 メイランドは言う。

 「戦争にならぬよう手を打ってもらえんか?代わりのドラゴンなら譲渡出来る。」

 「バカだな。今戦ったら先に滅ぼされるだろうが。戦争などやらんよ。牙狼族のせいにして王家とライアン家とローデシアで友好を深めようぞ。任せておけ!ワッハッハ!」

 やっぱり後者だな。愛想笑いを返した。

 メイ「エラ、帰っていいぞ。良かったな。」


 寮に帰った。

 「ミラ、ごめんなさい。」

 「どうなさいました?」

 「ミラの実家の人たち死んじゃったかも。」

 ミラは微笑んで優しく訊いた。

 「と言いますと?」

 「私、魔法で遠くのことが見えるの。黄色い髪の猫顔の人たちが私たちに砲撃をしていたから、彼らを攻撃させてしまった。だからたぶん全滅したかも。」

 「・・オホホホホ、ああ、失礼。お嬢様は私が猫顔に見えるのですか?」

 「いえ、全然。でも見ようによっては、」

 「ふふ。多分それはタイガー族本家筋のモウオウ侯爵家の方々でしょう。私たちはもう少し人間との混血が進んでいます。むしろ私どもを差別し嫌っていた人たちです。随分前に我が伯爵家は滅び、血縁の者は各地に散らばって連絡も取れません。まあ、今となっては何の恨みもございませんが、我が伯爵家を滅ぼした因果が巡ったのでしょう。お嬢様、どうかお気になさらないでください。私たちの先祖なら「仇を討ってくれた」と喜んでいるかもしれません。」

 「ありがとうラミエラ。優しいのね。」

 「いいえ、お嬢様。お掛けになって。お茶をお出ししますから。」

 ドアがノックされた。

 ミラが応対する。彼女にいざなわれエリザが入って来た。

 「ごきげんようエリザ様。」

 「ごきげんようエラ様。王宮では大変でしたね。」

 「お掛けください。ミラ、お茶をお願い。」

 ミラは一礼してキッチンに行く。

 エリザ「エラ、王様とのお話の最中、心で誰かとお話ししていたでしょう?」

 「あ!忘れてた!」

 ポケットからテーブルにドラゴンを出してあげた。

 エリザは一瞬青くなった。

 頭から尻尾の先まで二十センチの小さい黒トカゲ。でも背中には折り畳まれた小さな翼がある。

 彼は犬のように伸びをして大きくあくびしてから周囲を見回した。

 エリザ「でも体もツヤツヤで、目も大きくて綺麗な青色でかわいいわね。」

 「おまえ、かわいいってよ。」

 指で顎の下を撫でた。彼は首を伸ばして右手をバタつかせた。

 『名前をつけて。おまえじゃ変だよ。』

 「聞こえた?」

 エリザ「うん。」

 「じゃあ、ブルーでどう?」

 『ブルー?いいね。気に入った。ありがとうエラお姉ちゃん。』

 「あ、名前覚えたね?」

 『そっちはエリザだね?白いエネルギーが出ていて暖かくて心地いい人だね。』

 エリザ「ありがとう。霊的なものも視えるのね 。」

 『どういたしまして。でも、エラお姉ちゃんの色々混ざった黄色く視えるオーラも好きだよ。』

 「お姉ちゃんって、ブルーは何歳なの?」

 『わかんない。洞窟の前の記憶はないんだ。』

 エリザ「何を食べるの?」

 『何でも食べるよ。草も肉も石でも金物でも。』

 「へえすごいや。」

 『食べなくても死なないよ。』

 紅茶を持って来たミラが一瞬ビクッとしてカップがカシャンと鳴った。

 ミラ「失礼。」

 皿に乗ったカップが私とエリザの前に置かれた。その都度ブルーが右往左往するのがかわいい。

 紅茶を飲んでいるとまたドアがノックされた。

 ミラが応対した。戻って来て言う。

 「エラ様。クリスワード殿下がドラゴンを見たいと。」


 校庭

 この前、王宮騎士団が長銃で射撃をした場所。五百ヤールだから三百メートル先に土手がある場所。

 私の髪の中から肩にブルーが出て来た。前に伸ばした腕を伝って手の甲の上に座った。

 「ブルー、その姿でもいけると言うけど」

 『手を握って。指に当たるよ。』

 「こう?」握って指を引っ込めた。

 後ろには王子、クラレンス、アルノーとエリザ

 ブルーは口を開けた。

 一瞬、黄色いレーザーのような光線がブルーから土手に当たり、そこが真っ白な閃光に変わった。

 『ドン!』という爆音!土手の上、一メートル四方が爆発して、熱と爆風が来た。

 ゴオッと爆風が過ぎて髪の毛が後ろになびく。ブルーは飛ばされないように頭を下げて手の甲にしがみつく。

 土手に二メートル大のキノコ雲が上がってゆく。土手がポコッとえぐられた。

 「あっつ。ブルー、この爆発の光に毒はないの?」

 『あるよ。でも、エラお姉ちゃんは僕が守るし、後ろの人たちは魔法で守られてるから平気でしょ?』

 「よく分かっていらっしゃる。でも生徒のみんなが心配だから除染してもらおうね。」

 振り返ると四人とも唖然としていて写真のように動かなかった。

 生徒たちが爆音に、何事かと窓に集まって来た。



 二週間して結婚式が行われた。

 クリスワード殿下とエリザベート様の結婚は大きく報道され、王宮には各地の貴族が集まった。

 報道?魔法通信機はラジオ的使い方もされるし、本があるくらいだから新聞もある。

 一週間の宴。中日に王都中央教会にて式が挙げられた。ローデシア三世国王陛下夫妻も列席されたが、教会礼拝堂の二階席に来られたそうで我々からは見えない。

 白い礼服の王子。白いウエディングドレスのエリザ。

 美男美女。美しい。

 王子の笑顔。女性参列者から感嘆の声が上がった。分かる。

 式の後はホテルに移動して立食パーティ。二人に貴族達が次々に挨拶に行く。

 垣間見える王子とエリザの笑顔。

 久々にしっかり見ると王子は抜きん出たかなりのイケメンだ。超美形。

 小さい時は飛びついて抱きついた。その記憶は残念ながらおぼろげだ。

 でも家族のように親しくしてくれた。ま、実は妹だし当然か。

 これから、そんな事はもう二度とない。そう思うと少し寂しい。

 『泣いてるの?』

 ブルーがポケットから顔を出して見ていた。今日は騎士団の白い礼装用乗馬服を着ていた事を思い出した。

 「大丈夫よ。」

 少し出た涙を手で拭った。

 

 水溜まりに映る顔。少しつった目。私だ。

 甲冑姿のクラレンスとアルノーが、私の両腕を拘束している。

 またあの時のことを思い出している。目覚めると忘れてしまう悲しい記憶の夢。

 頬がヒヤッとした。

 王子が剣を私の頬に当てた。こっちを見ろと言うかのように。

 ああ、やめて。またあの嫌な言葉をその口から聞かせないで。

 王子ごめんなさい。王子ごめんなさい。

 どうしてこんなことに?どうして?

 ・・・背中が寒い・・・・孤独を感じる。

 「好きだよ。」

 「え?」

 クリスが剣を捨ててひざまづいた。

 「ガブリエラ!好きだ!結婚してくれ!」

 「ええええ?」

 クラレンスとアルノーは手を離した。顔を見ると笑顔だ。

 向こうのキャルとマーティまで笑顔だ。はああ?

 王子が指輪を出した。周りのみんなは拍手した。

 「何これ!これってサプライズだったの?」

 いつの間にか自分がウエディングドレスを着ている。横は白服のクリス。

 「好きだよ。」

 嬉しくて、顔がニヤけてしまう。教会の鐘が鳴った。


 ベッドに朝の光がカーテン越しに差して来た。

 遠くで鳴る教会の鐘の音が聞こえている。

 幸せな夢。まだ多幸感が続いている。

 イケメン男子が私の髪を撫で、顔が見えるように後れ毛を手で流した。

 夢?こんなことあり得ない。これは夢。たまに見るリアルなやつ。さっきのよりリアルだ。

 若い男子が添い寝している。美形。まつ毛が長い。

 その慈愛に満ちた青い眼。まるで王子がエリザを見るように私を見ている。

 髪はそれほど長くない。でも私のように黒く、光が当たったところが透けて青く見える。幻想的。

 手を伸ばして頬に触れてみる。手触りがある夢。親指が柔らかい唇に触れた。

 「夢・・・あなたは誰?王子に似ているわ。」

 「エラお姉ちゃん?」

 「うん。・・・はっ?ええっ?えっ・・・はぎゃああああああ!」

 跳び起きて毛布を巻いて壁まで逃げた。パジャマは着ているがなんとなく。

 ミラがすっ飛んできた。

 「お嬢様!ああっ!きさま!何者!」

 男がベッドにいる。裸だ。痩せていて細マッチョ。

 「はわわわ、凄い美形!超イケメン!離れて見てもすごいイケメンだわ!」

 「お嬢様!しっかりなさって!」

 「ああっ!」首を振る。目覚めねば。

 ミラは怒鳴る。

 「貴様ーっ!何者かと聞いておる!」

 ミラは置いてあって短剣を抜いた。王様に貰った刃渡り三十センチのやつ。

 男は、しょうがねえなという感じに、目を細めながら片手で髪をかき上げた。

 「ああん!美しいッ!」

 「お嬢様!はしたない声をあげないで!」

 男はベッドから降りて立ち上がった。

 「ああ!やめて!」顔をそらして毛布を投げ渡した。

 男は毛布を前に持って、あくびし涙を拭きながら言った。

 「ミラ。僕はブルーだよ。人間化してみたんだ。」

 「な、なぜ人間化した!」

 「だって、王子が結婚して、エラお姉ちゃんが寂しそうだったから。」

 ミラが私を見た。恥ずっ!気まずっ!

 戦略兵器のドラゴンに気を遣わせてしまった。恥ずっ!

 「そう。・・・ありがとうね。」

 ブルーは「気に入った?」と言いながら両手を広げた。

 横を向く。「ああ!もう!やめてー!服を着なさい!ミラー!何とかしてー!」

 ミラがとりあえずシーツを巻きつけて古代ギリシャ人みたいなスタイルにした。


 とりあえず制服に着替えて、ミラ立会のもと、尋問、いや事情聴取する。

 「ブルー。あんた私に何かした?触った?」

 「触んないよ。ドラゴンマスターの嫌がる事はできないよ。」

 「ホントに?髪をこう、したじゃん。」

 「あとは毛布をかけてあげたぐらいだよ。」

 「・・・うん。寒かった。ありがとう。」

 怒りが削がれた。でもこういう事が続くと困る。しっかりと叱らねば。

 「で?なんでこんな事した?」

 「だって、寝言で「王子ごめんなさい。どうして?」って泣いてるから。」

 「ん?」

 喋ってたのか!恥ずっ!かあああと顔が熱くなる。

 ミラは目を閉じて私を見ようとしない。笑ってんな?笑ってるだろ?

 ブルーは話を続ける。

 「テレパシーじゃ届かなかったから、人間化するしかないじゃん?耳元で「好きだよ」って何度も言ってあげたら「むふ」って笑ってたよ。」

 ミラが「フッ」と言った。

 見たらうつむいて笑いを堪えている。

 「ミラ!笑わないで!」

 「はい。失礼しました。お詫びします・・・フッ」

 「ミラー!」

 「オホホホホ。ごめんなさい。駄目でした。あははは。」

 もう。そうだった。ミラはたまに失礼なのだ。この人はアンじゃない。

 普通の貴族ならメイドが主人を笑ったら厳罰・解雇だぞ。我がアクセル家はゆるいんだぞ。

 「もー、ブルー、そういう時は起こしてっ!」

 自分で訊いておいて恥をかいてしまった。薮から蛇だ。

 両手を顔に振って冷やす。大して冷えない。

 ひとしきり笑ったミラが改まって訊いた。

 「でもどうやってその体に?」

 「変身魔法。僕らは髪の毛一本あれば遺伝情報を掴めるんだ。だからベースはエラお姉ちゃんなんだよ。」

 「もお、王子に似せて王子の声で「好きだよ」とか絶対やっちゃだめだからね?いい?」

 「似せてないよ。二人は遺伝的に近いんじゃないの?僕らには分かる。匂いも似てるよ。」

 「ああ、クリスとは父親の違う兄妹なのよね。じゃあ、私を男にして補正するとイケメンになるのね。」

 「補正はしてないよ。」

 ミラが少しピリッとした。

 「・・お嬢様、それご存じだったんですね?」

 「ああ、ミラも知ってるのね?」

 「誰から聞かれました?」

 「ええ?私に尋問じゃん。王子がエリザに言ったのを聞いただけだよ。」

 正確には『読心能力』だが、これはあまりミラには知られたくない。普段から色々気を遣ってもらっているのに、これ以上気を遣わせるのはかわいそうだ。誰も心の中を見られたくはないだろう。

 「私のお母様には会った事があるの?」

 ミラ「はい。奥様には短い期間でしたが大変お世話になりました。でも、このお話は、第一王子の出生の秘密ですので、出来るだけ内密にと。旦那様もエラ様には伝えないようにとの事でした。」

 「ブルーも言っちゃダメだよ。」

 「うん。分かった。でも、人間型なら横を歩いてもいいよね?ポケットの中じゃ息苦しいし。」

 「ああ、ポケットは何とかしようね・・・待って!横歩く?」

 「いけない?」

 「駄目よ!イケメンすぎるし王子に似すぎ!嫉妬の的だわ!」

 「王子っぽいと駄目?クラレンスかアルノー風にしようか?」

 「それもダメ!」

 「どうしたらいい?」

 「そうね、えーっと、顔のベースはしょうがないから私より若くして、弟っぽく。で身長も私より低くして。」

 ブルーは少し光ってシュウッと煙が出て縮み、思った通りの姿になった。

 「うん。横を歩いていても良いぐらいにはなったわ。カワイイカワイイ。」

 「うふふ。嬉しい。」

 「あと、エラお姉ちゃんはやめて。えっと、エ、エラでいいわ。」

 ミラ「人前ではエラ様か、お嬢様で。公の場ではガブリエラお嬢様と呼びなさい。」

 「はあい。でもお姉様でもいいよね?」

 ミラは私を見た。

 「テレるけど。いいわ。」

 

 ブルーを遊ばせておくのも物騒なので、学園に連れて行く事にした。

 街をうろついていて誰かに絡まれて破壊光線を吐かれたら困る。

 急遽、男子用の制服を取り寄せ、着替えて貰った。

 建前上は私の従者として、授業中も私についてもらう。

 付いてもらうからには一緒に勉強できるか試す必要が出て来た。

 二人で廊下を歩く。

 「従者は一歩下がった方がいい?」

 「ま、横でいいんじゃない?後ろだと迷子になっても気づかないし。」

 「はあい。」

 すれ違う背の低い幼顔の少女が高い声で挨拶した。

 「あ、エラ様。おはようございます。」

 「おはようございます。ごきげんよう。」

 「ごきげんよう。ごめん遊ばせ。」

 まだ舌足らずなお嬢さな言葉が可愛い。

 日本の情報のせいで、小等部と中等部ができた。今は両方ともひとクラスしか無いが一階は小等部の六歳から十二歳の子達、中等部の十二歳から十五歳の子たちが廊下にいる。今までの十五歳から十八歳の初等部は高等部となって、それ以降は同じ研究部だ。

 女子たちが色めきたった。そしてヒソヒソ・キャッキャ言いながら付いてくる。

 そっか。これはまずい。ブルーが王子に似ているという事は若くしても同世代から見れば超絶イケメンかもしれない。早く研究部の棟にいこう。

 階段を上がった。上は高等部。三階が研究部だ。

 女子が下から言う。

 「エラ様、そのお方は?」

 振り向いたら「キャー!」と言われた。私じゃ無い。ブルーにだ。

 「えっと、遠縁の弟。執事代わりよ。ブルー挨拶して。」

 「よ、よろしく。」

 また「キャー!」だ。耳がイカレる。

 

 研究部の小講堂。定員三十人。この魔法学ゼミには女子しかいない。みんな集まって来た。

 女子「エラ様の従者の方?」

 「うん。そうよ。」

 「ねえ。あなたは幾つ?」

 ブルーが私を見る。知らないよね。私が答えるしかない。

 「十二歳よ。」

 ブルー「です。」

 また「きゃあ」だ。「カワイー」「かわいいよねー」「ねー」うるさいな。

 一級上の研究部二年になった副講師のエリザとメルが入って来た。成績がトップと二位だったからだ。

 二人とも初めからブルーを見ている。まあ、相当気になるだろうね。

 「おはようエリザ。結婚おめでとう。教会の仕事は続けられるんだって?」

 エリザ「エラ様ごきげんよう。で、その方は?」

 「ブルーよ。」

 「!」

 二人がまた写真のように動かなくなった。そりゃ驚くよね。

 ブルー「ああ、エリザ。今日も白いオーラが綺麗だね。」

 周りの女子たちが「わあ」とか「へえ」とか感嘆の声を上げた。いちいちうるさいな。

 エリザ「ありがとう。やはりブルーなのね。」

 メル「え?トカゲのブルー?」

 ブ「メルウィン様だね?僕はトカゲじゃないよ。」

 女子「何の事を話してらっしゃるの?」

 四十代男性の講師が入って来た。

 「はい。講義を始めます。」

 みんな席に着いた。

 「今日はアクセル家のブルー君が来ています。」

 女子「うちの従者も授業に参加させていいですか?」

 講師「うん?」

 そうなるよね。校長には事情を話してある。

 講師「まあ、編入試験に受かればね。いや、彼の場合は特例でね。知っての通りガブリエラ君はレベル外の魔法値の持ち主のため、彼の特殊な素質によって安定を図る必要があって同行が許されている。しかしながら、ただ同行しても時間の無駄であるので、できれば勉強もしたいと、まあ若いのにそういう殊勝な心がけの人物であるので、諸君もよろしくお願いしたい。」

 女子「確かに彼の魔力は特殊な感じがします。」

 講師「うん。それが分かる人には感知魔法レベル八十をあげよう。」

 講師は私にウインクした。誤魔化してくれた。本当は彼の安定を図る必要があるのだ。

 この日の授業は『詠唱魔法と魔法陣』だった。内容は基本のおさらいと実践的見地からのコメント。エリザは聖魔法の基本を見せ、メルは水魔法の基本を見せた。さすが研究部なのでレベル百を持っている猛者も多く、退屈そうな人も多かった。私もその一人。

 講師の先生は授業の終わりによせばいいのにブルーに感想を聞いた。

 ブルー「詠唱は、外部魔力、すなわち魔法使いの霊や精霊たち、聖魔法なら天使ですが、そういったパワーを呼び込むとともに、自身の精神波長を整え、自身の魔力と自分の意識を同調させる効果があると思われます。自他の魔力と自身の意識を瞬時に同通させる事ができる人なら詠唱は不要です。また魔法陣は魔力エネルギーを形にして現実世界に結晶化して留める効果があります。しかし、描くのに時間がかかり、正確を欠くと効力が失われます。またしかし、想いの中でその精密な理念を再現できれば描かなくても魔法発動ができると思います。エラ様、正しいですか?」

 「ん?いいんじゃない?よく知ってるのね。」

 「思い出したみたい。」

 「先生、どうですか?」

 「うん。若い割によく勉強しているね。アクセル家には老練魔術師の先生でもいるのかな?詠唱や魔法陣を想いの中で再現するためには基本を積み重ねる事が大事だと私は教えている。」

 ブルー「初心者にはその教育で良いと思います。」

 偉そうだが、言うと私を見る。うなづいて応えた。頭いいんじゃん。

 ブルーは思いで応えた。

 『人間型になったら魂の記憶を思い出したみたい。脳容量が大きいから理解力や応用力が発揮できて面白いね。』

 女子たちがサワサワしている。

 「すごいね。」「頭いいね。」

 う〜ん。トカゲの大きさで封印される前、少なくとも五千年前はかなりの知性があったのだろう。でもいちいち私を見るのは『マスターとしての契約』のせいだろう。私の言う事を聞く契約になっているらしい。

 契約・・・前にポーラに『精霊との契約』の話をした事がある。

 キャルとの戦いの時、瞬間移動の移動先をイメージできなかった。普通なら亜空間に閉じ込められてもおかしくない。ポーラが導いてくれたのだろう。

 

 剣の授業。

 私は師範レベル。いや、レベルカンストのため見学。魔王レベルどころではないのでお嬢様たちに剣を振るう訳にはいかない。カンスト?「レベル完全ストライク」の事だろう。

 『レベルカウンターストップのことだったよね?』

 ポーラ?ゲームやるの?私は柔道女だったからゲーム用語苦手なのよ。

 『ゲームなんてなかったが、間違いは良くない。』

 ブルーがお嬢様の木剣を自分の木剣でくるりとひねって吹っ飛ばした。『木の葉返し』だ。

 「やるじゃん。」

 王宮騎士の講師が言う。

 「相手をしてあげたら?」

 彼は木剣を柄を上にして投げた。

 受け取って言う。

 「ブルー!かかって来なさい!」

 ブルーは目を輝かせた。

 「はーい!」

 満面の笑みで思い切り振りかぶって飛び込んで打ち込んでくる。

 一撃一撃が重くて受けるのが大変。

 エリザとメルは『小手抜き面』を交互にひたすら繰り返しながら私たちをチラチラ見ている。

 ブルーの打ち込みはだんだん強く速くなってくる。こっちも途中から剣魔法で受ける。

 ブルーの木剣もオーラを帯びた。周囲に剣圧で風が吹きだした。

 ブルーのスピードが速くなって来た。夢中だ。木剣の当たる音がカカカカと連続する。

 後ろにジャンプして距離をとり、遠隔剣撃で斬れない程度に彼を跳ね飛ばした。

 ブルー「すごーい!」

 彼は着地してすぐに木剣からすごい光を出した。

 その上、どでかいファイヤーボールを出しやがった。バカモンが。お嬢様たちが焼け死ぬぞ。

 「もー!」

 剣先からブラックメテオを出して相殺した。

 「わあ!!お姉ちゃんすごーい!」

 ポーラの声がした。

 『もうやめな。あいつ興奮させると翼出してドラゴンに戻っちゃうよ。』

 そんな感じ。ブルーは剣を構えてワクワクして震えが来ている。

 「終わり終わり!」

 木剣を投げた。彼が受け取った。

 「えー?もう終わり?楽しかったのにぃ。」

 みんな唖然。

 エリザとメルは拍手した。

 ブルーは私の魔力を受けてどこまでも強化されてゆく。延々戦えばいつか負けるだろう。ドラゴンマスターは配下のドラゴンと戦ってはならないらしい。


 食堂。

 エリザ「日本の女性誌に載っていたシャワーが学園にも導入されたのよね。練習後のシャワーは嬉しいわあ。」

 「うん。」

 メル「ね!うちの召使たちって魔龍族じゃん?」

 「え?あ、うん。」

 エリザ「あまり言ってはいけないのではなくて?特例入国の説明が面倒だと、」

 メル「そうなんだけど、魔龍族ってドラゴンと人間が交わった子孫だって言うじゃん?」

 「うん。」

 メル「私そんなの絶対ないって思ってた。トカゲと愛し合うなんて絶対ないわって、でも人間化したブルーを見ると『アリ』だね?」

 エリザ「やだあ。」

 「まあ、もっとイケメンにもなれるんだけどね。」

 「!」

 二人ともすごい目で私を見た。

 「えっ?」

 アンとエグザとジェイがやって来た。大男二人は執事風の黒服でかっこいい。

 エリザ「ああ、今日は三人お揃いなのね。」

 アン「メルウィン様、先ほどすごいレベルの魔力が感じられましたが、何かございましたか?」

 そこにブルーがタオルで頭を拭きながら来た。

 「お姉様たち何の話してたの?」

 「えっ?」

 メル「ううん。何でもないよねエリザ。」

 「ええ、あ、でもお姉様たちなんて呼ばれるの新鮮ですわ。」

 大男二人が立っているが若干身構えて戦闘態勢になっている。しかしその手がブルブル震えている。

 メル「あれ?どうしたのアン?」

 アンは青い顔で言う。

 「申し訳ありませんお嬢様。」

 メル「えへ?なになに?今怒ってないけど?」

 アンも震えている。

 エリザ「ブルーが怖いのでは?」

 アンは絞り出すように大声で言った。

 「いいえ!お嬢様のためなら命をかけて戦います!」

 メル「アハハハハ!何言ってんの?そんなこと言わないよ?」

 あのかっこいいアンが怯えている?おかしいけど、何とかしないと。

 「ねえブルー。自己紹介して緊張を解いてあげて。」

 「はいエラ様。僕はブルー。よろしくね。」

 手を出した。握手だ。

 アンは一瞬躊躇したが、すぐに笑顔で手を握った。

 しかし何も言わずだった。冷や汗とひきつった笑顔。

 ブルーが言った。

 「ああ、君たちはあれだね。『レッドアイズ』の子孫だね?」

 アンの髪が逆立った。アンは全力でブルーの手を振り払って走って行った。

 メル「えっ?アン?待って!みんなごめん。アンを追うわ。」

 メルも走って行った。

 ブルー「ああ、ダメなんだね。」

 二人の大男はその場から動けなかった。

 ブルー「あいつとは仲が悪かったからね。子孫ともそりが合わないのかな。」

 ブルーは首を傾げた。

 「それって、いつの話?」

 「わかんない。すごく前。」

 二人の大男は直立不動で震えている。

 ブルー「言ってもいい?」

 「二人のためになるならね。」

 ブルー「ありがとうエラ様。君たち、さっきの女の人に仕えるために来たんだよね?」

 二人がビクッとした。過去を見る能力もあるのか?

 ブルー「早く行ってあげなよ。僕のことは気にしないで。今は『マスター持ち』だから安全に付き合えるよ。」

 ジェイ「はいいいい!」

 二人も走って行った。

 唖然。

 エリザ「どうなってるの?あんなに強い魔龍族が、何であんなに怯えるの?初対面なのに。」

 ブルー「犬が狼に会った時と同じだよね。絶対勝てないと本能的に思うんだよね。」

 「ほおお?」

 確かにアンは魔龍族の英雄に対して、ぶっちぎりの強さを見せた。向こうでは『角があるのはドラゴンの血が濃い高級貴族の証』と言うらしい。あのウエシティンという国での常識はそうなのだ。だから『生粋のドラゴン』が現れたら魔龍族は誰も勝てないということ?

 ブルー「昔さ、レッドアイズが人間の手に落ちたと聞いて悔しくてさ。でもその人間も死んじゃって、レッドアイズの奴、子孫たちを守るために必死こいちゃってさ。人間につかまって封印されちゃってさ。情けなくって頭に来て子孫たちに嫌がらせしちゃったのさ。」

 エリザ「魔王帝の時の前?」

 「うん。僕らは封印されたのも一度や二度じゃないからね。でも、余計なことしちゃったな。子孫に恐怖心が残っちゃった。今なら彼の気持ちがわかる。最近、封印されてる彼に謝ったけど、彼も今は記憶がないから、何のことか分からなかっただろうな。」

 「嫌がらせって、何をしたの?」

 「相当食べた。」

 「おお、それはこわいわ。」

 エリザ「でも、魔龍族でも絶対勝てないことはないじゃなくて?」

 「そうだよ。アンなんてレベル六百だからあんたより強いよ。」

 「うん。だからよく負けて封印されちゃうんだけど、でも魔龍族はそうは考えない。「上下感覚」っていうか「弱肉強食」が身についてるから彼らのメンタルじゃ僕らには勝てないね。その点は人間の方が強いよ。でも『マスター持ち』のドラゴンはレベル五百じゃないからね。それを感じ取って怯えるのは身を守る本能としては正しいよね。」

 エリザ「それはどのくらい前の話なの?魔龍族が天龍族だった頃?」

 「もうちょい後かなあ。魔王帝?彼の時よりは前だよね。彼の時も封印から助けてもらって支配の契約になった気がする。」

 「ん?待って。魔王帝が助けたの?」

 「魔王帝っていうと不思議だけど、彼は優しかったよ。ローランドの皇帝の方が人でなしのように言われてた気がする。皇帝ハマンは魔王だって。」

 エリザ「でも悪魔は反対のことを言うのよ。」

 「ん?そうかな。そうだよね。あは。僕はバカだから騙されたんだと思うよ。」

 『騙された』

 急に涙が出た。心が揺れる!何これ!

 心がザワザワして止まらない。

 何だろう?この違和感。知ってる。この感じ知ってる!

 何か思い出せそう!前回のガブリエラの事。

 王国の何かを暴いた。騙されていた。

 孤独を感じた。そして戦い、魔力を封じられ、王子に処刑されそうになった?


 以下、その5に続く。

 

 

次回、その5 『王国の秘密編』。また一ヶ月と少しかかると思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ