第7話 私の直感は何かおかしいって言ってます
ダスティーユ城へ戻ると家令さんが子爵令嬢の到着を告げました。なんでも私の侍女としてルーシュさまがお呼びになったそうです。ベランジェさんと同様、代々公爵家に仕えるお家柄だとか。
メイドさんたちがお忙しそうに走り回っているのはそのせいでしょうか?
「寝てると言ったか? 薔薇風呂に入って? 侍女が?」
「はい。お疲れだとのことで……明日も用事があるのでエリスお嬢様には午後にご挨拶へうかがうと」
「は? アレは両親が行儀見習いに出したいと言うから仕方なくこっちで受けたんだ、それを――」
「それが、その……」
歯切れの悪い家令さんがちらっと私を見て、「おっしゃる通りで」とモゴモゴってなりました。そこで私、ピンときちゃったんです!
「見習う相手がいないからでは?」
絶対そう! このお城には公爵夫人もいないし、行儀見習いって何を見習うのかしら?
ベランジェさんが思いきり笑い出しました。ほんとによく笑うなこの人。ルーシュさまは眉がくっついちゃうんじゃないかってくらいお顔を凶悪に歪めます。
「そういう心根だから他に行くところがないんだろうが」
「ぶふっ。エリス嬢にも見習うとこあるよってフォローしないんだ……くっ……。まぁ、ブリテ嬢もこれから学んでいけばいいんじゃないかな。明日は用事の前に挨拶だけでもするよう言ってさ」
ベランジェさんの提案にルーシュさまが頷いて、家令さんはその場を離れました。ベランジェさんも剣を振らないと、と外へ。
残された私とルーシュさまは、そろりそろりと顔を見合わせます。
「夕食は?」
「食べれません」
「夜食を準備させておく」
「至れり尽くせりだ」
「淑女らしい言葉も覚えろ」
沈黙。
私、このお城にぽいと放置されても何をすればいいのかわからないんですよね。なんかこう、貴族っぽくなるための勉強とかしたほうがいいと思うんだけど、本がどこにあるかわかんないし……。
「あっ」
そうだ、探検をしよう、そうしよう。
このお城とっても大きいし、何時間でも潰せそう!
「待て、どこへ行く。嫌な予感しかしない」
歩き出した私の首根っこを掴まれました。猫みたいだ。
「にゃー」
「どうせならもっと可愛く鳴いたらどうだ」
「お城の探検に!」
「会話のテンポがひとつズレてるな。明日の午前中にでも誰かに案内させる」
「みゃお」
すごい変なものを見るみたいな目で見下されたあとで、ポイっと首根っこを解放されました。
つまり「今」やることがまたなくなっちゃったな。何をしようかな。ってきょろきょろしていたら、ルーシュさまが私の手を取って自分の腕に乗せます。
これ、習ったことある。エスコートされるときのやつですよね!
「見せたいものがある」
そう言ってルーシュさまが連れて行ってくれたのは、ギャラリーでした。名のある画家の絵が並べられる中に、歴代の公爵さまの肖像画もあります。
初代さまや先代の肖像画はエントランスホールにもありましたけど、こうして見ると脈々と受け継がれてきたーって感じがこう、ぐわーってしますね。
「これだ」
「ママン! ……とお父さまだ。若い」
吸血鬼であるママンの容貌は変わらないのですぐわかりました。お父さまは記憶の中のそれよりずっと若くてちょっと笑っちゃった。
「結婚祝いのつもりだったようだが、贈ることが叶わなかったからな」
「そっか」
あらためて見るとやっぱりママンはすごく綺麗で、私がちょっとやそっと大人っぽくなってもこんな魅力は出ないなって思い知らされちゃった。百年や二百年生きてきた内面的な魅力なんて、絶対身につかないもん。
「俺の母も俺をかばって死んだ」
ぽつりとルーシュさまがこぼしました。「俺の母も」という言葉に、私がママンの話をしたときの彼の表情を思い出します。強く握った拳も。
彼の目は家族の肖像画に向けられていて、それは在りし日のルーシュさまとその両親で。
「優しそうなママですね」
何があったのかって聞けるほど仲良くないからそれ以上なにも言えなかったんですけど、彼は少しずつその日のことを話してくれました。
「領地の視察には俺もついて行くことになっていた。父の仕事を見て覚えるためだ。あのときは両親の記念日だからと旅行を兼ねて母もついて来ていた」
視察を終えて宿へ戻ろうとしたとき、吸血鬼が出没したとの報を得て公爵さまは現場へ。ルーシュさまと公爵夫人は護衛のために残った少数の騎士と一緒に帰路を急いだそうです。
でも、そこを吸血鬼の集団に襲われた。
「当時俺はまだ八歳で、何もできないくせに『母を頼む』という父の言葉を真に受けていた」
吸血鬼を傷つけることさえできない普通の剣を片手に、馬車を飛び出したそうです。
「奴らは俺を見つけるなり集まって来てなぶり殺しにしようとした。そこへ母が割って入ったんだ」
「え……っ?」
八歳の子を集団でなぶり殺しに? それは何かがおかしいです。吸血鬼にはいくつかの例外を除いて子どもに手を出さないというルールがありますから。
その例外だって、怪我や病気ですぐにも死ぬことが確定しているとかそういう限定的な話で。だって子どもは生かさないと、八歳の子と大人とを比べたら血液量は三倍くらい違います。それに子どもを殺したら人間が増えないでしょう?
なんて、言えるはずもなく。
「そのとき、我が公爵家の存在理由を思い知った。俺は吸血鬼をこの世から一匹残らず消すと誓ったんだ」
上手に言い表せないけど、何か違和感があるんです。もちろんルーシュさまは嘘なんてついてないんですけど、なんというか、吸血鬼の挙動がおかしい。
もやもやする気持ちをぶつけるべくスカートを両手でぎゅっと握ったら、右手の中でくしゃりと紙が潰れる感触がありました。
そうだ、手紙を読まないと……。