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第8話 すごいご挨拶をもらいました


 朝起きたらメイドさんが準備を手伝いに来てくれました。ドレスを選んだり髪を結ったりするのは侍女の仕事って思ってたのだけど、ブ……ブリ……ブリテさん! ブリテさんは来ません。

 まぁ、用事があるって言ってたし。挨拶だけでもみたいな流れだった気がするのでそれはいいんですけど。挨拶にはいつ来てくれるんでしょう? 待たずにお散歩とかご飯とか行ってもいいのかしら。


 お化粧をしてもらってる間に、また別のメイドが入って来て真っ直ぐ暖炉へ向かいました。暖炉のお手入れでしょうか、余分な灰や木片を取り除いたり周囲の埃の掃除をしたりは日課ですからね。なんと、私もできます!


 ただ、高位の貴族ではこれが普通なのかよくわからないのですけど、暖炉のお手入れってメイドの仕事ではないのでは……?

 それに、部屋の主が準備をしている間に暖炉の掃除をするのって普通のこと? 伯爵家で私がそんなことしたら、手当たり次第に花瓶とか扇とかが飛んでくるんですけど……。

 チラっと見て思いっきり眉をひそめたメイドさんもいるので、やっぱり普通はしないよねーって。


 でもでもそんなことより!

 私が気になるのは暖炉の中身です!


 昨夜、読み終えた手紙を暖炉に放り込んだんですけど……ちゃんと燃え尽きてくれてるかしら? 火が移ったところまで確認したとはいえ、ちょっと不安です。


 どんなお手紙だったかというと。


『昨夜は助けていただきありがとうございました。三日後の満月の夜に、夜明けの灯火亭でお会いしましょう』


 それだけ。

 名前もない簡素なメッセージです。だけど、差出人がおとといの夜に私たちを襲った、顔に傷のある吸血鬼であることは確かなんですよね。あの場にいた人がこれを読めば確実にそうと気付くはずです。


 一緒にご飯が食べたいってわけでもないでしょうけど、私としても聞きたいことはたくさんあるので出掛けてみようかなと。どうしてママンを知っているのか、どうして人間を襲うのか、なぜ子どもを襲う吸血鬼がいるのか、とかとか。まぁ、最後のは知ってるかわかんないけど。


 なんだか落ち着かなくて暖炉のほうへ視線を向けると、掃除を終えたメイドさんが灰を入れた桶を手にこちらへ向かってくるところでした。いや出口はあちらですけど?


「キャー!」


 支度を手伝ってくれたメイドさんのひとりが叫びながら飛び退きました。なんと、暖炉のお手入れをしてくれたメイドさんが躓いて転げたのです! 飛び散る灰が汚い雪みたい。

 また別のメイドさんは私を守るように間に入ろうとしてくれて。間に合いはしなかったけど被害を分担することができました。あっという間にみんな真っ黒けです。


「な、な、なんてことを――っ」


 言葉を失うメイドさん。


「もっ! 申し訳ございませんっ!」


 床に頭をぶつけるようにひれ伏すメイドさん。


「えっと、あっ、お召し変えを……あ、わたしどもも着替えないと」


 慌てふためくメイドさん。爽やかな朝の客室が一瞬にして地獄みたいになりました。

 と、そこにノックの音が響いて返事をする間もなく扉が開きます。


「失礼いたします。カツーハ伯爵令嬢へご挨拶に伺いましたの」


 ばばーんとメイドさんをふたり従えてやって来たのは、念入りにおめかししたように見える貴族風の女性。きっとあれがブリ……ブリテさんですね。

 ブリテさんはチラっとこちらを見るなり、驚くでもなく扇を広げて口元を隠しました。


「酷いわね、なんて汚らしいのかしら」


「はじめまして、ブリテさん」


「え? あ、ええ。初めてお目にかかりますわ。まさかアナタ様がわたくしの主人になる方?」


「そうみたいです」


 立ち上がって彼女に一歩近づくと、彼女は一歩後ろへ下がりました。私の動きに合わせて灰が舞ったのが気になったみたい。


「全身真っ黒ではないですか。さっさとお着替えになったらいかが?」


「お部屋の掃除をしてからにします。じゃないとまた汚れちゃうし。ブリテさんはこのあと用事があるって聞きましたけど」


「その通りですわ。すぐにも出発しないといけませんからお手伝いは出来かねます」


 私がお返事するよりも早く、ブリテさんは「ではごきげんよう」ってお部屋を出て行きました。今のが挨拶だったってことですよね、お名前も名乗ってもらってないけどいいのかな、まいっか!


 振り返ると、居心地の悪そうなメイドさんが三人。うち一人は灰をぶちまけた当人で、ひれ伏したまま顔を上げ、目に涙を浮かべています。

 このメイドさんがブリテさんとアイコンタクトをとってたのは気付いたんですけど、ブリテさんに脅されてやったのかノリノリでやったのか判断がつかないんですよね。


「えっと。こういうとき、罰を与えるのが普通……って認識で合ってます? あ、でも私はまだこのお城の人間じゃないから違うか。ルーシュさまに報告を――」


 言ってる途中で私のドレスが引っ張られる感覚。暖炉掃除のメイドさんがひれ伏したまま膝で前進して、ドレスの裾に縋りついてました。


「そっ、それだけはどうか」


「えっ、ダメなの?」


 うーん、ルーシュさまが怖いのかしら? じゃあこんなことしなければいいのに、よくわかんないな。まぁこのままじゃ埒が明かないし、いったん不問ってことにしましょうか。鞭で打たれたわけでも扇で殴られたわけでもないですからね。汚れたものは洗えばいいんだし。


「まぁいいや。じゃあ、あなたはこの部屋を掃除するの手伝ってください。他のお二人は……この部屋の掃除もお二人の仕事……ですよね、そうですよね。じゃあみんなで綺麗にしましょう!」


 私が袖をまくろうとすると、私をかばおうとしてくれたメイドさんが慌てて私の手を止めました。


「お嬢様にそのようなこと! 別室でゆっくり――」


「でもこの状況じゃ着替えてもすぐ汚れちゃうし。ここをどうにかしないと私もどこにも行けませんから。ね!」


 というわけで、みんなでお掃除です!





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