第56話 季節はあっという間に変わるものです
さて。季節は春です。雪に閉じ込められていたダスティーユも川がさらさらと流れ、小さな花が色とりどりに咲き始めました。
叔父たちが捕まった事件から今日まで何をしていたかというと、もちろん淑女教育です。
城の窓から見渡す限り全部が真っ白に染まるほど降り積もった雪を見るのは初めてのことでした。領民から聞く「雪合戦」とか「艝」とかすごく興味があったのですけど、そんなことをしてる暇はありませんってベッカ夫人が。
雪が解けたら次期公爵夫人として社交の場に立っていただくんですからね、っていうのが口癖になってて、はい、おっしゃる通りです。
雪が降り積もる間、ダスティーユは外界との接触がほとんどなくなります。他領に吸血鬼が出没した場合に備えて、予め騎士団の一部をダスティーユの外に置いておくなどするほど。
だから王都での裁判の結末などは全く知らなかったのですが、雪解けとともに情報部の方がいらして色々と報告してくださいました。
叔父と義母は死刑。これはもう仕方ありませんね。叔父は爵位を得るために二人の兄を手に掛けていますし、義母はそれを手伝ったうえに私を殺そうともしたので。
酷い事件ではありますが単なるお家騒動の範疇ですので、お父さま、いえ伯爵アロンソの娘であるマリエラが当主として立つはずでした。けれどそれも実父が叔父であると発覚したため叶わず、カツーハ家は取り潰しとなりました。
カツーハ領は王家が接収しましたが、第三王子だかに与えられるとかなんとか。
窓からぼんやりと庭を見ていた私に、机に向かってカリカリと仕事をしていたはずのルーシュさまから声がかかりました。
「マリエラの行方はまだ見つかってないという報告があがっている。捜索はそろそろ打ち切ろうかと思うが構わないか?」
「もちろんです。元気にしてるって聞きましたし」
ルーシュさまにそう答えると、彼は苦笑を浮かべて再び机に向かってペンを走らせました。
マリエラは事件への関与は否定されたものの異常に夜や暗がりを怖がるようになり、精神的に衰弱しているからと修道院へ向かわせたのですが失踪。関係者の責務として捜索はしていたのですが……おじいさまが「森にいる」って言うから!
なんでも私に対して遺恨を残さない、脅威とならないよう監視下に置くんだそうです。
「森は暮らしやすいだろうか」
「おじいさまは森のカヴンには人間の集落があるって言ってました。森に捨てられた子、事情があって国から逃げた人、そしてその子孫からなる集落です」
「それが森の吸血鬼たちの食事になるのか」
「はい。ただ平和だけどつまらない生活になるそうですよ。永遠を生きる吸血鬼にとっては」
だから刺激を求めたり異なる生活環境を構築しようとしてヴィクトーみたいになるんですって。
ルーシュさまは書類仕事がひと段落したのか小さく息をついて顔を上げました。その手からペンを取り上げてしまいます。
「そろそろ準備しないと!」
「ああ、もうそんな時間か」
お昼を少し過ぎたところですが、そろそろお客様たちがいらっしゃる時間です。今日は私の初めての社交、ダスティーユ公爵家の縁者にルーシュさまの婚約者としてお披露目されてしまう日!
立ち上がったルーシュさまは私の額に口付けを落としました。
「じゃあまたあとで」
私も隣の部屋へ移動してアニェスたちの手を借りながら準備をします。以前オーダーしたドレスが出来上がったので!
ルーシュさまの髪色と同じ夜空みたいな深い藍のドレス。アクセサリーは全て彼の目とそっくりな金茶色のトパーズで。鏡の中の私はママンそっくりでした。色気は全然足りてないけどね!
これから私はもっとママンに近づいて、そして老いていきます。ママンが憧れた老いという過程を、愛する人とともに年を取るという経験を経て、そして死んでいくの。
吸血鬼は天国にいけないって言うけど、私も半分は吸血鬼なんだからきっとママンと同じところにいけるはず。だからね、老いたらどんなに大変なのか語って聞かせなくちゃ。
なんて、鏡の中の自分に見惚れてたらお客様が来たって。思ったより早いです。慌ててルーシュさまと一緒にエントランスへ行ってお出迎えをします。
最初のお客様はなんと隣国のギーレン辺境伯でした。いえ、おじいさまではありません。おじいさまの、子孫です。意味わかりませんけど、とにかくそういうことなのです。暗い森の向こう側に位置する領地を治めるギーレン家もまた、ダスティーユと同様におじいさまと盟約を結んでいるのだとか。あのジジイ……。
歓迎の意を込めて上手になった淑女の礼でご挨拶です。
「お義父さま! ようこそいらっしゃいました」
そう。ギーレン辺境伯はなんと私の義父となったのです。カツーハ伯爵家が取り潰された結果、私は平民に逆戻りしたんですけど公爵家に嫁ぐのにそれでは困るわけで。ギーレン家が協力してくれることになりました。
これで暗い森を挟んだ両家が手を取り合うことになるので、国王陛下も頷かざるを得なかったとか。と言っても、国王陛下も吸血鬼とダスティーユの盟約についてご存じなんじゃないかしら。だから混血の私が嫁ぐことを認めたんじゃないかなと。
「書類の上だけとはいえ親子になったのだから、堅苦しい挨拶は結構ですよ」
義父となったギーレン辺境伯はそう言って微笑みました。その髪はルーシュさまやおじいさまとそっくりな夜の藍。すごい血を感じる……。
ギーレン辺境伯は今夜は城にお泊りになるということで、侍従に客室までの案内を命じました。
さぁ次のお客様はどなたでしょうかと振り返ると、そこにいたのはペパンでした。
「ペパン!」
「……おう」
私が血を摂取するのを補助するという役目はもうずいぶん前に終わってしまったけれど、冬の間ずっと定期的に城に来てお喋り相手になってくれていました。もちろんルーシュさまやベルも一緒ですけどね。
外の情報が入らず、外に出かけられない冬のダスティーユでは、お友達は多い方がいいんだとルーシュさまが言ってくれたので。
「今日は少し忙しいんだけど、今なら大丈夫! ちょっとお茶して行く?」
「いや、あの、俺さ……」
ん、なんだか珍しく歯切れが悪い感じです。




