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第9話 お城はとても広かったです


 みんなで頑張ったので思ってたよりはすんなりとお掃除が終わりました。でも汚れた肌を洗い流して着替えてってしてたら、朝ごはんの時間なんてとうに過ぎちゃって。


 一通りのことが終わって疲れたーお腹すいたーってソファーに倒れ込んだら、ぜんぶ手伝ってくれたメイドさんたちと入れ替わりにベランジェさんが来ました。今日もつやつやの白髪が眩しいし、とっても美人です。


「やあ、未来の公爵夫人は今日もご機嫌麗しく?」


「ぼちぼちですねー」


「アハハハハ! 厳しいことで有名なベッカ夫人が貴女をどれくらい淑女にするか、今から楽しみで仕方ないよ」


「私これでもやればできる子なんで――」


 起き上がった私の顔を見て、ベランジェさんはもっと大きく、のけぞるように笑い始めました。


「人の顔見て笑うのはさすがの私も紳士的じゃないってわかるんですけど?」


「いや、アハハハ、ちょ、待って。ぶふーっ。待っ」


 ベランジェさんはお腹をさすりながら鏡を指しました。ソファーから降りて鏡の前に立つと、私の顔の右のほっぺが真っ黒! あと鼻の頭と、こめかみ周辺も。


「え、なんで、さっきぜんぶ綺麗にしたのに、えっ、あれっ?」


「ひーっ。待ってね、人を呼ぶから」


 まだ笑いの発作から戻って来られないらしいベランジェさんは、呼び鈴を鳴らしてからハンカチでソファーの座面を拭いました。あ、黒くなった。濃いグレーの革のソファーだから目立たなかったみたい。


「そこは気付かなかったぁー!」


「遠いどこかの島国では、釣果記録のために魚にインクを塗って紙に写す文化があると聞いたことがあるけど、まさかエリス嬢にそっちの教養があるとは。いやはやお見それしました」


「魚じゃないし!」


「きっと可愛らしいアートができると思うよ」


 呼ばれて飛び込んで来たメイドさんが私の顔や髪を拭ってくれて、ひとまず回復できたみたいです。ドレスに影響がなかったのが幸いですね。また着替えるの疲れちゃうもの。お化粧はし直しだけど。


 ベランジェさんもやっと落ち着いたのか、瞳を柔らかく細めて首を傾げました。


「何があったか、僕もルーシュももう知っているんだけど」


「え、怖。そういうの地獄耳って言うんですよ、そのどっかの島国では」


「急に教養を見せつけてきたね。で、どうしてほしい?」


「庇うつもりはないし雇用主が判断すればいいと思うけど、でも誰だって一度や二度は失敗するでしょ」


 つまり次はないってことです。妹だったら容赦なく鞭打ちって言うだろうし、罰するのが普通の貴族なのかもしれないけど。


 楽しげな表情を浮かべて頷いたベランジェさんは、私に右手を差し出して扉のほうを顎で指し示しました。


「実はルーシュから城の案内を命じられてここに来たんだ。最低限知っておくべき部屋と、もしものときの逃亡経路として庭のほうを少し、覚えてもらおうかな」


「はぁい」


 彼の手に左手を乗せたところで、また私のお腹がグルルルルルルと鳴きました。この図ったようなタイミングはなんなのっ?


「ぶーっ! 今日も、くくっ……貴女のお腹のドラゴンは元気で、スーッ、なによりだ」


「途中で深呼吸挟むのやめて」


「ふふ。じゃ、食事を先にしようか」


 というわけで、パンとスープを食べてから城の内外をベランジェさんに案内してもらいました。


 必要最低限の部屋となるとそう多くはなくて、ルーシュさまや公爵さまのお部屋とか、図書室とか、それに遊戯室や談話室くらい。あ、あとダンスの練習をする小ホールも。

 お外はちょっとだけって言われた理由がわかるくらい広くてびっくりしました。敷地内なのに川とか林とかあるし。何に使うのかわからない小さめの建物もいくつかあって、ちょっとした村だし迷子必須。ぜったい迷子になります、お約束します。


「王さまのお城はもっとすごいんでしょうね」


「実はダスティーユ城が国内じゃ最大規模なんだよ」


「えっ、王さまの居城より」


「北の『暗い森』からくる魔物たちと戦うために、人間も物資も最も多く必要とする場所だからね」


 そう言ったベランジェさんの横顔はちょっとだけ誇らしそうでした。


 城に何かあった場合の逃げ道を簡単に説明してもらって、次は「銀の暁光騎士団」の宿舎へ連れて行ってもらうことに。修練場や厩舎もその周辺にあって……ってそろそろ覚えきれない!


 屋外の修練場ではルーシュさまが騎士たちに指導しているようでしたが、遠くから眺めているだけなのでよくわかりません。

 近づいたら騎士たちが大騒ぎするから、まだダメだって言われました。みんな未来の公爵夫人に興味津々なんですって。


「ルーシュさまってどれくらいお強いんですか?」


「うーん、この国で一二を争うくらい?」


「ベランジェさんは?」


「ベルでいいよ。僕はね、この騎士団で五本の指に入るくらい」


「国内では?」


「五本の指に入るくらい」


 見上げると、ベルの薄い空色の瞳がイタズラっ子みたいに輝きました。


「んもー、はいはい強い強い」


「アハハ。じゃあそろそろ戻ろうか。午後はベッカ夫人が来るから、今のうちに休憩しておいたほうが――」


「ね、ベル、あれブリテさんですよね」


 お買い物にでも行っていたのでしょうか、朝お会いしたときよりさらに華やかな装いのブリテさんが、メイドを引き連れて修練場のほうへと向かうのが見えました。なんて軽やかな足取り……餌を見つけた鳩みたい!


「あちゃー。鍛錬の邪魔してルーシュのご機嫌を損ねないといいのだけど」


「あの二人って仲良しなんですか」


「ブリテ嬢は昔からルーシュに懐いててね、子どもの頃はルーシュと結婚するんだって方々で息巻いてたくらいさ。ルーシュも昔は妹みたいに可愛がってたけどねぇ」


「ふーん」


 ブリテさんがちょっと感じ悪い気がしたのはそのせいかって察しちゃった。なるほど面倒くさい!

 でももし私がいなかったら、または公爵さまが亡くなって私が足枷じゃなくなったら、あの二人はどういう関係になるのかしら。子爵令嬢だと結婚相手として釣り合わない? でも私なんてほぼ平民だしな……。


「お兄さまぁー!」


 遠くから甘い声が聞こえて来たので、私は城内へ戻ることにしました。




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