第54話 ママンを侮辱するな
今回を含めて残すところあと4話となりました。
というわけで今日と明日は朝と夕に1話ずつ(計2話)更新します
よろしくお願いします
あっという間に左手もとられて、身動きできなくなりました。叔父さま、お腹出てるのになかなかやりますね……!
「おい」
叔父さまが声を掛けるとお義母さまがやって来て拘束する係を交代。手の空いた叔父さまはぐるっと周囲を見渡して大きな石を拾い上げます。
「剣やナイフなら一瞬なんだが、人間の仕業と思われても困る。事故か魔獣に食われて死んでもらわないとな」
「あなたはここで死ぬ。わたくしたちはしばらく時間を置いてから戻る。娘が行方不明だと訴えてみんなで探す、というわけ。その間に魔獣が血の匂いで寄って来てくれると完璧だけどねぇ」
完璧でしょうか?
でも表向きには私を殺す理由がないんですよね。公爵家に嫁ぐ娘を死なせるなんて普通なら有り得ないし。だから多少計画が杜撰でも誤魔化せるのかもしれません。
「前伯爵殺して、お父さまを殺して、次は私なんだ。私を殺すのはなんのため?」
「おお、よく知っているな。兄貴から聞いたのか? お前を殺すのは持ち物を調べることが第一だが……今言ったそれを周囲に吹聴させないためもある。念には念をというやつだよ」
石を両手で持って何度か回転させました。たぶん持ちやすい場所を探してるんだと思います。本当に剣やナイフじゃなくてよかった。石なら余程のことがない限りは死なないので。さすがに頭が潰れれば死んじゃうと思うんですけど、あの大きさの石と人間の力の範囲なら大丈夫のはず。
大丈夫ではあるけど痛いのは嫌です! ルーシュさまはいつ来るのかなぁーもうっ!
腕を振りほどこうにも、義母の力は思った以上に強くて全然放してくれません。暴れたせいで彼女の手の力は一層強くなりました。
「大人しくなさい! 大体、もっと早くちゃんと殺しておくべきだったのよ。母親に捨てられた薄汚い平民を何年も面倒見てやったんだから感謝してほしいものだわ」
「捨てられた?」
「そうよ。あんたの父は死んだと説明したかもしれないけど、遺体もなければ葬儀だってあげてないでしょう。あんたを捨てて逃げたからに他ならないじゃないの」
「私を殺すつもりで馬車を走らせたでしょ、だから」
「驚いた、そんなことも知ってるのね。そうよ、だからあんたの母親は面倒になって逃げたの。貴族に恨まれちゃ生きていけっこないものね。しかしなんであんたは生き残ったのかしらねぇ!」
ああ、この人たちはママンを殺した自覚がないんですね。私は私の背中を押したママンの手の感触をまだ覚えてるというのに。
吸血鬼は死んだら灰になって、風にさらわれたあとには何も残らないから。だから罪の意識さえ残らない!
「許さない、絶対に許さない」
「なんですって?」
「おまえたちがママンを殺したのに! 侮辱するな!」
全力で腕を振り払おうと暴れました。一発くらい殴ってやらないと気が済まないじゃないですか。ていうか殺しちゃっても構わないですよね!
「ちょ、ちょっと大人しくなさいよっ」
「私は何も求めなかったのに! おまえたちは私からぜんぶ奪っていく! ママンも! お父さまも! 居場所も!」
「ああクソっ! ちゃんとつかまえておけ!」
叔父が石を大きく振り上げました。
この際、ちょっと痛いくらいどうでもいいです。死んだふりでもなんでもして油断したところをガッってやってやります!
そう思って叔父を睨みつけたとき。
目の前を何かがスパッと横切って叔父がのけぞりました。ほぼ同時に背後でも義母の悲鳴がして、腕が自由になります。
「わっ」
自由になった手を再び掴まれて、引っ張られた先であったかい腕に包まれました。この感触、この香り、ルーシュさまです。
彼は私を左腕で抱き留めながら、右手で持った剣の切っ先は叔父に向けられていました。
「全部自白してくれて助かる。この場で殺してやりたいところだが……王に土産のひとつもくれてやらねば丸くおさまらんからな。拘束しろ」
ルーシュさまの一言で周囲からガサガサ音を立ててたくさんの人が出てきました。みんな銀の暁光騎士団の制服を着ていますので、ずっと見守ってくれてたんだと思いますけど、どうやって隠れてたの、すごい。
そして彼らは慣れた手つきで叔父と義母を拘束していきます。さらに、近くの木の上からベルが飛び降りて来ました。え、もしかしてずっとそこにいた?
「ベランジェ、よく粘ってくれた」
「もーさっさとぶっ飛ばしたくて我慢するの大変だったね!」
よく見れば叔母の腕には矢が刺さっていたみたい。騎士の人が手際よく包帯を巻いてますけど、多分そう。
つまり叔父を止めたのがルーシュさまで、叔母をどうにかしてくれたのがベルってことですね。
騎士団の皆さんに拘束されながら、叔父が「なんだなんだ」と叫んでいます。そこに、見たことのない人がひとり現れました。
「王国陸戦兵団情報部である。ただいま見聞きしたことは全て仔細漏らさず王と議会に報告される」
「はっ? いや、我々は――」
「故アロンソ・ド・カツーハの手による調査書類も提出されている。貴殿らはこれから王国法に基づき裁判にかけられることとなるので、発言はそこで行うように」
ということで、彼らは騎士によって引き立てられて行きました。情報部だと名乗ったおじさんは私に一礼して騎士たちと一緒に立ち去ります。
「ルーシュさまが待ってた人って、あのおじさん?」
「そうだ。彼を連れて別のルートから森へ入った。少々危険なルートではあったが、魔獣の掃討をオーギュストに頼んでおいたから問題ない」
「おじいさま凄い便利ね」
「違う。ミネットの仇であり、エリスを守るためだから手を貸してくれただけだ」
そっか。おじいさまも本当ならあの人たちのこと殺してやりたいと思ってるかもしれない。でも、人間のルールに合わせてくれてるんだよね。
おじいさまにお礼を言わなくちゃと元来た道を戻ろうとしたとき、進行方向から若い女性の悲鳴が響き渡りました。




