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アフターシキ  作者: 水無柘榴
2/5

神の死 1820~1840

神が死んだことを説明する話です。

1

 あるところに神がいた。神は、その世界において唯一の存在であった。神は退屈した。何かを体験したいと思った。だから神は世界と、ごく少数の生命を作った。生命は数を増やし、姿形を多様化させていった。中でも、自らを「人」と名乗った生物は、複雑で繊細な作りであるため登場こそ遅かったが、その発展の速度は目覚ましいものだった。言語という明確な意思疎通の手段の確立。神は人について、これまでで見てきた中で最も面白い生物だと感じた。

 神は退屈していた。人が現れて、文明を築きはじめ、長い時間が過ぎた。人の成長は止まっていた。人を見ていても、もうかつてほど面白くはない。神は退屈を癒す方法を考えた。

 神は、人として生を受け、その「人としての一生」を過ごすことで、退屈が癒せるのではないかと考えた。


2

 神はある、人の夫婦の子として生まれた。男の子だ。神は、肉体の感覚が普段と異なり戸惑った。神は、普通の人の子供として振る舞った。両親もそれを疑っていないようだった。両親は神に、限りなく大きな愛情を注いでくれた。それは神には初めての経験だった。

 神はすくすくと育っていった。神は様々な経験をした。神は、意識こそ神のものでも肉体は幼児そのものだったので、脳の構造上、思うように考えられないでいた。できないことも多かった。神は不自由に思った。

 体が成長し、神は少年となった。少年となって、やりたいと思うことの一部ができるようになった。街の他の子供に混じって、野に走り出し疲れ果て、自宅で用意されている夕食をとる。神は、これが人にとっての幸せかと考えた。それは神にも幸せだった。

 神は青年になった。神の身体だった頃と比較するとまだ不便さは感じているが、それでも、多くは思うがままだ。この身体を得てから、大した時間は過ぎていない。しかし、ある程度慣れというものはある。

 神には数人の友人がいた。彼らは、子供から大人になるまで、あるいは、大人になった今も、恋や愛に身をやつし生きている。神にはそれが理解できなかった。


3

 神の住む街に、旅人が訪れた。彼女の名前はティナ。この世界で旅人は決して数の少ないものではなかったが、小さい街だったので、旅人の訪れは住民の間で話題となった。旅人は街に唯一の宿に泊まった。旅人はしばらくの間ここに滞在するらしかった。見聞によると旅人は美しい白い髪の少女であるらしい。神は旅人に興味を惹かれ、旅人を訪ねてみることにした。

「こんにちは」

 神は声をかけた。思っていたより短い髪だった。

「こんにちは、良い天気ですね」

 雪が降っていた。神は興味深く思った。

「そうですね、僕も雪は良い天気だと思います」

 女は少し目を見開いたあと、くすりと笑った。きっと、神がこう答えることを予想していなかったのだろう。

「そのように私の意見を肯定してくれた人はあなたが初めてです。大抵の場合、今は雪が降っていますよ、とか、雪が良い天気ですか?とか、冗談混じりに指摘してくるものですが。」

「雪は良い天気ではないのですか?」

「私も、雪は良い天気だと思います。嘘じゃなくて、本当に。」

 神は少々安堵した。この女は、僕を試したのか、と考えてしまっていた。

「それで、私に何かご用ですか?」

「いえ、用事があったわけではないのですが、あなたがこの街を訪れたときから、私はあなたに興味を抱いていたのです」

「あ、そうだったんですか。それなら、いつでも話しかけてくれたらよかったのに」

 素敵な笑顔だった。少なくとも神はそう思った。


4

 神はティナと親しくなった。時々、彼女の街での活動を手伝ったりもした。ティナと会う度に、神は彼女に惹かれていった。神は旅人に恋をしていた。神は自分が人に恋をしたことに衝撃を受けた。恋をしている間は、神は等身大の青年、人間だった。退屈ではなかった。この感情を彼女に告げることはできない。告げることで、今の関係が不安定になってしまうかもしれない。そう考えるだけで、青年は不安でならなかった。

 旅人である以上、彼女はいずれこの街を旅立つだろう。青年にはそれが恐ろしかった。もう二度と会えないかもしれない。別れがいつ訪れるかもわからない。友人たちの気持ちも今ならわかる。人に恋をする。なんて残酷で、素敵なことだろうと思った。青年は恋に魅せられていた。


5

 ティナは今日旅立つらしい。この辺りの厳しい冬を乗り越えるために滞在していたのだという。そして冬は終わった。本当は旅立ってほしくないが、仕方のないことだ、と青年は思った。日が沈んで、あたりは暗くなってきた。彼女の旅立ちに街の多くの人が見送りに出てきた。それにしても、なぜ日没から旅立つのか、青年は不思議に思った。でももう暖かいし、旅立ちが夜でも問題はないだろう。

 ティナは、旅立つ前に、と青年を呼び出した。これから何が起こるのかわからず、少し緊張した。


 青年はティナに連れられて、建物の陰、人目のつかないところに移動した。

 旅人は青年より身長が低かった。なので、旅人は少し背伸びをする必要があった。

 ティナは青年にキスをした。

 きみの柔らかい唇が、僕の唇に触れて、温かさがわかった。

 僕は頭の中が真っ白になった。

 何も考えられなかった。

 きみの唇と僕の唇が離れて、僕は倒れ込む。

 苦しい。

 心臓が固まって動きを止めていた。

 それどころか、身体中、どこも動かすことができなかった。

 体温が下がっていくのを感じた。

 頭が痛い。

 これが、死。


 神は死んだ。殺された。愛していた女に、殺された。

 神はもう戻らない。


6

 世界のバランスが崩れ、綻びが生まれた。その綻びから、人々に能力が、神の力の一部が渡ることになった。

「イビル」触れた生命を無条件で殺す。

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