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第6話 生粋のお嬢さまだって腹の虫は鳴ります


 早速ドレスショップへ向かい、すごく久しぶりにドレスを着ました。可愛いけど重い! そうそう、ドレスって重かったなーなんて思いつつ、でもかわいーってわくわくで試着を重ねて。結局五着くらい袖を通したあたりから疲れちゃって死んだ魚の目になってました。


 ぜんぶでどれくらい購入したのか、私にはわかりません。ルーシュさまもベランジェさんも値段とか全然気にしてないし。怖。

 んでそのうちの一着は着たままなんですけど、街歩き用だというのに歩きづらいしお腹苦しいし、こんな生活が続くのかと思うと婚約破棄したくなっちゃった。


「よく似合っているよ。元が綺麗だから生粋のお嬢様という風情だね」


「ベランジェさんは生粋のお嬢さまを見たことあるんですか、絶対ないですよね。生粋のお嬢さまはドレスの裾踏みませんし、袖をそのへんに引っ掛けないし、三歩ごとに立ち止まって深呼吸とかしないです」


「ぶっ。く……あはは! 確かに行動はお嬢様ではないね。ほら頬を膨らませないで、背筋を伸ばして」


 ショップを出てすぐのところで、ベランジェさんが私の背中をぱしっと軽く叩きました。と同時に、私のお腹の虫が盛大にグルルルルルルって。それはもう、大通りの向こう側まで聞こえるんじゃないかってくらい!

 私たち三人は顔を見合わせます。そしてベランジェさんは手を叩いて片足で地面を踏み鳴らしながら大笑い。ルーシュさまは額を手で押さえてため息をつきながら首を横に振って。


「淑女は腹を鳴らさない」


「嘘だ! 生理現象までどうにかできるわけない! それは幻想だ!」


「百歩譲って幻想だったにせよ、ドラゴンのような咆哮をあげる虫を飼う淑女は存在しない、間違いなくだ」


「いま存在が確認されましたね」


 一方は息も絶え絶えに笑い転げ、もう一方は肩を落としてさらに深いため息をつきました。

 んもー。お腹すいちゃうのは仕方のないことなのに!


「二時もとうに過ぎているし空腹は仕方のないことだよ。さぁ、虫のご機嫌を取りに食事にでも行こうか、ルーシュ?」


 道中で聞きましたが、ルーシュさまとベランジェさんは小さい頃から兄弟同然に育ったんですって。ベランジェさんのお家、ロシュ男爵家は代々公爵家に仕える武門なのだそうで、だからお二人とも私の両親を知っているとか。

 つまり何かが違ったら、私もお二人と一緒に育ってたのかもしれないんですよね。つくづく人生って不思議だわ。


「いつものとこでいいか」


「夜明けの灯火(ともしび)亭だね。うん、いいんじゃないかな。堅苦しいのは駄目そうだしね、アハハハハ」


 面倒くさそうにルーシュさまが案内してくれたのは、大きめの酒場でした。もちろん昼間ですから、お酒じゃなくて普通のご飯も提供してくれるようです。


 扉を開けるとカラランとカウベルが鳴り響き、カウンターの向こう側でお皿を拭いていた店主らしき男性が顔をあげました。背はそんなに高くないけど筋骨隆々で、私の両脇にいる二人よりよほど戦士って感じがします。


「おー若サマか。いらっしゃい、空いてる席に座っ――」


 彼の手から皿が落ち、けたたましい音が店内の注目を集めました。

 店主はゆっくりとカウンターを出てこちらへ。


「ミネット……? じゃない、な。すまん、人違いをした」


「娘だ」


 ルーシュさまが告げると、店主は私の顔をまじまじと見てから震える手で肩に触れます。ひげもじゃのお顔がみるみるうちに崩れて泣き出してしまいました。え、どうして。


「手紙が来なくなってからずいぶん経つが、ミネットは元気にしてるのか」


「ママンは死にました。八年前」


「え……」


 店主は理解を拒むように首を傾げます。店中の視線もこっちを向いたまま、空気がかたまったような感じ。もう一回言ったほうがいい?

 って思ったけど、ルーシュさまが「飯、いいか」って呟いた途端にどんよりした空気が動き出しました。


「お、おう。そうだな、たくさん食ってくれ!」


 太い腕でごしごしと目元を拭った店主がカウンターに走り、彼の指示でウェイターが私たちのところへやって来ます。常連さんであるルーシュさまが適当に注文をしたのだけど、注文したものより明らかに多くの食べ物が席に運ばれました。


「え、なにこれ。頼んでないしこんなに食べられないし!」


「周りの客の奢りらしい」


 ルーシュさまが周囲を顎で指し示します。くるっと見渡すと、いろんな人がこちらに笑顔を向けていました。


「ありがとうございま……す? え、食べれないけど」


「頑張って食え。二度と腹の虫が大絶叫しないようにだ」


「えぇ……」


 ベランジェさんも何かを思い出したみたいでまた笑い出してしまいました。これ一生言われそうな気がする。性格悪い!

 それからママンの思い出話をたくさん聞いて、ルーシュさまやベランジェさんの失敗談もたくさん聞かせてもらって、なぜかみんなで歌を歌って、ちょっとだけお酒も飲んでお店を出ました。


「うわあ、すっかり日が落ちているね」


 ベランジェさんの言う通り、晩秋ともなると暗くなるのもすごく早いです。ここはカツーハよりもっと早い気がするけど、気のせいかな?


「馬車はあっちだ、急ごう」


「えっ、待っ」


 ルーシュさまが足早に歩き始めたのですけど、私お腹がパンパンだしドレスが邪魔だし、そんなに早く歩けないのに!


「ほら」


 振り返ったルーシュさまが手を差し出してくれました。街灯に照らされた彼の藍色の髪は青く澄んで、面倒くさそうなしかめっ面なのに太陽色の目は柔らかくて。繋いだ手はあったかくて。


 よく見れば、道行く人も少し急いでいるようでした。帰路を急ぐ人々の中、ルーシュさまに引っ張られるようにして歩いていると、不意に私の身体がぷるっと震えます。


 吸血鬼がいる。近づいてくる。

 少しずつこちらへ距離を縮める吸血鬼の鼓動の音。


「痛っ」


 緊張して呼吸が浅くなった時、私の肩に強くぶつかっていく人がいました。


「おい!」


 衝撃で後方へ倒れかけた私をルーシュさまが慌てて引き寄せて、人ごみの中へと消えようとする誰かに声を掛けます。ベランジェさんが後を追ったようですが、そのうちに「見失った」と首を振りながら戻ってきました。


「大丈夫か? 怪我は?」


「だいじょうぶです」


 笑いかけると、ルーシュさまもホッとしたように息をついて再び歩き出しました。


 私の手の中には手紙。さっきぶつかった人……吸血鬼に握らされたものです。中身を読んでみないことには、この事実を伝えられないですよね。なんかもう嫌な予感しかしないんですけど!





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[一言] やさしいせかい( ˘ω˘ )
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