第55話 根掘り葉掘り聞きました
おじいさまとマリエラが待っているはずの場所へ戻ると、そこにはマリエラしかいませんでした。いえ、おじいさまの気配は感じるので近くにはいるんですけど、姿を隠していると言うか。
「ば、ばけ、ばけもの……!」
マリエラはドレスが汚れるのも構わず地に座り込んで、頭を抱えながら丸まっています。うわ言のように「ばけもの」と繰り返すだけで、名前を呼んでも応答がありません。
彼女の左腕からは血が流れ、傷口を確認してみれば獣の爪に引っかかれたようだとか。
その様子を見て、私とルーシュさま、そしてベルは顔を見合わせました。これ絶対おじいさまがなんかしたやつです。
「手当てしつつ、彼女も王都へ移送する手配を」
ルーシュさまがそう言うなり騎士の人たちが動き出しました。
マリエラを見送りながら今日のタネ明かしでもしてもらいましょうか。
「それで今日のこれは一体どういうことなんですか」
「どうって、アロンソの日記を元にあの二人を処罰することにした」
そう言いながら、ルーシュさまは出口のほうを腕で指し示しました。コウモリが縋りつくように私の肩にとまり、よじ登ったかと思ったら頬……というか顎ですけど、顎にキスをして森の奥へと飛び立ちました。あれはおじいさまですね。お家に帰って寝るんだと思います。
私たちと一緒に歩き出したベルが自慢げに胸を張ります。
「日記の存在が明らかになった時にはもうカツーハから彼らが来ることも、エリス嬢に危害を加えるだろうこともわかってたからね。情報部を動かすには一騎士じゃ足りない。それで僕が王都まで走ったというわけ」
「だからしばらくいなかったんだ」
「お。寂しかった?」
ベルの問いに返事をするように、私のお腹が鳴りました。一瞬顔を見合わせた私たちですが、すぐに大笑い。森を出たところにあるレストランへ向かうことになりました。お昼ですからね!
先日食べたブーダンやカスレのほかにいくつか注文して、先ほどの話の続きです。
「おじいさまが『嫉妬』って言ってたけど、どういうこと?」
「マリエラの嫉妬心を煽る方が殺意が強くなるかもしれないとオーギュストが」
「嫉妬で殺意!」
「動機としては十分有り得る話だ」
そうかなぁーと思っていたら、ベルが異を唱えました。
「僕はねー、趣味じゃないかと思うんだけど、どうかな」
「趣味」
「や、僕らは吸血鬼と接する機会が多いじゃない。そうするとなんとなくわかるんだよね、彼らもグルメなんだって。結構ね、怒った人間の血が好きだとかあるようだよ」
「嫉妬してる人の血が好きってこと?」
あー、でも否定しきれません! だっておじいさま、マリエラでちょっと食事してましたよね? なんなんだあのジジイは!
結局、正解はわからないということで落ち着きました。
それで話の続きですが、お父さまの日記だけで彼らを罪に問うには少々難しいのではないかという話になったので、では自白させようと。それで情報部の方が呼ばれたんですね。
最初に運ばれて来たのはやっぱりブーダンで、血の香りがするそれにかじりつきます。おいしい。
「ところで『王に土産』がないと丸く収まらないっていうのは?」
「こっちで内々に処理してカツーハをエリスに継がせるという手もあるんだが、それよりエリスが混血であることを王の耳に入れておいたほうが得だと考えたわけだ」
内々に処理というのは叔父や義母をルーシュさまの手でなんかするってことだと思います。つまりはまぁ殺すってことなんですけども。なんか生々しいな!
私は伯爵家の養女だけど、公爵家のパワーがあれば後継者になり得るってことですね、すごいな……。
「どうして正直に混血だって言ったの?」
「我が騎士団はみんな知ってることだからな。領民、国民も早晩知ることになるだろうし、それを良く思わない者も少なくない。問題になる前に王の承認を得ておくべきだろう」
「問題になった場合の対処をお願いするってコト。その代わり、伯爵領を王家に接収させる。それが土産ってね」
「でもカツーハは――」
あの地には多くの吸血鬼がいます。お父さまはそれを知っていて受け入れていましたが、王領となったらそうもいきません。どうしましょう、マダムにすぐ出て行くよう伝えないと!
「オーギュストはそれで構わないと言った」
「え、おじいさまが?」
「ミネットとエリスが暮らしやすくなればと仲間を行かせたそうだ。領主が変わって森に戻りたくなれば戻るだろうし、ミネットたちが夢見た『真の共存』を実現できると思うなら残るだろうと」
そう言えばペパンも言ってたっけ。カツーハは真の共存を目指してたんだって。
新たに運ばれて来たカスレをパンに乗せて口に放り込みました。おいしい。
「まぁ、本人たちがいいならいいけど」
「何か問題になっても、どうせ対処するのは俺たちだ。善人なら逃がせばいい」
なんでもないことのようにそう言って、ルーシュさまもカスレを口に運びました。洗練された貴族らしい綺麗な動きで。
「……いいの?」
「吸血鬼を許してはいない。が、吸血鬼になりたくてなった者は稀であることも確か。どう生きるかを彼らが選べることも知った。であれば、過去の盟約に従うだけだ」
吸血鬼を一匹残らず消すと言ったルーシュさまのお顔を、声を、今も鮮明に思い出せます。すごくすごく悲しい顔だったから。
無理をしているんじゃないかと思って、彼の手に触れました。するとルーシュさまは私の手を握り返して微笑んでくれたんです。ああ、なんて優しい人なんだろ――。
「ねぇ僕出てったほうがいい?」
叱られました。




